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3-07 雷鳴のクリストフ

 メルクは少年ながらも、完璧な人間だった。

 眉目秀麗。頭脳明晰。勇猛果敢。魔術の才も申し分ない。

 唯一彼に欠けていたものは生まれだった。


 敵対関係にある隣国アルバとの国境付近の小さな村、フォージヤ村。彼の才能を発揮できない、大した生産能力もない村は、きっとアルバとの戦争になれば捨てられてしまうだろう。

 だから彼は、唯一気がかりなアメリの安全を気弱で無害な友人に託し、都へ上って士官学校へと入る。


 士官学校に入った彼は持ち前の才覚でどんどんと頭角を表した。隣国アルバでは、戦力の要である魔術一門クリストフの当主が失踪したらしく、戦争を起こせば勝てるだろう。

 メルクが出世の予感に胸を高鳴らせたその時。


 アルバが宣戦布告も出さずに進軍を開始。フォージヤ村が壊滅したという報せが彼の元に届く。

 愕然とするメルクの前に編入生として現れたのは、アメリを託したはずの気弱な友人だった。

「少年、知ってるかい。男には命を張らなきゃいけない理由が三つあるらしい。国のため、名誉のため、あるいは、愛する誰かのため」


「そこに異論はない。なんたって、女であるアタシだって、その三つのために戦ったんだ。まぁ、命を張るために理由をでっち上げたって言われたら、違うとも言えないけど」


「まぁ、それはいいとして。いいかい、少年。命を張る上で、覚えておかなきゃいけないことがだけある。それだけ、最期に教えてやるさ」


「それはね」


 ◇◆◇


 フォージヤ村の朝は穏やかに始まる。静かな村の中だから、隣のニワトリの鳴き声がよく響いて、僕はそれで目を覚ました。

 じっとりと背中が濡れている。またあの夢だ。


「最近、お参りにも行ってなかったな……」


 藁を詰めたベッドから起き上がり、頭をかく。今日は山に山菜や薬草を取りに行く予定だったからちょうどいい。そうと決まれば、いつも通り一日を始めなければ。


 僕は隣のベッドで寝ていたじいちゃんを起こす。痩せた肩を揺すると、「おぉ、クルトか」と目を覚ます。もうすっかり耄碌してるから、僕が起こさなくたって僕の名前を呼ぶ。昔は弱気な僕を守ってくれた、村で有名な雷親父だったのに。

 立ち上がらせ、肩を貸してやりながら寝室を出る。食卓の椅子に座らせて、僕はさっさと食事の準備だ。


おこれ、フォイア」


 呪文を唱え、調理台に火を入れる。鍋をその上に置き、野菜屑を水にじょぼじょぼ浸して塩を振れば終わりだ。スープはそのまま煮えるにまかせ、次は戸棚から黒パンを取り出す。釘でも打てそうな硬さのパンだ。

 グツグツという音を傍に考える。たしか明日には、普段採集している薬草などをまとめて都に持っていくと、馬を持っているアレクが言っていたから。今日は早めに帰ってきて、荷造りの準備をしたほうがいいだろう。手伝わなかった代わりに、武器を持って護衛をやれと言われたらたまらない。

 僕は出来上がった食事を盆に乗せて運び、じいちゃんの口にスープでひたひたのパンを運んでやってから、僕は自分の支度をする。

 山に入るときに着る厚手の服に袖を通し、すっかり古くなってガサガサギシギシいう籠を背負う。額の汗を拭ってから、いつものように指貫の革手袋をはめた。深い飴色の本革仕立ては今の服装には似合わないけど、それ以上に大事なものだ。

 手をぐっぱと握って開いて、具合を確かめる。もうずっと使っているのに、固くなったりしない。どんな素材を使っているのか、想像もつかない。


「行ってきます」

「気をつけてな」


 食卓についたままぼーっと窓の外を眺めるじいちゃんに挨拶すると、しゃがれた声が返ってくる。僕は、今日も頑張らなきゃと思い直して玄関を開けた。

 まぁ、気合いを入れ直す理由は、何もじいちゃんのためだけじゃないけども。

 多分今日も、玄関を開けた外にいるはずだ。


「お、やっと出てきた! おはよ、クルト」

「うん。おはよう、アメリ」


 予想通り、朝の日差しと一緒に飛び込んでくる元気な声。アメリは、亜麻色の髪を頭の後ろで一括りにした、男たちには密かに村一番だと囁かれている元気娘だ。

 ただでさえ狭い村の中、彼女は隣の家に住んでいるから、小さい頃からずっと仲良くしてもらっている。


「おっ、今日も山に入るの? みんな畑に来てくれって言ってるのに?」

「うっ……。起きて早々嫌味はやめてよ」


 ちなみに、畑仕事から逃げて山に入るのは今日で三日目だ。


「そんなんじゃ、明日の馬車に護衛としてついて来いって言われちゃうよ」

「許してよ。明日は行くからさ」

「そんなこと言ったって、それを決めるのは私じゃないしなー」

「どうしろって言うのさ」

「畑仕事に、行きなさい」


 アメリはイタズラっぽく笑う。僕は言い返せない。

 なにしろ、彼女の言うことはもっともである。僕以外の若い男のほとんどは、都に出て軍に志願してしまった。村で働ける貴重な男手、とういことに僕はなっている。今日も逃げたらあとが怖い。

