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3-25 レッドコール

火山の隆起と同時に様々な形態を持った【悪魔】が出現した。

地形が変わり、街が滅んだりした悪魔と人間の大きな戦争は、今年で終結してから121年が経とうとしていた。

海面上昇に伴って、日本の首都は長野県に移ったものの、各地の復興はほぼ現地任せになっており、福岡県博多市天神地区は、海底に沈んだビルの上に更にコンクリや木造建築を歪に増改築させて何とか発展していた。

悪魔と人間のハーフである21歳のミクリは、人間と悪魔が混在する街で、河骨と呼ばれている人間が営む探偵所でバイトをする毎日。

「何か釣れるのか?」

「あぁ~……たまになぁ」

まばらに空を横切っていく雲の下、男の問いに気のない返事を男が返した。

気のない返事の男が持っている錆び付いて曲がりくねった棒の先から伸びた糸は、3mほど下にある水面に波紋を広げている。

「魚はもっと深い所にいるんじゃないのか?」

「だから、たまにだよぉ」

2人の後ろを人影が1つ、軽い足音と共に走り抜けていった。

タタッ、タタッ。

ダッダッダッ。

ドドッ、ドドッ、ドドッ、ドドッ。

カサカサカサカサカサカサ。

ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!

続いて、大小様々な5つの影が走り抜けていく。

「何だぁ、ありゃ」

釣りをしていた男はのんびりした口調で竿を握った2つの青い腕とは別の腕を脇腹から伸ばして顎を掻く。顎の近くにある鰓が数度開閉した。

「何か若そうな連中だったな」

釣りの男に声をかけた男が、木の様に節くれ立った手を頭に伸ばして、そこにある小さな枝の塊をガサガサと揺らすと驚いた小さな虫が飛び立っていった。

「知り合いかぁ?」

「アンタな、この街に何百万人の人間と悪魔がいると思ってんだ。あんな奴ら見たことも……あ、今来てるのは知ってるぜ」

木の男が言い終わると同時に赤い影が2人の前に着地した。

「よお、ミクリ」

「ん? あ、ワクさん」

「あぁ?、河骨んトコの女の子じゃねぇか」

「ハゼさんも。2人して何してんの?」

「俺らは今知り合っただけだよ。お前こそ何してんだ?」

「私バイト中で……あ!やばっ!ワクさん、ハゼさん!さっき6人くらいここ通ったよね!?」

「あっちだぁ」

「サンキュー!」

言い終わるより早く、ミクリと呼ばれた少女は通り過ぎた6人を追って走り出した。

まるで朱色の風が吹き抜けたかのようだった。

「仕事中だったか……悪い事しちまったなぁ」

「あとでお詫びに何か持っていくか……ところでアンタ、河骨の客なんだな?」

「何度か世話になってるよぉ。お前さんはぁ?」

「俺もちょくちょくな。しかし、何百万もいるってのに客同士とはな」

「ハゼだぁ。宜しくぅ」

「ワクラバだ。ワクって呼んでくれ」


              ***


「おいおい何だ!?」

「テメェコラァ!前見テ動キヤガレ!」

朱色の影を尾に引きながら、ミクリは短く息を吐く。

「街中に入っちゃったな……どうしよ」

彼女が追いかけている集団とは別の人達の怒鳴り声が聞こえる。急がないと被害がもっと広がってしまうだろう。

とはいえ、知った顔に声をかけられて少し離れてしまった距離は、数秒の内にもう最後尾にいる奴の背中が見えるまで縮まっていた。

フッ、と短く吐いた息が朝日の中に溶け込んだ時、跳躍したミクリは空中でくるりと縦回転し、最後尾を走る四角い金属の塊の上に飛び乗っていた。

「!? お前、降りっ、ろ!」

「何の為にわざわざ乗っかったと思ってんだ!」

ミクリが軽く上げた足を勢いよく下ろすと、金属の表面が足の形に凹む。四角い塊の見た目であるものの、中身は柔らかい様だ。

「ぐ!」

首を伸ばして後ろを見ていた塊の体勢が大きく傾く。

「亀みたいな形してるクセにちょろちょろしてんじゃねぇ!」

「俺、を!亀って言う、な!」

「じゃあ弁当箱だ!」

「!? がっ!」

振り下ろした足を支点にして体を駆け上がったミクリの蹴りが円筒型の頭を蹴り飛ばす。

堪えきれなくなった四角い金属の亀は、コンクリートを削りながら倒れ込む。

ミクリは亀を起点にして再び跳躍すると、少し前を走っていた下半身が百足になっている人間の背中に飛び蹴りを叩き込んだ。

「ソウ!」

「構うな!行け!」

器用に上半身だけで振り向いた、ソウと呼ばれていた男は殴りかかる。うずくまるように体を曲げたミクリは、百足の背中で横回転すると、ソウの胸板に蹴りをぶつけた。

「ぐっ!お前、タラスをどうした!」

「殺したかみたいに聞くなよ!そんな事するように見えんのか!」

「見える!」

再び突き出されたソウの拳にミクリは頭突きで応じた。

正確には、彼女の額の中心とこめかみの間にある角をぶつけた。

「~!」

痛みで声を飲み込んだソウの服の襟元を掴み、彼の顔面にも頭突きを叩き込んだ。正確には、やはり角をぶつけたのだった。

タラスの様に体勢を崩して倒れたソウは、道の脇に置かれていた家電のゴミの山に転がり込んだ。

大きな音が響いた時には、ミクリは3人目に追い付いていた。

