112.おばあちゃんの恋人
書庫にやってきたグレイスの曾お祖父さんは、僕らが齧り付いている棚を見ると目を細めた。
「七賢者は私にとって一生頭の上がらない恩人だ。この棚には彼らを悪く言う本は一冊もないのだよ。それでもこれだけの数の本が出版されているんだ。興味がある本があれば喜んで貸し出そう」
そう言うと、一際大きい一冊の本を手に取った。
「これはネリー嬢が巨人族の里を救った時の事が、巨人族の視点で書かれた本だ。一般にはほとんど流通していないから読んでみるといいだろう」
本を受け取った僕は驚いた。巨人族は山奥に住む閉鎖的な一族だ。エルフ族や妖精族と同じで、人間とはほとんど交流しない。一体何がなんでおばあちゃんが巨人族の里を救うことになったんだろう。
僕は本を読むのが楽しみになった。お祖父さんはそんな僕を見て笑うと、一冊の本の背表紙を指でなぞった。
「娘が亡くなってからは、私はネリー嬢のことを娘のように思っていたのだよ。この本も読んでみるといい。ネリー嬢の恋人であった『大魔法使い』アンドレアス・ドゥ・ロージェ殿下の事が書かれた本だ。彼について書かれた本はとても少ない。現王が商人に圧力をかけて回ったからな。本当に器の小さい男だよ」
アンドレアス殿下は七賢者の一人で、現在行方不明だ。死んだとも隠れて暮らしているとも言われている。とても人望のある人で、彼が王にならなかったことで落胆した国民も多かったと聞く。
それにしても、商人に圧力をかけてまで本を出版させないなんて、王様はどれだけアンドレアス殿下のことが嫌いだったんだろう。
僕の知る範囲では今の王様は小さい頃から、優秀な異母弟であるアンドレアス殿下を暗殺しようと躍起になっていたという。でも稀有な『魔法使い』のジョブを持つ王子を殺すことは出来なくて、泥沼の争いを繰り広げていたそうだ。
アンドレアス殿下は時間をかけて王家の権力を削っていった。おかげで今の王はほとんど飾り物だ。民にもあまり好かれていない。
王様がアンドレアス殿下を殺したんじゃないかという噂も市井では囁かれていた。
僕はおばあちゃんの恋人だったというアンドレアス殿下のことがずっと気になっていたんだ。大喜びで本を受け取る。
「落ち着いたら何時でも遊びに来るといい。それとグレイス」
お祖父さんはグレイスを呼ぶと優しく言った。
「ヴァージル殿に頼んでしばらくお前を預かってもらうことになった。離婚が成立してお前の母親がこの家を出るまで、ヴァージル殿の所に世話になるといい。今あの女のそばにいるのは危険だろう」
グレイスは驚いて目を見開いていた。
『グレイスが家に来るんですか!やった、嬉しいです!』
モモが大はしゃぎでグレイスの腕の中で揺れている。この分だと夜もグレイスと一緒に寝たがりそうだ。
「家には客間が余っているから、何日でもいてくれて構わないよ。落ち着くまで家で過ごすといい。良ければ他のみんなも泊まりにおいで、みんな居た方が楽しいだろう」
お父さんが言うので僕はみんなにお泊まり会をしようと声をかける。
エルフの里の時はとても楽しかったから、またやりたかったんだ。
みんな喜んで頷いた。今日はきっと夜更かししてしまうだろう。
『家に連絡するなら手紙を届けてやるぜ』
クリアが言うのでみんな家に手紙を書いた。
『届けたらお屋敷に戻るな』
そう言うと、クリアは空高く飛んでいく。最近は皆を家まで送っていたから、場所はちゃんと覚えているだろう。転移ポータルを挟んだけれど、迷いなく飛んで行ったから大丈夫そうだ。
『わーい!みんな遊びに来るんだね!楽しみだね!』
シロも尻尾を振って喜んでいる。
ティアラちゃんはどうするのか聞くと、少し悩んだ様子でお母様と話す必要があると思うからと断られた。
グレイスが心配そうにしていたけれど、ティアラちゃんは大丈夫だと笑った。離婚することになったら跡取りのお兄さんとグレイスはコービン家に残るだろうけど、ティアラちゃんはどうするんだろう。その辺も話し合うつもりなのかもしれない。
「何か悩むことがあったら相談に乗るからね」
心配している様子のナディアの言葉にティアラちゃんは驚いていたが、擽ったそうに小さくありがとうと言っていた。
「曾孫たちが良き友を持てたようで嬉しいよ。ティアラはこちらにおいで、話し合いをしよう」
お祖父さんがティアラちゃんを手招くと、僕らはお暇することになった。
借りた本を大切に抱えてお屋敷に帰る。いつになく上機嫌の僕にみんな笑っていた。
いけない、グレイスは今日は大変なことがあったんだから、僕ばっかり楽しそうにしてたらダメだよね。でも、おばあちゃんについて書かれた本を借りられて嬉しかったんだ。
グレイスの曾お祖父さんとも、今度ゆっくりお話できるといいな。
ブックマークや評価をして下さると励みになります。
お気に召しましたらよろしくお願いします!




