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3-14 俺の話

 重サイボーグである主人公は、傭兵稼業の仕事中に銃撃を受け、脳を酷く損傷する。しかし、副脳が主人公の思考身体制御をを代替し、生き延びた。主人公は脳を欠いても自分が生きている事実に驚愕し、自己同一性に思い悩む。

 主人公は傭兵稼業を辞め、休養する。SNSで自分が経験したことを書き込んだり、散歩をしたり、馴染の店で食事をする中で、主人公は自分が身体だけでなく、周りとの関係性にも定義付けられていることに気付く。

 主人公は自分と同じ経験をした人々のために、自分の想いを書き留めておこうと決意する。

 俺は俺の脳みそを見た。俺は自分の右顔が吹っ飛んで、中からなにかがどろどろと溢れるのを感じた。俺の脳殻はナウマン社の炭化ケイ素セラミック製で、中間弾薬までなら耐えられるという触れ込みだった。実際その通りだった。どこぞの企業のお偉いさんの護衛に雇われていたあの日、俺の脳殻はほとんどの襲撃者たちが持つ旧式アサルトライフルからの銃撃を完全に防いだ。ただ、襲撃者の一人、熊みたいな体躯をしたサイボーグ男が持っていた対物ライフル……あれは無理だった。銃口と目が合ったと思った瞬間、俺の右顔面は木っ端みじんに吹き飛んでいた。

 死を自覚して、しかし、身体は動いた。俺は応射でサイボーグ男を殺した。息を整え、顎に滴るものを手で拭って、残った左目で見てみる。それは、血と肉の混合物だった。脳みそを吹き飛ばされて、なぜ俺は生きているのか。手が震える。しばし呆然とし、思い当たった。

 俺は身体のほとんどを機械置換した重サイボーグだ。光学神経系を張り巡らせたクロームとカーボンの身体は、生の肉体と比べ物にならないほど脳への負荷が高い。その負荷を分散させるために、俺の身体には副脳が備わっている。

 首の付け根に触れる。直径三センチ、高さ一センチほどの突起に、神経接続用の端子がついている。微細な電子回路でできた思考器官が、脳殻に埋没した円筒に組み込んである。これが俺の副脳だ。

 副脳は補助的に働く。しかし、スペック的には人間のすべての思考と身体制御を行えるくらいの性能はあると聞いたことがある。実際に、そうなのだろう。主脳を欠いたいま、俺は副脳だけでものを考えている。

 ぐらりと地面が揺れた気がした。防弾仕様の身体が、カスタードプディングみたいにふにゃふにゃになっている錯覚がする。

 いままで俺は、漠然と脳が俺自身だと考えていた。従軍時代に地雷を踏んで、初めて両脚を戦闘義足にしたときも、傭兵として生きていくと決めて、本格的に全身を機械置換したときも、特に感慨はなかった。だが、脳を失っても俺は生きていられると知って、あるいは、いままで俺が俺であると信じていたものが俺ではなかったと知って、俺は俺自身を見失った。


 俺は傭兵の仕事を辞めた。戦う理由を失ったからだ。俺は常に自分のために戦ってきた。いまはもう、その自分がなんなのかわからなかった。

 身を挺してお偉いさんを守ったことが評価されて、手当金が出たので金に余裕はあった。木っ端みじんになった顔面も、その金で無事修復できた。ただ、修復しても俺の脳殻は空っぽのままだ。

「俺は俺の脳みそを見た」

 修復を担当したサイバネ技師に、俺は言った。サイバネ技師は答えた。

「けっこういますよ。そういう人」

 サイバネ技師は『身体-機械置換者の脳損傷実例集』と題したファイルを送りつけてきた。開いてみると、俺の拡張視野いっぱいにすっからかんになった脳殻を示すレントゲン写真や低彩度加工済みの可視光写真などが表示された。

「そうみたいだな」

 俺は顔をしかめて、ファイルを閉じた。


 脳を失ってから一週間、俺は自室でじっとしていた。ひとりで自分のことを考える時間が欲しかったからだが、すぐに飽きてしまった。もともと、考え事をするのは得意じゃない。俺はふと思いつき、久方ぶりにSNSへログインして呟いた。