 ただ、それでも山に行ったほうがいい……気がする。


「……あれ? いつもならここでポッキリ折れるのに、珍しい」

「今日は、その、お参りに行くつもりなんだ。夢に見ちゃったから」

「あぁ、あの命の恩人の?」

「うん、その命の恩人の」


 一度、うんと小さいときに山で遊んでいたら、ヘルハウンドという魔物に出くわしたことがある。村の山に魔物が出るなんてほとんどないから、気をつけようもなかった。

 その、なぜか傷だらけの魔物に襲われそうになったとき、僕を助けてくれた人がいる。その人は魔物と戦って、死んでしまった。

 今の僕は、その人の命のおかげで生きている。蔑ろにはできなかった。

 訝しげなアメリの視線は跳ね除けがたいけども、僕は決意をもって背負った籠の肩紐を握り直した。

 それを見たアメリが、少ししてため息をつく。


「仕方ないなぁ、私がうまいこと言っといてあげるから。感謝してよ?」

「ほんと! 助かるよ!」

「もう死ぬまで感謝してほしいわ。ほら、行きましょ」

「え? アメリも来るの?」

「私だって針仕事があるんだから、村の外まではいかないけど。話し相手になるくらい、お礼にしなさいよ」

「それなら、もちろん」


 僕の返事に満足げに頷いて、アメリはさっさと歩き出す。僕は慌ててその横に並んだ。

 アメリはなんだか、どんどん大人になっていく。芯があって、強くて、それでいて優しい。本当に僕と同じ年なんだろうか。隣に並んでいたところから、半歩後ろに下がってしまう。

 足を前に降り出すようにして、楽しそうに歩くアメリが、空を見上げながら言う。


「メルクは今頃どうしてるのかなー」

「士官学校、主席で卒業できそうって言ってたし、勉強漬けの鍛錬漬けなんじゃない?」

「たしかに。手紙にも貴族のおぼっちゃまの嫌がらせがすごくてーって書いてあったしね」


 アメリに言われて、僕はあの、エネルギーの塊を鋭く研ぎ澄ましてナイフにしたみたいな親友のことを思い出す。


「オレがこの村を守ってやる」


 メルクはそう言って、村を出て行った。

 僕らのフォージヤ村は、戦争一歩手前の隣国アルバとの国境付近にあって、一度戦争が始まれば、特に戦略的価値のないこの村は簡単に見捨てられてしまう可能性があるのだという。

 そういう難しいことはよくわからないが、メルクがそう言うならそうなのだろう。彼はそうなったとき、少しでも村を守れるように力をつけているのだ。


「クルトも行けばよかったのに」

「何言ってるの? 僕には無理だよ、弱いんだから」

「そうかな? クルトは魔法も使えるんだから、なんとかなるんじゃない?」

「ならないよ。都は魔法が使える人ばっかだって言うじゃないか」


 それに、僕に使える魔法なんて、火をつけるくらいのものだ。メルクは僕の顔より大きな火の玉を、空を飛ぶスズメより速く飛ばせる。

 やはり、僕は弱い。隣のアメリにはバレないように、ひっそり落ち込む。


「私は、クルトにだって良いところ、あると思うのになー」

「どこさ。言ってみなよ」

「それは……」

「ないじゃん」


 がっくり落ち込む。隠そうと思ったのになんで抉ってくるんだ。やっぱり優しくないかもしれない。

 堪えきれず顔を覆ってしまうと、隣から小さく「ばか」と聞こえた。僕が言いたい。


「と、に、か、く!」


 ばちんっ!

 アメリに平手でお尻を叩かれる。びっくりして飛び上がると、気付けばもう村の端まで来ている。

 振り返れば、腰に手を当てたアメリが僕をずびしと指差す。


「クルトにも良いとこあるよ! だから、胸張っていってらっしゃい!」

「まぁ、じゃあ、そういうことにしとくよ」

「あと、ついでに明日は畑仕事に行くこと!」

「あぁもう、わかってるから」

「よし、じゃあ、頑張れ!」


 僕が渋々と頷いていくと、アメリはにっこりと笑った。その笑顔を見ると、なんだかズルいなぁと思ってしまう。

 僕はほくほくと温かい気持ちになりながら、歩き出した。実は彼女には秘密だが、僕には村を出るメルクから、頼まれた役目がある。


「オレのいない間、アメリを頼む」


 何もできない僕だけど、命を張って彼女を守るくらいはしなくては。


 ◇◆◇


 背中の籠をゆすってみる。一個一個は軽い山菜や薬草が、折り重なって重みを主張してくるのを感じた。もう、十分集まったろう。僕は小さな達成感とともに、最後の目的地に辿り着く。

 一見すると何もない。なだらかな斜面に点々と木が並んでいて、ところどころ根っこででこぼこした地面。強いて言えば、その中に一つだけ、土の盛り上がったところがあって、そこが彼女のお墓だ。


 僕を助けてくれた女の人は、軍人だった。ボロボロの外套の合間から、見たこともない群青色の軍服が見えたのだ。

 彼女はヘルハウンドに怯える僕の前に颯爽と現れるや否や、雷の魔法で作った槍を投げ、敵を黒焦げにしてしまった。そして同時に、彼女も倒れた。

 彼女の使った雷の魔法は、いや神具は。使った人間の命をも燃やすらしい。拳を握り込めば、その神具の感触が手の中にある。


 雷甲・ヤールングレイプル。


 なぜあの人が僕に託したのかわからない。ただそこに僕がいたからというだけなんだろう。それでも、メルクと比べて無力な僕にはちようどいいお守りだ。

 ……うん、僕は僕にできることをするだけだ。


 握った拳を開いて、籠を下ろす。

 山菜の中から大振りなものを見繕って供える。

 膝をつき、手を組んで祈った。

 さぁ、早く帰らなきゃ。

 振り返る。木々の合間に小さく覗く僕の村が焼けていた。

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