159.前途多難な研修
今日はギルドの研修の日だ。僕は気分も晴れやかにギルドに向かう。
『きょ~うは、お泊り~なの~』
冒険好きのアオも絶好調だ。チャチャも胸ポケットから顔を出してキョロキョロしている。何か新しいことがある日はいつもそうだった。モモとクリアが目を離さないでいてくれるから安心して遊ばせていられる。
ギルドに辿りつくと、マシンさん達が待っていた。知らない男の子と女の子も居る。取り合えず自己紹介は全員が揃ってからとなって、僕達はまだ来ていないみんなを待った。
「遅れてごめんなさい!」
珍しく今日はナディアが最後だった。また孤児院で何かあったのかな。走ってきたようで息が乱れている。
「ちょっと下の子達の喧嘩を仲裁していたの。忙しい時に限って喧嘩するんだから」
そういえばもうすぐ孤児院の子達が参加するバザーがある。孤児院全体が慌ただしいのだろう。
「全員揃ったわね。まずはそれぞれ自己紹介しましょうか」
リーンさんが言うと、僕らは知らない二人に挨拶をする。従魔達の紹介も忘れない。
こちらの紹介が終わると、青髪の女の子が口を開いた。
「初めまして、カラです。こっちはエド。二人でパーティーを組んでいます。よろしくね」
カラさんは可愛らしい人だった。エドさんはなぜか頬を高揚させてボーっとナディアを見つめている。
「ちょっとエド、挨拶ぐらいしなさいよ」
カラさんにつつかれて、我に返ったエドさんはよろしくと言った。人見知りなのかな?でもずっとナディアを見つめている。
ナディアは視線に気が付いてちょっと迷惑そうだ。
「あの!ナディアさん!恋人はいますか?」
突然エドさんが叫んだ。全員虚を突かれて沈黙する。
「あ、すみません。いきなり迷惑ですよね……」
エドさんは頬を赤らめてもじもじとしている。カラさんがすごい形相でエドさんを見ているんだけど、どうしよう、この空気……。
「……自己紹介も終わったことだし、早速研修について説明するぞ」
マシンさんがこの微妙な空気をぶった切った。相変わらずエドさんはナディアをじっと見ていて、カラさんの視線が怖いのだが、いいのだろうか。ついには耐えかねたナディアがシロの陰に隠れた。
エドさんは悲し気な顔をするが、カラさんが耳を引っ張って前を向かせる。なんだかいきなり前途多難だ。
苦笑いしたアリリスさん達は説明を始めた。
「今日はエコバ山に登ることにしましょう。ちょっと遠いけど、野営初心者にはうってつけの山よ。騎士達の新人訓練でもよく使われるの。子供だけでの入山は許可されていないから、みんな初めてよね」
エコバ山は王国東に位置する小さめの山だ。森がしっかり整備されているので、比較的安全な場所だったはず。子供の入山が許可されていないのは、森に慣れていないと迷子になる広さがあるからだ。
なんでも森の中腹に整備された野営スポットがあるらしく、今日はそこでお泊りだ。楽しみだねとみんなで顔を見合わせて笑う。
『エコバ山には毒性の強い蜂がたくさん居ると本で読みました。季節柄大丈夫だとは思いますが、一応虫よけの魔法道具を起動しましょう』
モモが教えてくれたので、転移ポータルを潜る前に虫よけの魔法道具を起動する。モモの言葉をみんなに伝えると、マシンさんにモモが撫でられて褒められていた。
「良く知ってたな。賢いピンクラビットって本当だったんだな」
モモは胸を張って誇らしそうだ。モモの最近のマイブームは冒険記なのである。僕が剣の練習をしている間、アオと一緒に書庫の本を制覇しようと頑張っている。
カラさんがいつも通りグレイスに抱かれているモモを羨ましそうに眺めていた。触っても大丈夫ですよと言うと喜んで手を伸ばしてくる。
エドさんはまだナディアをチラチラ見ているが、先ほどよりは落ち着いたようだ。
ナディアはなるべくエドさんの視界に入らないようにしている様子なので、これ以上問題がおこらないと信じたい。
そうして僕らは転移ポータルを潜った。
「リーンさん、剣術のアドバイスをお願いします」
魔物を討伐しながら山に登ることになったので、ナディアがリーンさんにお願いする。
「剣なら俺が教えます!」
エドさんがすかさず割って入ってナディアの手を取った。ナディアが求めているのは女性の剣士の指導だ。エドさんはお呼びでない。ナディアは珍しく顔に出して迷惑そうにしている。
そしてそんな二人をカラさんが睨んでいた。
やっぱりこの研修、前途多難かもしれない……。僕はため息をついた。




