110.コービン家の過去
「私は先々代領主のセシル・コービンだ。曾孫が誘拐されたと聞いてここに来たが、そなた達が助けてくれたと聞いて感謝している」
グレイスのひいお祖父さんが頭を下げるとシロにもお礼を言った。シロが匂いで見つけてくれたことを聞いたのだろう。
グレイスのお父さんも、一緒に頭を下げてお礼を口にした。
僕がオロオロしていると、お父さんが顔を上げるように言ってくれた。
僕はシロが見つけられると言うのでついて行っただけだ。畏まられるとちょっと困ってしまう。
お父さんが誘拐事件の詳しい顛末をグレイスのお父さんとひいお祖父さんに説明すると、二人に謝罪した。自領で起こった事件だからそうしなければならないのだろう。二人はティアラちゃんの軽率な行動が招いたことだからと水に流すことにしたようだった。
大人達の話が落ち着くと、グレイスのお父さんにグレイスと仲良くしてくれてありがとうとお礼を言われた。
「君がネリー嬢の弟子か……なるほど、よく似ている」
グレイスのひいお祖父さんが僕を見つめて言った。
一体誰に似ているんだろう。もしかして、この人は僕の出生について知っているんだろうか。
僕が首を傾げていると、お祖父さんはさらに言葉を重ねた。
「グレイスがネリー嬢の弟子と仲良くなったと聞いた時は運命的なものを感じたものだ。私の娘とネリー嬢は無二の親友だったからな」
おばあちゃんの親友?そんな人が居たのか、知らなかった。同じく困惑している様子のグレイスも知らなかったらしい。
「あの、娘さんとおばあちゃん……大魔女ネリーが親友だったって本当ですか?」
お祖父さんは目を細めて答えてくれる。
「ああ、本当だ。学園で娘がイジメを苦に自害してしまうまでは、とても仲良くしていた。イジメの首謀者は、当時はまだ力のあった王家と関わりのある家だった。だからしがない下級貴族でしかなかった私では何も出来なかったが、ネリー嬢が仇をうってくれたのだ」
僕は返す言葉を失ってしまった。グレイスがポツリと呟く。
「旧校舎の、ピアノの……」
「なんだ、知っていたのか。娘は学園ではいつもそこでピアノを弾いていたそうだ。……グレイスは孫達の中では一番娘に似ているから、ネリー嬢の弟子と仲良くなったと聞いて運命のように感じたのだよ」
僕とグレイスは顔を見合わせる。運命と言われるとちょっと違うかも知れないけど、きっとおばあちゃんが引き寄せてくれた縁だと思う。
それにしても、学園長が言っていた。自殺した女生徒が全ての始まりだったと……。
おばあちゃんは親友を失ったから貴族と戦うことにしたのか……。僕はおばあちゃんのことを思うと胸が苦しくなった。
みんなもその事を思い出したのだろう、僕を気遣うような目で見ている。
「すまないな、そんな顔をさせたいわけではなかった。ただ、ネリー嬢の愛弟子であるエリス君には知っておいて欲しかった。老人の我儘だよ」
僕は首を横に振る。知ってよかった、おばあちゃんの事なら何だって知りたい。おばあちゃんが何を考えどのように生きてきたのか、僕は知らなすぎたのだから。
僕はお祖父さんにおばあちゃんについて質問してみた。しかし、娘さんに聞いた範囲でしかおばあちゃんのことは知らないらしい。
街で串焼きをたくさん買って、歩きながら食べるのが好きだったこと。授業をサボって旧校舎近くの庭でよく寝ていたこと。知っていたのはそんな素朴なことばかりだった。
でも僕はそんな話を聞けるのが嬉しくて、お祖父さんの話に聞き入った。
そんな時だった。突然扉が空いて、グレイスのお母さんが入ってくる。
「グレイス!」
お母さんはグレイスの前まで来ると、その手をグレイスに向かって振りおろそうとした。
グレイスのお父さんが、咄嗟にその手を掴む。
「離しなさい!グレイスのせいで、ティアラは誘拐されたのよ!」
「お前は一体何を言っているんだ。いい加減にしろ!」
グレイスのお父さんはお母さんを怒鳴りつけると部屋の外に引っ張って行った。
「ティアラ、どういう事だ?」
お祖父さんが扉の前で呆然としていたティアラちゃんに問うた。
「あ……犯人の人に最初に声をかけられた時、訳のわかないことを言っていて……俺たちのことを覚えてないのかとか、冒険者がどうとか……あんたたちのことなんて知らないって言ったら、すごく怒って……だからグレイスと勘違いしてるんだと思って……」
それをそのままお母さんに伝えたのか。それでグレイスのせいで誘拐されたと思って殴りに来たと……ちょっと短絡的過ぎないかな、お母さん。
グレイスの腕の中でモモが心配そうに顔をすり寄せている。グレイスは未だ呆然としていた。
ナディア達が犯人との間にあったことをお祖父さんに説明してくれた。
お祖父さんはため息をついて言う。
「だから事業のためとはいえあんな差別主義の女と結婚するのはやめろと言ったのに。無理やりにでも止めておくべきだったか……」
お祖父さんはグレイスに視線を移すと優しく言った。
「グレイス、お友達に庭園を案内してやりなさい。ティアラも一緒に。私はヴァージル殿と話があるでな」
呆然としていたグレイスは我に返って返事をした。そして事務的に僕らを庭園に案内してくれる。ティアラちゃんはずっと泣きそうな顔でオロオロとしていた。




