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3-20 世界を守ると言わせてくれ

神奈川県某所にある街、星降市(ほしふるし)は、十五年前に隕石が降ってきたことで有名になったことがある以外は、パッとしない小さな街。そこでは宇宙の脅威から、市民を守るローカルヒーロー、メテオラスターズが、悪役ネブラと共に活動していた。

メテオラスターズのメンバーの三人のうち、宅弥は残業で来られず。正美は、ライブ後の打ち上げに無理やり参加させられて来られない。残る映雄はたったひとりでネブラに立ち向かうことになる。宅弥か遅れて加勢したことも演出となり、ヒーローショーは最高の盛り上がりを見せたが、このヒーローショーが、やがて宇宙の脅威との本物の戦いになってしまうことを、このときは、まだ誰も知らなかった。

 神奈川県のどこかにある街。星降市(ほしふるし)。十五年前に隕石が降ったことで有名になった小さな町だ。小高い丘の上にある展望台からは、星空の下に広がる住宅街が一望できる。


宅弥(たくや)、敵の襲撃時刻は、もうすぐだぞ。間に合いそうか?」

「そいつは絶望的だ。営業が得意先に工期の短縮を約束した。皺寄せがこっちに来ている。残業だから、ひとりで持ちこたえてくれ」


 敵の襲撃があるのに来れないなんて、ヒーローとしての自覚はないのか。仁藤(にとう)映雄(てるお)は、声を荒げる。


「お前みたいにニートじゃないんだよ。こっちは」

「ニートじゃない。専業ヒーローだ」


 はいはい、とおざなりに流された。


「だいたい、正美(まさみ)はどうした?」


 この街を守るヒーロー、メテオラスターズは、映雄、宅弥、正美の三人で構成される。大学生時代に特撮研究部の活動の一環として行っていたものを、ローカルヒーローとして興行化させたものだ。


「ライブ後の打ち上げで、遅れるらしい。参加しないと、特定のファンと交際関係にあるとでっち上げられて解雇させられるとか」

「クソ運営じゃねえか」


 全員のスケジュールが合うことなど稀有で。敵との戦いは、いつもジリ貧の防衛戦ばかり。それでも映雄にとっては、三人が別々の道に進んでからは、大学生時代の仲間が揃う数少ない機会だった。


「そんな事務所で売れるわけないのに、いい年してアイドルなんてやめちまえ」

「頑張ってるあいつのこと悪く言うなよ。今日もめちゃくちゃ可愛かったんだからな」

「ライブ行ってたのかよ! それより、時間は大丈夫なのか?」


 ワイヤレスイヤホンで通話していたのでポケットに入ったままだった電話を取り出し、時刻を確認する。午後六時五十七分。死に物狂いで自転車をこがなければ、襲撃時刻に間に合わない。


「やっべ。悪役(ヒール)を待たせちまう。じゃあな」


 丘の上にある展望台から、坂道に任せてスピードを上げていく。ペダルが空回りして脚がもつれそうになったところで、急カーブ。曲がりきれるはずもなく、派手にすっ転んで映雄はアスファルトに叩きつけられた。ダウンが破けて、中の羽毛がこぼれている無様な姿で公園に向かって歩いていく。迎え撃つのは、黒い仮面を被った男。待ち構えたぞと言わんばかりにふんぞり返っている。周りには老若男女問わずの人だかり。


「ふははは! この星降市第三公園のジャングルジム(もとから使用禁止)は、このネブラ様の支配下となった! もうじき、この街の全てが俺様のものになる!」

「そうはさせない!」


不敵な笑い声を漏らすネブラの前に、映雄は躍り出た。ボロボロになったダウンを脱ぎ捨て、真紅のヒーロースーツ姿を露にする。バイザーのついたヘルメットをかぶり、変身完了。宇宙の脅威から星降市を守る正義のヒーロー、その名はーー


「燃える恒星! メテオラスターズレッド!」


バシっと名乗りを決めたところで、どっと歓声が沸き上がる。ぞくぞくっと押し寄せる鳥肌。映雄は肩を震わせてへっぴり腰になりながら、星の意匠が入った剣を構える。特撮研究部時代から使っている、ところどころ塗装のはげたプロップだ。


「どうした? 震えているぞ?」

「うるせえ! 今日、最低気温2℃だぞ!」

「けっ、こんな頼りないやつがヒーローでは、この街もおしまいだな」


ネブラも腰に携えた刀を引き抜く。こちらも所々塗装が剥げていて、もとは木刀であったことが見てとれるまでになっている。

まずは斬りかかったのはネブラ。悪役らしいなぎ払うような大袈裟な動きは見きられやすい。ひらりとバックステップでかわす映雄、たまにスタントマンとして特撮作品に出演するほどの身体能力は、本物。そこからフェンシングの如く剣先を突き出す。が、その剣先がネブラの喉元に届くことはなく、左肩の空を斬った。


「行けー! メテオラスターズやれー!」


取り巻きから声援が聞こえる。実はネブラ側のファンも、かなりの数がいる。ゴツゴツした甲冑のような造形と威風堂々とした佇まいは、オーソドックスなヒーロースーツとは、また違った趣があって良い。