「俺は俺の脳みそを見た」

 特に反応はなかった。スパムアカウントから一件夜の誘いを騙ったリプライが届いたが、それだけだった。


 一週間たって、俺は外に出ることにした。街の方へと夜の散歩に出かけてみる。この頃はよく眠れず、すっかり昼夜が反転してしまっていた。

 超高層ビル群に挟まれた通りは夜でも煌々と光り輝き、わずかな間隙から夜空が見える。中空に投影された立体映像や、ビルの側面に生えた数多の電飾看板が、うざったいほど鮮やかだ。いつもは自動車を使って移動しているから、こうして街を歩くのは新鮮だった。俺は車から見る街並みと、徒歩で見る街並みはまったく違うのだと気が付く。いつもは背景でしかない街中を歩く人々も、なんだか実在感がある。

 俺は人ごみの中で思った。いますれ違ったあいつもこいつも、俺の頭の中に脳みそが入っていないなんて思いもよらないだろう。いっそ、脳殻に蝶番でも付けて、パカっと開くようにすれば面白いだろうか。街中で、俺の頭の中になにも入っていないことを見せつけてやるのだ。びっくりするに違いない。……いや、意外になんとも思われないか。それどころか、同じように空っぽの頭を見せつけてくるやつすらいるかもしれない。そして、言うのだ。脳みそがない人なんて、そこらじゅうに居ますよ。知らなかったんですか?

 そこまで考えると、背筋が寒くなってくる。俺は気を取り直して、飯にすることにした。調べてみると、馴染の中華料理屋が近くにあったので、そこに行く。いつもは車の自動運転で行く店だから、住所を意識したのは初めてだった。

「いらっしゃい。お、あんた、久しぶりだね」

 狭いキッチンの中から、店主がオリーブドラブ色の古びた復員義手を振り上げた。しわの深い顔が、ニッと笑顔を作る。俺の他に客はおらず、暇を持て余していたようだ。

「ああ、いろいろあってな。最近来れなかった」

 俺はカウンター席に座った。木目調の天板は、跳ねた油でべたついている。俺はこの店のこじんまりとした作りが好きだった。

 いつものように、唐揚げ定食を頼むと、あっという間に出てきた。唐揚げ三つとレモンひとくし、付け合わせのキャベツの千切りを乗せた大皿に、卵のスープと白米がついている。まず、俺は餃子のたれ用の小皿を取り、そこにレモンを搾り、コショウをたっぷりふりかけた。そして、レモンコショウに唐揚げを付けて喰う。カリカリの薄衣に、ジューシーな培養鶏もも肉。いつもの味だ。そう、いつもの味なのだ。

 脳を失う前と後で、俺の感覚や好みは全く変化していなかった。それ自体に問題はない。しかし、ここまでなにも変化がないと、俺の脳みそは元からある必要がなかったのではないかと思ってしまう。俺が俺であると信じていたものは、俺の脳は、あってもなくても良いものだったのだろうか? であれば、なにによって俺は俺だと言えるのだろう。

 変わらぬ唐揚げの味を噛みしめていると、店主は声をかけてきた。不安げな声色だった。

「どうした、マズかったか?」

「いや、美味いよ。相変わらず美味い。こっちの問題だ」

「そっちの問題って?」

「話せば長くなるが……俺は俺の脳みそを見た」

 俺は店主にことのあらましを話した。店主は神妙に話を聞いていた。

「まあ、難しく考えるなよ。あんたはあんただ。前と変わりなく。それで十分じゃないか」

「そう思うか?」

「あんたみたいな唐揚げ定食の喰い方をするやつは他にいねえ。オンリーワンだよ」

「……そんなに珍しいのか」

「ああ、この道二十年だけど、あんただけだ。保証する」

 店主は自信満々に頷き、親指を立てた。


 家に戻ると、税金の納付の請求書が来ていた。先月に新設した新税らしい。法的には、脳を失っても、俺は俺らしかった。それと、SNSにもさらに一件反応があった。

「連絡くれ」

 ただそれだけ。従軍時代の旧友からのものだった。

 俺はベッドの中で考えた。脳みそも、クロームの身体も、俺の一部だが、すべてではない。俺はたくさんの微小な要素と関係性の集まりでできている。俺は元傭兵で、市民で、見知らぬ他人で、変な唐揚げの喰い方をするやつで、友人の友人だ。それがわかった。失われたものは失われたままだが、どうもすべてを失ったわけではないらしい。

 久々に熟睡できるような気がした。俺は寝ようとして、ふと思いつき、テキストエディタを立ち上げた。俺と同じ体験をしている連中は多いと聞いた。そいつらのために、いまの俺の気持ちと考えを、書き留めておこう。

 どうせなら書き出しはインパクトがあるやつが良い。読者をぐっと惹きつけるやつを考えよう。

「俺は俺の脳みそを見た……」

 俺は慣れぬ文章を、書いては消し、書いては消した。寝不足の解消には、まだ日にちが掛かりそうだった。

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