3-22 ライバルのイケメンが実は女の子だったが、俺は絶対に負けない
「また……負け……たぁ!!」
「君も飽きないね。無駄な張り合いはやめれば? えぇと、広瀬総『二』郎くんだっけ?」
「広瀬総一郎だっ!! 紙に張り出されてるだろ!」
広瀬総一郎は負けず嫌いである。
勉強、運動を全力で取り組み、優秀な結果を残している────が、高校に入学してからとある男子生徒に負け続けていた。
如月蒼。
天才と呼ばれている彼は、勉強、運動で総一郎を上回り、その結果総一郎は入学以来万年2位という屈辱を味わっていた。
そんなある日、総一郎はひょんな事から如月蒼が実は『女の子』だと知ってしまい────?
「お前の性別とかどうでもいい!! 俺は!! 絶対!! お前に勝つ!!」
これは、絶対に負けたくない男がワケありクール系男装女子に落とされて負ける話である。
俺は昔から負けず嫌いだ。
幼稚園の時、かけっこで負けたら次の日から勝つために必死で練習をした。
小学生の時、遊びで負けたら勝つまで挑み続けた。
中学生の時、勉強で負けたら一番になるまで努力した。
何故ここまで負けず嫌いなのか自分でもわからない。なにか理由があったような気はするが……まぁ、それは置いておこう。
だから俺は今まで努力して、負けても諦めず挑み続け、これまで勝ち続けてきた。
だが高校生になった俺は今────一人の男に負け続けていた。
「また……負け……たぁ!!」
張り出されたテスト結果を前に、俺は思わず叫んでしまう。
周りの連中が「あー、またか」みたいな視線を向けてくるが、知った事ではない。
張り出された用紙を睨めつけ、俺は再度順位を確認する。
『1位 如月蒼 500点
2位 広瀬総一郎 498点』
二点足りず、二位になってしまった俺の名前……の、上にある一位の名前を再度確認し、俺はそのまま視線を横に滑らせる。
そこに──居た。
男でも思わず見惚れてしまいそうな、知的な印象を与える中性的な容姿に短く切り揃えられた銀色の髪。
そして眼鏡の奥にある冷気すら感じそうな蒼い瞳でテストの結果を確認している男────俺の宿敵である如月蒼が、いつものようにつまらない物を見るような表情で立っていた。
如月を俺を見ると、「ふっ」と鼻で笑いやがった。この野郎……!!
「如月、人を鼻で笑うなんて性格が悪いぞ」
いつも通り食ってかかると、如月はやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。
顔がいいから一々動作が様になるのも腹立たしい。
「君も飽きないね。無駄な張り合いはやめれば? えぇと、広瀬総『二』郎くんだっけ?」
「広瀬総一郎だっ!! 紙に張り出されてるだろ!」
「あぁ、すまないね、いつも二番目に名前があるから思わず空目したよ」
「誰が二点足りずの万年二位の二番煎じ野郎だって!?」
「いやそこまでは言ってないよ、二番止まり君」
「追撃しやがった……!」
「今のは八割自爆でしょ」
認めたくはないがこの男は天才だ。
憎たらしい程に頭が良く、恨めしい程に運動神経も良く、疎ましい程に容姿も整っている。
通称、神に愛されすぎた男。
そんな男が俺の宿敵なのだが、当の本人は俺を歯牙にもかけてない。
「まぁ、いい加減、無駄な張り合いはやめれば? よくやってる方だけど」
「やだね! 負けたままで終われるか! 次のテストの時まで首を洗って待ってろよ!」
「好きにすれば? どうせ、勝てないんだし」
すました顔で立ち去る如月に地団駄を踏みながらも、俺は奴を見据え、吠えた。
「次は!! 絶対に!! 俺が勝つ!!」
△▼△
「今日も一日おつかれさんでした。しっかし、毎度毎度飽きやせんねぇ。その生き方疲れやせん?」
「昔からだから疲れるもなにもない」
「わぁーお、筋金入りぃ」
放課後。帰路についてる俺に話しかけてきたのは数少ない友人である西条高雄。
芝居じみた軽い物言いで誤解されがちだが、ノートを貸すと次の日に菓子パンをくれるぐらいには義理堅い男だ。
途中まで帰り道が同じなのでこうして共に帰る事が多い。
「まぁ、やっぱ世の中には天才って居るんすねぇ。如月君、やっぱスゲェや」
「そこは認める」
非常に悔しいが、如月が凄いのは事実である。
この学校に入学してから今まで勉強、運動、その他にも様々な事で奴に挑んで来たが結果は惨敗。
如月という男は間違いなく天才であり、俺より凄い奴だ。だからこうして素直に負けを認めている。
なぜならこれで負けを認めないのはただ無様を晒すだけだからだ。
なので毎回、次は必ず勝つと宣言しているのだが結果は芳しくない。
「でも如月君、今考えると広瀬君にだけはまともに対応してんすよねぇ〜。やっぱ向こうもライバルと認識してるんじゃねぇです?」
「そうかぁ? 毎回俺をバカにしてるだけだぞ?」
目を瞑れば思い出す様々な罵倒。最近で特にムカついたのは広瀬銀二郎だったな。二番目と銀メダルと掛けたのに気づいた時はムカつきと感心が同時に来たのが記憶に新しい。
そんな事を言ってくる奴が俺をライバルと認識してる? それはないだろ。