両者共々観客の声援を受けて一進一退の攻防。しかし、パワーで押し切るネブラの動きに徐々に翻弄され、映雄はじわじわと息切れしていく。


「やはり、たったひとりでは厳しいか? そんな成りでこの街が守れるのか?」

「この街だけじゃない。世界を守ると言わせてくれ」


今度は映雄から斬りかかる。しかし、疲れが見えていた貧相な剣が、届くわけもない。ネブラの刀が、映雄の剣を弾き飛ばした。剣は宙を舞い、砂場に転げ落ちる。


「さあ、長きに渡る因縁もこれで終わりだ。お前たったひとりじゃ張り合いがないというのが、悔いではあるがな」


絶対絶命の大ピンチ。観衆の中には、思わず目を瞑ってしまう者も。静寂に包まれる数秒、万事休すか、と最前にで見ていた男の子が、唾をごくりと飲み込み、拳を握りしめたそのとき、公園入口に一台の原付が停車した。


「来た! グリーンが来た!」


男の子が叫んだ。地面にへたりこんでいた映雄も、とどめを刺そうとしていたネブラも、他の観衆も原付から降りてきたコート姿の男に視線を注ぐ。


「映雄! 遅れてすまない」


コートは上物なので、丁寧に降り立たんで原付のサドル下に収納した。現れたのは、緑のヒーロースーツに身を包んだ宅弥。残業が終わってから、職場のトイレで着替えを済ませて、ここまで法廷速度ギリギリで飛ばして来た真面目な男だ。


「この蒼き星を守りたい! メテオラスターズグリーン!」


宅弥の加勢に観客は、この日一番の盛り上げを見せる。


「宅弥、残業はどうしたんだ?」

「来れないとは言ってないだろ? 死ぬ気で終わらせて来た」

「お前は、ほんと真面目だな」

「ニートのお前に言われても嬉しくない」


「ニートじゃない。専業ヒーローだ」


バイザーの中で、僅かに見えた勝ち筋を噛み締めながら、映雄は含み笑いを浮かべる。差し伸べられた宅弥の腕を手繰り寄せて、立ち上がった。さっきネブラに立ち向かったときよりも、しゃんと背筋を伸ばして。


「宅弥、フルメンバーじゃないが、あいつにメテオブラスターズを喰らわせるぞ!」

「分かった」


メテオブラスターズは、機械いじりの得意な宅弥が作り上げたハイテクなプロップだ。歓声の声量に合わせて装飾が光るようになっている光線銃を模した武器で、銃身にはド派手なクラッカーが仕込んである。


「みんな! メテオブラスターズにエネルギーをチャージする! 俺たちに力を分けてくれ!」


観客の声援が、そのままヒーローのパワーになる、ヒーローショーの定番演出だ。冬の夜空の下、大人も子供も持てるだけの声量で、この町を守るヒーローの名を叫ぶ。


「頑張れ! メテオラスターズ!」


流石にこの場面では、ネブラもアウェーの状態。観客の熱気に押されている間に、メテオブラスターズはフルチャージ。


「行くぞ! メテオブラスターズ、ロックオン!」


銃身に取り付けられたレーザーポインターが、ネブラの甲冑の左胸の位置を指す。


「ファイヤー!!」


凄まじい白煙と、轟音が銃身から放たれる。ネブラは、それにタイミングを合わせて、手元でスイッチを握りしめた。甲冑からバシッ、バシッ、と被弾を示す火花が散る。


「くそ! 次こそは、星降市を我が物に!」


捨て台詞を吐いて立ち去るネブラを背に、映雄と宅弥は互いに抱擁した。この日のショーは、大盛況に終わった。こんな日は、酒が美味いに決まっている。映雄と宅弥は、ヒーロースーツを上着で隠しただけの格好で行きつけのおでん屋に向かった。今時にしては珍しい、高架下の屋台のおでん屋だ。おでんネタと一緒に出汁に浸かっている日本酒をおちょこに注いで、二人は乾杯した。


「かぁー! うめえー!」

「素面なのにでかい声をあげるな。みっともない」

「いいだろうが。今日は俺のおごりだぞ。ここんとこじゃトップクラスの売上げだったからな」

「ニートが調子に乗るな」

「だから専業ヒーローだって」


笑って肩を叩き合っていた所で、映雄の隣に屈強な男が座ってきた。


「お疲れさん」


男の顔を見るや否や、映雄も宅弥も目を丸くする。


「ネブラ、珍しいじゃないか」

「役名で呼ぶな。根元(ねもと)と呼べ」


映雄は、根元とはヒーローショーを始めてから出会った。ちょうど悪役がおらず、子供と握手をするぐらいの、パッとしない活動をしていたときに、向こうから声をかけてくれた。プロレスラーだけあって厳つい男だが、底抜けに良い人だ。


「久々に楽しかったんでな」


映雄が注しだ日本酒を、くっと飲み干した後、やけに神妙顔つきで漏らす根元。


「何かあったのか?」

「うちが所属している興行会社が変わった。もしかしたら、ネブラをやれるのも最後になるかも、なんてな」


本業のプロレスラーの仕事が増えて、駆けつけられないかもしれないということか。映雄と宅弥は、「寂しくなるな」と、ため息をついた。


「新しい興行会社の社長とも面会をしたが、どうもあれは人間とは思えなくてな」

「は?」

「いや、何でもない。今のは酔いと一緒に流してくれ」


現実離れした内容を根元が言うものだから、二人は面喰らう。


「悪いことは言わない。この街から今すぐ逃げろ。もう、ヒーローショーはおしまいだ」


さっきまで演歌を流していたラジオに、緊急ニュースが入る。この星降市に十五年ぶりに、隕石が落ちてくるかもしれないという内容だった。

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