120.殿下のゆくえ
今日の午後はグレイスと本を読む約束をしている。
午前中は休日の日課で回復薬を量産していた。グレイスはお母さんと仲良くなって、裁縫について色々教わっているみたいだ。
僕は借りてきた本を読むのが楽しみで、鼻歌を歌いながら回復薬を作っている。アオも僕の鼻歌に合わせて歌っている。体液を絞り出しながら歌えるアオはすごいと思う。
スライムの体って一体どうなっているんだろう。
回復薬が出来上がると僕はまたパスカルさんの所へ行った。モモは朝からグレイスの所にいるし、アオも女子会がしたいからとお母さんたちの所へ行ってしまった。クリアもおじいさんとボードゲームで盛り上がっていたのでシロと二人で街を歩く。
昨日に引き続き回復薬を納品すると、パスカルさんが今日の予定を聞いてきた。
「パスカルさんは七賢者のアンドレアス殿下のことは知ってますか?本を借りたので午後はそれを読もうと思って」
そう言うと、パスカルさんは目を見開く。
「アンドレアス殿下のことならよく知っているさ、俺はアンドレアス殿下が十代の頃から彼の元で働いていたからな。ネリー様のそばに居るようになったのはアンドレアス殿下に頼まれたからだ」
なんとパスカルさんはアンドレアス殿下の元部下だったらしい。
「あの方はすごい方だ。特に先見の力が強くてな。あの方の言う通りにすると大抵のことが上手くいった。その分見えた未来に思い悩まれる事も多かったが、彼がいなければ今の平和は有り得なかったと断言出来る」
先見の力が強かったのか。万能な魔法使いにも、それぞれ得意分野のようなものがある。アンドレアス殿下にとってはそれが先見だったんだろう。だから暗殺を回避出来ていたのかな。
「まあ、あんまり話すと本を読む時に面白くないだろう。読んだら感想を言いに来るといいさ。殿下の活躍の裏話を教えてやろう」
そう言ってパスカルさんは僕の頭を撫でた。僕は本を読むのがもっと楽しみになった。
急いで家に帰ると、昼食を食べる。グレイスと二人で書庫に行った。グレイスを魔法関連の本の場所に案内すると、僕は借りてきた本に目を通した。
その本に書かれていたアンドレアス殿下はおばあちゃんとは対極な人に思えた。理知的で慎重、身分関係なく誰に対しても分け隔てなく接する物腰の柔らかい人。
なんだか破天荒なおばあちゃんとのロマンスが想像できなくて混乱した。僕に恋愛事はまだ早いのかもしれない。
殿下がおばあちゃん達七賢者のみんなと悪徳貴族を潰して回った話がその本には書かれていた。殿下の功績をピックアップして書かれたその本は、同じ事件でもおばあちゃんの本より内容が遥かにおとなしかった。殿下は派手な戦いはしない人だったんだろう。七賢者の頭脳と呼ばれるのも頷ける。
殿下が成人した頃、王の血を引く王子は殿下と現王しか残っていなかった。みんな謎の死を遂げていたんだ。王位継承権がある者ばかりが謎の死を遂げていたことから、誰もが当時側妃腹の王子だった現王がやったのではと噂していた。
みんな現王よりもアンドレアス殿下が王になることを望んでいたが、アンドレアス殿下はおばあちゃんの王宮追放と時を同じくして姿を消した。
その本にはそこまでしか書かれていなかった。本当に、アンドレアス殿下は今どこにいるんだろう。何のために姿を消したのだろう。
他の七賢者は知っているんだろうけど、絶対教えてくれないよね。
僕は本を読み終わってため息をついた。なんだか謎が増えただけで終わった気がする。
おばあちゃんは、アンドレアス殿下の居場所を知っていたのかな。
おばあちゃんはたまに一人で出かけることがあった。昔は気にしなかったけど、もしかしたらアンドレアス殿下に会いに行っていたのかもしれない。うーん謎だ。
僕が唸っていると、グレイスが話しかけてきた。
「アンドレアス殿下のことですか?謎が多いですよね。私も家にあった本は全て読んだけど、どうして行方不明になっているのか全く分からないんです」
生きているのかな、生きているなら会ってみたいな。おばあちゃんの話が聞きたい。
僕がそう言うと、グレイスは笑った。
「アンドレアス殿下とネリー様の恋物語はとても素敵ですもんね。お互いが強い絆で結ばれている感じがして。殿下の目で見たネリー様はどんなだったのか、私も聞いてみたいです」
それからは二人でしばらく七賢者について語り合った。おばあちゃんの話ができるのはとても嬉しい。
おばあちゃん、おばあちゃんの恋人は謎だらけで、僕にはさっぱり分からないや。
いつか会える日が来るのかな。来るといいな。




