138.書籍発売カウントダウン小説 三日前
パーシー兄さんには特技がある。それはピアノだ。しかもピアノだけじゃない。弾き語りというんだろう、ピアノを弾きながら歌うことができる。
「俺のジョブは『役者』だからね、音楽関連の才能もちょっとあるみたいなんだ」
そう笑って言う兄さんに、アオは羨ましくなったらしい。
『エリス、エリス、お願いがあるの。パーシー兄さんにピアノを習いたいの。伝えてほしいの』
僕は困ってしまった。アオはどう考えてもピアノを弾けるようなフォルムじゃないし、触手は出せるけどそこまで器用に操れないと思ったんだ。
そう言ったらアオは触手で人間の手を真似始めた。
『む、難しいの……』
アオには悪いけど少し面白かった。だって水まんじゅうに細い両腕が生えてるんだ。必死で笑いをこらえる。
でもパーシー兄さんが笑ってしまった。アオはショックを受けたらしい。クローゼットに閉じこもってしまった。
兄さんは必死でアオをなだめる。
「大丈夫だよ、アオ。練習したらきっと弾けるようになるから、一緒に頑張ろう!」
クローゼットの隙間から少しだけ顔を出したアオに、兄さんは畳みかける。
「世界で初めてピアノを弾くスライムになるんだよ!きっと大人気間違いなし、アイドルだよ!」
その言葉に心惹かれたのだろう、アオはクローゼットから出てくる。
『私、アイドルになれるの?』
「なれるなれる!アオなら絶対大丈夫だよ!」
パーシー兄さん、適当言ってるけど後でアオが傷つかないかな。ちょっと心配だ。できなかった時のフォローも考えておこう。
こうしてアオのピアノ特訓は始まったのである。
「まずその手を自由に使える訓練をした方がいいと思う」
『姉さん、お豆を摘まんで移動する練習をするのはどうでしょうか?』
モモが練習方法を提案して、とりあえずやってみることになった。
『頑張れ!アオ!』
『姉さんならやれるぜ!』
シロとクリアも応援している。
アオは人間に似せて作りだした両手で小さな豆を摘まむ。難しいのだろう、腕がプルンプルンしている。
笑っちゃだめだ。アオは真剣なんだ。僕は奥歯を噛み締めてこみあげてくる笑いをこらえた。
しかししばらく続けていると、コツか掴めたのかプルプルが収まってくる。
「あれ?もしかして結構いける?」
『慣れてきたの!これなら鍵盤も押せるの!』
アオは跳び跳ねて喜んだ。すごい!本当にできるなんて思わなかった。
パーシー兄さんが小さいころ使っていたという楽譜を持ってきた。小さい子が一番初めに使う教本らしい。中を見たら前世の小学校低学年でやったかなというような内容だ。
兄さんはアオに楽譜の読み方を教えると、右手の練習をさせる。少しおぼつかないけど、片腕だけなら十分曲になっていた。
僕らはみんなで拍手してアオを褒める。
最初は片腕ずつ練習するらしい、左手の練習もアオは難なくこなす。
しかし、両手を合わせてみるとボロボロだった。何度練習しても両腕を一緒に動かすのは難しいらしかった。
アオの目に涙が浮かぶ。
「大丈夫だよ、アオ。まだ一日目なんだ。最初はみんなこんなもんだよ」
兄さんがアオを慰める。
『私、兄さんみたいにかっこよく弾けるようになりたいの!頑張るの!』
アオの思いを伝えると、兄さんも感動したらしい。その日からアオの猛特訓が始まった。
特訓が始まった日から、アオは食事に寒天を要求し始める。水分量が多すぎると腕を動かすのが難しくなるらしい。寒天を食べるとちょうどいいプルプル感になるのだそうだ。
最初はそんな馬鹿なと思ったけど、大真面目な顔で言うアオに逆らえずに僕は寒天をたくさん買ってきた。可愛い方がいいかなと思って、固める時は色を付けてやる。するとアオはとても喜んだ。
このことはダレル君にも報告しよう。きっと新発見だろう。喜ぶと思う。
アオの練習を聞いていると、日に日に上手くなっていくのがわかる。音が滑らかになっていって、人間の子供が弾いているんだと思うくらい違和感がない。
ある日、アオに発表会に呼ばれた。お父さん達やおじいさん達も集まって、みんなでアオのピアノを聞く。
簡単な曲だったけど、とても上手に弾いたアオに拍手すると。お父さん達はみんな拍手をしながら口を開けていた。スライムがピアノを弾いたらそりゃ驚く。
みんなに褒められたアオは得意げだった。いつどうやってみんなに伝えようか悩んで、次のテイマーコンテストでデビューしようと約束した。その日までにはもっと上手になっているだろう。僕もその日が楽しみになった。