「それはそうっすけど、如月君って基本的に人と関わろうとしないし友達もいねぇでしょ? だから広瀬君から絡むとは言え、如月君がちゃんと反応返してんのは珍しいんすよ」
「へぇ、知らなかった」
「知らなかったって、ライバルの事っすよ?」
「奴に勝つための自分磨きで忙しくてな……」
「真面目というか愚直というか猪武者というか」
褒め言葉を聞き流しつつ、ふと考える。
確かに、俺は如月の事をライバル視しているがアイツのことをあんまり知らないな……
「今までは自分磨きで如月を観察する余裕がなかったが、そろそろ敵情視察をする時が来たのかもしれないな。これから俺は如月が普段どんな事をしてるか調べようと思う」
「それ一歩間違えたらストーカーって呼ばれたりするんすよ」
「大丈夫だ。小学生の時の俺はかくれんぼ最強の男だったからな。隠れるのも見つけるのも得意だ。任せろ」
「広瀬君、賢いのにバカなんだよなぁ……」
かくして俺の如月調査計画が幕を開けた……だが具体的にはどうした物か。
そう思案していると目の前には分かれ道。
「んじゃ、俺はあっちなんでここらで。また明日ー」
「おう、また明日な」
いつもの分かれ道で西条と分かれた俺は、とりあえず家に帰って計画纏めるか……そう思い早足で家に帰ろうとした時──見てしまった。
「あれ……?」
見間違えるはずもない。俺と同じ制服を着た男──俺の宿敵である如月が、コソコソと周りを警戒し、電柱に隠れつつ町中を歩いていた。
「……なにやってんだアイツ?」
不審者スタイルの我がライバルに思わず困惑してしまう。
そして如月がこちらを振り返ろうとした瞬間──俺はとっさに近くの電柱に隠れてしまう。
……これは、好機では? だって、如月について調べようとしてた時にこんな絶好の機会が舞い込んだのだ。
それに如月は俺に気づいていない。つまり……チャンスだ。
「……っとに……な……で……!」
それに耳をすませば、風と共に如月の声が運ばれてくる。
内容はよく聞き取れないが、どこか焦ってるような様子。
あの如月が焦っている。その事実は俺の中に残っていた「やっぱりストーキングはまずいだろ」って良心を消し飛ばした。
それに普段は総二郎だの銀二郎だの散々煽られてるんだ。ちょっとぐらい奴の弱みでも握ってやりたい。
こうなりゃとことんストーキングしてやろうじゃないか……!!
ササッ!! サッ!! そんな擬音すら聞こえてきそうな機敏な動きで路地裏に入っていった如月に続き、俺も路地裏に足を踏み入れる。
「あれ?」
だが、そこに如月の姿は無い。
まさか気づかれたか……? そう思って周りをキョロキョロと見渡すと……路地裏にひっそりと佇んでいる店を見つけた。
『Cafe Mate』
どこぞのバランス栄養食みたいな名前をした喫茶店が近くに建っていた。
こんな所に喫茶店なんかあったのか。という感想と共に、パッと見でこの喫茶店以外にこの路地裏に入れる店が無い事がわかる。
つまりだ、姿を消した如月はここに入っている可能性が高い。俺の完璧な頭脳はその答えにたどり着いた。
となれば、外から観察を……と思うが、外から店の中はよく見えないし、何より路地裏とは言え人の目がある。そんな不審者みたいな真似はできない。
なら店に入るしかないが……如月にバレるリスクがある。
うーんうーんと、たっぷりと五分程どーしたものかと考える。
……いや折角ここまで来たんだ。そもそもリスクがなんだ? そんな物に俺は負けないが??
よし! と気合いを入れ直し、俺は喫茶店の扉を──開く。
カランカランと、鈴の音と共に足を踏み入れると、そこはコーヒーの香りが立ち込める雰囲気の良いこじんまりとした喫茶店……なのだが、お客さんは誰一人居ない。
あれ? 如月は? まさか俺が間違えた? なんて考えていると、店の奥から声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませー、少々お待ちください」
今から引き返すのは、流石に一度店に入ったから気持ち的に店員さんに申し訳ない。
しょうがない。折角だからコーヒーだけでも飲んでいくか。
お客さんは居ないけど雰囲気はいいし、穴場を見つけたと思う事にしよう。
「お待たせしました。何名様でしょう……かっ!?」
「一人ですけ……どっ!?」
店の奥から出てきた店員さんは、まるでちゃんとしたお屋敷に勤めてるような本格的なメイド服を着ていた。
メイド喫茶? なんて思考は一瞬で吹き飛んだ。
なぜなら店員さんの顔は、とても見覚えがあった。
──如月蒼。俺の宿敵であるはずの男がメイド服を身に纏い、この世の終わりのような表情で俺を見ていた。
「……」
「……」
お互い沈黙。
つまりそれは、お互いにとってこれは想定外の出来事という事であり、コイツが如月だと確定的とも言えて──
ダメだ、思考が上手くまとまらない。だが如月は先に正気に戻ったのか、フッと笑みを浮かべると──
「人違いです」
「……俺まだなんも言ってないけど」
「……あっ」
勝手にボロを出した如月を見て、コイツにもこういう所があるんだなぁと少しばかり冷静になる俺であった。





