167.お父さんの気持ち
今日は僕の本当のお祖父さんと伯父さんに会える日だ。
僕は朝からソワソワと落ち着かなかった。
『エリス、もう大丈夫だよ』
シロのブラッシングをしていたらいつの間にか考え込んでしまっていたらしい。何度も同じところにブラシをかけていたようだ。
シロにごめんと謝って、首輪を着けてやる。モモがリボンを咥えてやって来たのでこちらも結ぶ。
『緊張してるな。とっとと食堂に行って温かいお茶でも飲もうぜ』
呆れた様子のクリアが、チャチャと遊んでやりながら言った。
『そうだよエリス、早く食堂行こう。お腹空いたよー』
チャチャは本当にお腹が空いているだけなんだろうな。そう思うと、なんだか緊張が解けた気がした。
『大丈夫なの、きっと上手に話せるの!』
アオはいつも僕を慰めてくれる。ありがとうとお礼を言って僕らは食堂へ向かった。
食堂ではお父さんが新聞を読みながらお茶を飲んでいた。
「おはよう。早いな、エリス」
僕は挨拶を返して席につく。まだお母さんと兄さんは起きてきていないらしい。
僕はなんだか違和感を覚えた。お父さんが僕を前にしても新聞を読んでいるからだ。いつもなら家族の誰かが来ると新聞を置いて話をするのに、どうしてか今日のお父さんは僕の方を見ようとしない。
「お父さん、何かあった?」
僕が問いかけると、紅茶に口をつけたお父さんが思い切り咳き込んだ。僕は驚いてハンカチを差し出す。
「いや悪い、何の話だ?」
明らかに挙動不審のお父さんに、僕の頭は疑問でいっぱいだ。
「お父さん、何か隠してる?」
明らかに狼狽するお父さんを僕はジト目で見つめた。
「別に隠しているわけじゃない!……ただ、なあ」
どうにも複雑そうな顔をするお父さんに、僕は首をかしげる。
「いや、悪かった。どうにも不安だったんだ。エリスが……この家を出ていくのではないかと」
お父さんの言葉を、僕はよく呑み込めなかった。どうしてそんな話になるんだろう。
茫然とする僕に、お父さんは言う。
「今日来るのはエリスの本当の家族だ。……だから、エリスはそちらを選ぶのではないかと……」
僕は初めて、その選択肢があることに気が付いた。そうか、お祖父さん達と暮らすという選択もできるのか。あれ?でも危険だからっていう理由で、お祖父さんの事は秘密にされていたわけで……そんな状態で一緒に暮らすなんてできるんだろうか?
僕は正直混乱していた。でも、今の僕の思いは一つだ。
「僕はこの家に居たい。……駄目?お父さん」
「駄目なわけないだろう!エリスはうちの子だ」
僕はうちの子と言ってくれたことが嬉しかった。
本当の身内が見つかった以上、ここにお世話になるのは間違いなのかもしれない。でも、僕はまだ本当のお祖父さんとお話ししてもいない。だから家族だという実感は薄かった。
僕の家はここだ。本当の身内が見つかっても、離れるなんて考えもしなかった。
最初の内はお世話になっていいのか不安だったのに、いつの間にこんなに馴染んでいたんだろう。
お父さんは、ほっとしたような顔で僕をまっすぐに見た。
「良かった、実はリヴも昨夜は心配で眠れなかったようなんだ。後でここを出て行かないと伝えてやってくれ」
お父さんとお母さんは生きていたら僕と同じくらいの歳の子を亡くしている。お母さんは特に、僕が来たことを喜んでいた。それこそ死んでしまった子のために用意していた子供部屋を、僕にくれたくらいだ。
気づかないうちに不安にさせてしまっていたんだなと僕は後悔した。後でちゃんと謝ろう。僕にとって、リヴお母さんも本物のお母さんと同じくらい大切な家族なんだって伝えよう。
本当の家族が見つかったことももちろん嬉しいけど、僕は本当のことが知りたかっただけだ。
今の家族も同じくらい大切なんだ。もし一緒に暮らそうと言われたら、本物のお祖父さんにも説明して理解してもらおう。僕の気持ちが伝わるといいな。
その後は起きてきたお母さんと兄さん、そしておじいさんとおばあさんと朝食をとった。
僕の気持ちを話したら、お母さんと兄さんが泣き出してしまって大変だったけど、僕の心は暖かくなった。
その日は朝食が終わっても誰も席を立たなかった。みんなでエヴァンス家の人達を出迎えるつもりのようだ。
僕は緊張した。いよいよ本当の家族に会える。僕の様子を心配した兄さんにぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、僕はその時を待った。




