161.空気を読んで
野営スポットには何組かの先客がいるようだ。二、三個のテントが張ってある。とても広い土地だからお隣さんの心配はしなくていい。さすが軍も使う野営スポットだ。魔物避けも常時置かれているので、並な魔物は近づけないらしい。
周りのテントは長期滞在で魔物を狩っている冒険者さんの物だ。まだ時間が早いので戻ってきていないようだ。僕達は早速野営の仕方を教えてもらうことにした。
「よーし、じゃあまずはそれぞれテントを張って、それから夕飯の支度だな。その都度細かく注意する場所を教えていくから、まずはやってみろ」
僕らは元気よく返事をすると、テントを組み立て始める。僕はメルヴィンとテディーと一緒のテントだ。
「ナディアさん、手伝いましょうか?」
「……まずは自分のテントを張ったらどうですか?」
またエドさんがナディアに絡んでいる。ナディアのテントはグレイスとの二人用だから、二人で協力して立てている。そこにエドさんが加わってもしょうがないだろうに、手伝うつもりでいるようだ。
自分のテントは後回しなのもおかしい。僕の隣でテディーとアオがため息をついた。
「恋は盲目って言うけど、あの人大丈夫?」
『さっきの訓練ナディアナディアってうるさかったの。あいつ何しに来てるの?』
二人とも辛らつだ。さっきの訓練で何かあったのかな?
「冒険の話はそっちのけでナディアの話を聞きたがるからさ、本人の許可なく教えられないって言っておいたよ」
そしたら本人に直接話かけに行ったのか。テディーもうんざりした顔をしている。
「モモ、モモ。グレイス達の班は大丈夫だった?」
僕はモモを呼んで聞いてみる。カラさんがエドさんをずっと睨んでいたから、ちょっと心配だ。
『それがナディアはカラさんと仲良くなりたかったみたいなんですが、カラさんの方がどうも身構えているみたいで……そこまで空気が悪いわけではなかったんですけど……』
間違いなくエドさんが絡んでいるんだろうな。そもそも女の子は気のない男の子と二人でパーティーは組まないだろうし、なんだか予期せぬ三角関係になってしまったみたいだ。巻き込まれたナディアが可哀そうすぎる。
それにしてもエドさんにはもう少し空気を読んで欲しい。
「ああー、もう!俺行ってくるわ!」
唐突にメルヴィンが叫ぶと、エドさんの元に駆けて行った。
「お前いい加減にしろよ!ナディアが迷惑してんだろうが!」
メルヴィンはエドさんの腕を思いきり掴んで怒鳴りつけた。あーあ、これは一回喧嘩しなくちゃ収まらないかな。穏便に説得するのは直情派のメルヴィンには無理だったんだろう。
『頑張れーメルヴィン』
チャチャが僕の頭の上によじ登りながら無邪気に応援している。実に楽しそうで何よりだ。
「あ?なんだよお前には関係ないだろう」
エドさんはあまりそういう風には見えなかったけど、剣術学校に行っているだけあって血気盛んだったようだ。ナディアに向けていた紳士的な笑みとは真逆の形相で邪魔者を見ている。
「関係なくねーよ!仲間が迷惑してんだ!ナディアに付きまとうな」
ナディアはエドさんの後ろでホッとしたように息をついた。話の通じない人と話すのは大変だよね。
ナディアははっきりものを言う方だけど、周囲との軋轢は生まないように気を付ける人だから、ああいう空気を読めない人の相手は大変だろう。ナディアとエドさんって、なんだか性格が真逆みたいだし。
「ごめんなさい!うちの馬鹿が……私が言いつけるから!」
カラさんがエドさんの腕を引いてメルヴィンに謝った。エドさんはそれに腹が立ったのか、カラさんを乱暴に引き離すとメルヴィンの胸倉を掴む。
長身の二人が威圧しあっているのは怖くて間には入っていけそうも無かった。
「お前ナディアさんのなんなんだよ!」
「あ?仲間だよ?」
「仲間なら恋路の邪魔すんじゃねーよ!」
「ナディアが困ってるからやめろって言ってんだ!」
怒鳴りあいはずっと平行線だ。大人組は仲裁する気はないらしく困った顔で二人を見ている。
「エリス、ごめん、ちょっとシロに協力してもらってもいい?」
ナディアが僕にそう耳打ちした。シロがいいならいいけど、どうするつもりだろう。
「ありがとう。シロ、エドさんを取り押さえてくれない?」
『わかった!いいよ!』
そう言うとシロはエドさんに飛び掛かっていった。あっという間にうつぶせに地面に縫い付けられたエドさんは身動きできない。メルヴィンは突然のシロの乱入に目を白黒させている。
ナディアは混乱するエドさんの前に仁王立ちすると大きく息を吸い込んだ。
何を言うつもりなんだろう。僕らは緊張しながらナディアを見守った。