下半身と顔が馬になっている女の背に、荒くなった息を落ち着かせようとしている少女が乗っている。2人目にも追い付けた様だ。

ソウがゴミ山に突っ込んだ時の騒音で、少女達が追跡劇を演じている道を挟むように建っているビル群の上から何人も覗き込む人影が出てきた。

「うるせぇぞ!何やってる!」

「すいませーん!ごめんなさーい!」

あまり申し訳なさそうでもなく叫び返したミクリは、下半身が馬の女の横に並ぶ。

「ねえ!もう終わりで良くない!?私強いの分かったよね!?」

「2人の分殴らせろ!」

女が馬の顔を震わせて叫ぶと、炎の形の青いたてがみが少し大きくなった。

「あぁ~~!そういう事言う!?」

太い腕が、ミクリの灰色の髪を掠める。

数回短く息を吸い、強く吐き出した音がしたかと思うとミクリは更に加速して馬の女を追い越した。少し先を走っていた男に追い付く為だった。

彼女は少し焦っていた。

これ以上物を壊したり騒がしかったりすると、河骨と呼ばれている彼女の上司に何を言われるか分からないし、給料が叱られた分だけ減るのも避けたかったのだ。

追い付かれた、リーダーと思われる人間の男は目を丸くしていた。

「赤い肌……お前、悪魔のくせに人間の味方を……」

「あのさ、戦争終わって地上で悪魔が暮らすようになって何年経ったと思ってんの?別に珍しくもないでしょ!大体、私の父さんは人間だし!」

「俺たちは捕まらない!」

「足が速いのは分かったから!それに、私は別に捕まえたい訳じゃないの!」

「だったら何の用だよ!」

「先週、大名で婆さんのバッグ盗んだでしょ!それだけ返して!中身も!」

「そんなもんとっくに売ってる!」

「じゃあ、売った店!」

「言う義理は無いな!」

「……だよね!」

ミクリは言い終わると同時に男の脇腹を殴る。男は少しよろけたが、お返しとばかりに体当たりを仕掛けてきた。身長が190cmほどで体格の良い男の体当たりを受け、悪魔ではあるが身長150cmほどと小柄なミクリは大きく突き飛ばされてしまった。

「……やっば……!」

大きく道を外された彼女が今走っている路地は、先程まで走っていた大通りとは違い、排気管や水道管、電線、ゴミ箱の他に店の軒先や看板もひしめき合う場所だ。

彼女がそれらを気にせずに突っ走ってしまうと、今月の彼女の給料は消えてしまうし来月や再来月も危うくなる。

「あの野郎……あったま来た!」

ミクリは速度を緩めずに置かれていた原付バイクの座席に飛び乗ると、跳躍してビルから突き出ていたベランダの柵の上を走り出した。

原付バイクは数回揺れた後で何とか直立を保ったが、ミクリはすでに別のビルのベランダに飛び移っていてそれを確認することは出来ない。

柵と柵を飛び移り、背の低いビルの屋上に飛び下りる。少し遠くにある海で反射した光が一瞬だけビルから屋台の屋根に下りた彼女の顔を照らす。

屋台の屋根からコンクリートの地面に下りた時、丁度道を曲がってリーダーの男が現れた。

逃げ切れたかと安心していた男の表情はすぐに驚きに変わる。軽く上げていたミクリの腕でそのまま殴られるのを理解したのもあっただろう。

拳を躱す為に大きく傾いたリーダーの男に対して、ミクリは少しだけ左足を突き出す。足も避けようとしてさらに大きく傾いたリーダーの男は、こらえきれずにゴロゴロと転がってダンボールゴミの塊に突っ込んだ。

「……ぷはーっ!」

平静を保っていたミクリの呼吸が大きく乱れる。滝の様に大量の汗も噴き出して、レンガの様に赤い彼女の肌を濡らした。

ダンボールゴミの中で、リーダーの男も大きく息を切らしている。

「ほんっとに……疲れた……」

リーダーの男の足を掴んでゴミ塊の中から引き抜いて、彼女は隣に座る。

「ハァ……ハァ……言う気になった?」

男は答えず、中指を立てる。

「……何それ?」

「……通じないのかよ……」

呼吸を整えながら、ミクリは考えを巡らせる。中指の意味は分からなかったが、彼女は男がバッグを売った場所を言う気がない事は察していた。

「ミクリ」

穏やかな男性の声が、ミクリの耳に入った。

ハッとして顔を上げた彼女の視界にコートを着た人間の男が入る。男の隣には、彼と手を繋いだ幼い少女が立っていた。

「……河骨……所長……」

「大暴れだったみたいだな、ミクリ。婆さんのバッグは見つかったか?」

「あぁ~~……えっと~~……まだ」

ミクリは誤魔化さなかった。そんな事をして給料を減らしたくはない。

「ところでお前、婆さんのバッグがどんなもんだったか覚えてるか?」

「え? それは……何となく。写真貰ったじゃないですか」

「写真を見てみろ」

言われるがまま、ミクリは上着に入れていた写真を取り出す。人間の爺さんと悪魔の婆さんが笑顔で並んで、婆さんの手には茶革のバッグが提げられている。

「で、こっちを見ろ」

上司の、蜂の模様ほどに鮮やかな黄色い指が示す方を見ると、幼い少女が写真と同じバッグを抱えていた。

そこへスッと影が差し、先程までミクリが追いかけていた馬の女が現れる。

「……あっ」

ミクリはそこで、幼い少女が先程まで女の背中に乗っていた少女だと気付いた。

「博多中を走り回らなくて良かったな」

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