156.If.もしも彼らの生きる世界にハロウィンがあったら
『ハロウィン!知ってるの、お菓子をたくさんもらえるイベントなの!』
お母さんに呼ばれた部屋で、アオがお母さんの作った衣装を見て歓声を上げていた。
そこにはそれぞれの大きさに合わせた魔女と魔法使いの衣装があった。
「今日はお友達と色々回るでしょう?楽しんでくるのよ」
お母さんはそう言ってジャックオランタンを模したカゴを持たせてくれた。お菓子入れだ。
僕らはみんなでマントと帽子をつけた。アオは、体の形を調整することでなんとかしているらしい。ちゃんと飛べるように、クリアのマントは短くなっていてとても使いやすかった。
みんな気に入ったみたいだ。僕らは早速お母さんに言った。
「トリック・オア・トリート!」
笑ったお母さんはカゴにお菓子を入れてくれた。
まず僕らは家中を回ってお菓子をもらって回った。
『わーい、お菓子がいっぱいだ!』
はしゃぎまわるシロが匂いで使用人さん達を見つけると突進してゆく。
どうやらみんなお菓子を用意してくれていたようで、家の中だけでカゴがいっぱいになってしまった。
途中兄さんに出会うと、兄さんはお菓子と、そしてなぜか光るカラーテープと光る塗料の入った缶と筆をくれた。
『おお、いたずら用か。さすが兄さん。抜かりねえぜ』
クリアが言うが、いたずらに塗料なんて使っていいんだろうか?怒られちゃわないかな?
僕は少し不安に思いながらもカラフルのみんなとの待ち合わせ場所に行った。
「あ、エリスー!こんばんは」
マントをつけて大きなカボチャの被り物をかぶったテディーに笑ってしまう。最初は誰かわからなかった。
今日は近所の商店街でハロウィンイベントをやっているんだ。お店の人達や指定のカゴを持った大人の人に話しかけるとお菓子がもらえる。
スタンプラリーもやっているので楽しみが多い。
「おお、お前ら早いな。楽しみだな!」
メルヴィンは全身包帯でぐるぐる巻きだった。でもなぜか似合っていてカッコいい。チャチャがメルヴィンの頭の上に駆け出して行った。最近のチャチャのお気に入りスポットだ。
「ごめんなさい、遅くなったわね」
「こんばんは」
ナディアとグレイスはお揃いの黒猫スタイルだ。黒いワンピースにゆらゆら動く耳と尻尾をつけている。モモがグレイスの元へ駆けて行った。グレイスはモモを抱きかかえると可愛いですねと褒めている。
商店街は大賑わいだった。仕方なしにナディアとグレイスをシロの上に乗せる。男組はなるべくシロにくっついて歩いた。
『エリス、あのお店に寄るの。クッキーが最高に美味しいの!』
ガイドはグルメなアオがつとめてくれた。回復薬のお礼としてこの商店街のお菓子を全制覇する勢いで買ってあげていたから詳しいのだ。
しばらく商店街を回るとクタクタになってしまった。なんてったって人が多いのだ。特に子供が。小さい子はシロにも興味を持って話しかけて来るし、悪い子だと尻尾を引っ張ろうとする。その度シロが華麗にかわしているけれど、話しかけられすぎてちょっと疲れる。
「おおーい、エリス!」
見慣れた路地の陰から、パスカルさんが手招きしていた。
「はは、そろそろ疲れた頃だろう。店でケーキでも食べていけ」
ケーキと聞いて僕らの心は動いた。道具屋街のパスカルさんのお店にお邪魔する。
「道具屋街は今日はもう店を閉めてるのが多いからな。休憩するにはちょうどいいだろ」
パスカルさんはたっぷりとオレンジ色の生クリームが盛り付けられた、ハロウィン限定ケーキを出してくれた。僕らは夢中でケーキを食べる。
「いたずら街には行くのか?」
「もちろんです!」
パスカルさんの質問にメルヴィンが間髪入れずに返したが、いたずら街がなにか、この街の育ちではない僕とテディーとグレイスはわからなかった。
「そういえば説明してなかったわね。商店街の奥の路地にね、ちょっと古い建物が並んでる地域があるの。そこはハロウィンの時だけ、いたずら街って呼ばれるのよ。家主の好意でいたずらし放題なの」
それは楽しそうだ。いたずらといっても器物損壊は駄目らしいけど、落書きは場所によってはいいらしい。だから兄さんが塗料をくれたのか。
パスカルさんの店を後にして、僕らは早速いたずら街へ向かう。
そこは普段は少し治安が良くないと聞いていたから近づいたことのない通りだった。今日は警備の人が立っていて楽しそうな声が聞こえる。
「トリック・オア・トリート!」
僕らはいたずらする子供達を眺めている強面の男の人達に声をかける。
「お菓子なんてやらねえよ!いたずらでも何でもして帰んな!」
このやり取りがお約束らしい。僕らはすでに無残な姿になり果てている建物に走っていった。
まず貰ったカラーテープで家をぐるぐる巻きにする。うっすら光る上にラメが散らされているのでなんだか派手になった。他にもやってる子がいるからきっと玄関も窓も開かないんじゃないかな。
ぐるぐる巻きにするのは思いのほか楽しかった。他の子供も加わってやりたい放題だ。
隣の家は壁が雑に白く塗られていて、落書きし放題らしい。僕は兄さんに貰った光る塗料を出して、シロの上にまたがる。そして一際高い位置に『カラフル参上』と書いた。
「ずるいよエリス。シロ、僕らものせて!サインするから」
順番にシロの上に乗ってサインしてゆく。アオは自分でサインしていた。モモ達はグレイス達に一緒に名前を書いてもらって大はしゃぎだ。
普段はやっちゃいけないことをするのがこんなにも楽しいなんて思わなかった。
たっぷりといたずらを堪能した僕らは帰路につく。
来年も楽しみだな。




