132.人魚の歌
トリニちゃんが僕らに座るように促すと、人魚達が集まってきた。手には美しく盛り付けされた海鮮料理がある。みんなで手を叩いて喜んだ。
僕が特に心を惹かれたのは生の貝類だ。僕らの国じゃ生の魚介を扱っているお店がなくて食べられない。
「こちらは苦手な人間も多いと聞いています。小さなもので味を確かめてからお召し上がりください」
人魚のお姉さんがわざわざ説明してくれる。僕の目があまりに輝いていたせいかもしれない。
道中仲良くなった子達も人魚特有の料理の食べ方を教えてくれる。
僕は夢中でお刺身を食べた。僕が生魚が気に入ったとわかると、人魚のお姉さんたちはたくさん持ってきてくれた。どうやら僕らの中で生魚が苦手なのはメルヴィンとテディーだけだったようで、おじさんとナディアとグレイスは食べたことの無い不思議な味に夢中になっていた。
いつの間にかデリックおじさんが大人の人魚のお姉さんに囲まれて接待されていたけど気にしないことにする。
エリカ族長はお酒をちまちま飲みながら優雅に料理を楽しんでいる。
「どうした?エリスも飲むか?」
見ていたらエリカ族長に膝の上に抱えあげられ、お酒を勧められてしまった。
僕は頬をふくらませてそれを断った。子供扱いしながらお酒を勧めるのはどうなんだ。
「そういえばアオ達はどうした?」
族長の問いに僕は周りを見回す。シロとクリアは子供達に貰って焼き魚を食べていた。モモはグレイスといる。あれ?アオは何処だろう?
よく目を凝らして探してみると、アオは海スライム達と料理をしているお姉さんのところにいた。色々な料理を貰っているようだ。海スライムもアオと同じでグルメなのかな。なんだかとても仲が良さそうだ。
お腹もいっぱいになった頃、人魚達が歌を披露してくれた。人魚の歌は天上の調べと呼ばれるほど美しいと有名だ。
人間の姿から人魚の姿に戻った一人の女性が岩場に腰掛ける。他にも数人の人魚が竪琴のような楽器を持って岩に座った。
他の人魚は元の姿に戻って海に飛び込んだ。
人魚達が歌い出すと、僕らは感動して涙が出そうになった。
海を泳ぐ人魚たちの尾ひれが水を叩くと、飛沫が散ってキラキラと美しく輝く。岩場に座った人魚達の装束と鱗も太陽と水飛沫をあびて輝いていた。どれくらい歌っていただろう。歌が終わったことに気づいた僕らは夢中で拍手した。
これは天上の歌声と言われるだけある。もっとずっと聞いていたくて、アンコールをお願いした。人魚のお姉さん達は嬉しそうに笑ってまた歌ってくれる。しばらく歌に聞き入っていると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
「待て、人間。そちらに行くのは許可していない!」
その声を聞くと、人魚達は次々に海に潜ってしまう。エリカ族長も人の気配を感じとったのだろう、どこかに隠れてしまった。トリニちゃんだけは人の姿のまま僕らの傍に残って警戒していた。やがて、走ってきたのだろう息をきらしたおじさんが僕達の前に姿をあらわす。
「やあ、君達も人魚に招かれたのかい。僕もなんだ。人魚の盟友同士仲良くしようじゃないか」
おじさんは僕らに近づいてこようとした。しかしシロが威嚇して僕らに近づけないようにする。そうしている内に、後ろから商店に居た人魚のお姉さんが追いかけてきて彼を拘束した。
「貴様と盟友になった覚えは無い。それは先代の話だ。島での勝手な振る舞い、先代に渡した盟友の証、返してもらうぞ」
お姉さんが彼の服を探ると、何やら緑の石がついたネックレスを取り上げた。恐らくあれがないと人魚の島に入れないんだろう。
「すまなかった。コイツは突然やってきて勝手に島を歩き回ったんだ。宴の邪魔をしてしまったな。すぐに送り返すから心配せずに引き続き楽しんでくれ」
人魚のお姉さんはわめくおじさんを拘束したまま桟橋の方へ戻っていった。何だったんだ?
「あの方は前に出入りを許可した商人の方にたまについてきていた人ですね。後継だったとは知りませんでしたが…… 」
「大方人魚と親しくなって美味い汁を吸おうとしたのだろう。やり方を間違えたな。エルフの里にも時々ああいう輩が現れる」
どこに隠れていたのだろう、エリカ族長が顔を歪めて言う。族長って大変なんだな。
「可哀想に、人魚の島の立ち入り許可を取り消されたら、今後商売がやりづらくなるだろう。この国では人魚に認められた商人はそれだけで信用できると判断されるからな」
デリックおじさんが他人事のように言った。確かに人魚の島の出入りには人魚による厳しい審査があると聞いている。それをくぐり抜けた商人は一目置かれるんだろう。
これからあの商人の信用は失墜するんだろうな。他人の家にいきなりやって来て、勝手に歩き回ったんだからしょうがないよね。




