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3-13 飛行手紙専門の魔道具職人「補佐」

魔法の世界に異世界転移しても、楽なことなんか無い!

突然転移した斉藤透子は何とか異世界で住民登録し、どうにか家を借り、必死に仕事をしていたら、偶然友人の目に止まった紙飛行機が新魔道具として大ヒット。

魔力量底辺の透子が『魔道具職人「補佐」』になり「飛行手紙(紙飛行機)」作成を生業に出来るように。

何かと騒がしい森や冒険者達の中で、透子は大切なお店を切り盛りする。


「飛行手紙ですね?通常型の他にも長距離用、緊急用などもございます。是非ご贔屓に!」

 魔法がある世界で食べていくのは容易ではない。技術や経験がものを言うし、まず身元証明出来ることがそもそも必要だ。平々凡々な生活をしていた私、斉藤透子にそんなサバイバルを生き抜く知恵など皆無だというのに、誰の気まぐれか、そんな縁もゆかりもない異世界へ転移してしまった。

 元々何か技術があったわけではないし、異世界から放り投げられた人間にさぞや辛い環境になるだろうと戦々恐々としていたら、この世界は……意外にも優しかった。

 役所のようなところで平民の身分を貰い、そこで紹介された家を期間限定で借りて、まずは顔繋ぎから始めた。いろんな場所で挨拶と自己紹介、そして安全第一に仕事を紹介してもらっていった。

 なんとか期限内に次の住処を借りられたが、仕事は長続きしない。基本的に単発の仕事しかないため焦りだけが募る中、たまたま手慰みに作った紙飛行機が友人の目に留まったことで事態が動き出した。

 友人の目には紙飛行機が新鮮に映ったらしく、友人の知り合いの魔道具職人へ話し、そのまた友人の商人へ話が伝わり、翌週には手紙を折って飛ばす新魔道具『飛行手紙』が完成していた。

 しかしここで問題が一つ。魔法が使える世界で魔力量が庶民の中でも底辺。つまり生活維持がやっとという量の魔力しかない私には大掛かりな魔法を使うこともある魔道具職人は遠い夢。しかし飛行手紙には魔法付与が必須というジレンマに、友人の友人である魔道具職人に慌てて相談したところ、魔道具職人『補佐』なる仕事を教えてもらった。

 簡単に言えば職人見習いだが、将来職人への道が開けている魔力持ちとは違い、魔力のない者にとっては体のいい雑用係でしかないらしい。

 思わず「そんなお先真っ暗な職場で働けるか!」と声を荒げてしまったが、どうやら職にあぶれた人の受け皿になっているようで、小さな仕事も割り振る事で賃金が上手く行き渡るようにしているらしい。職にあぶれたとは、まさに自分のことだと「職人補佐」を名乗ることにした。


 紙飛行機を折り続けるのは飽きる時もあるけれど、まだ競合するような同業者もいないようで、仕事は途切れる事がない。このまま悠々お仕事ライフかと思いきや、今度は紙飛行機へ印鑑をぺたりと付けるだけで魔道具に変身する画期的な『魔道具印セット』が作られるようになった。


 飛行手紙が発売されるやいなや大量注文がひっきりなしに入るようになり、魔道具職人はほぼ全員が徹夜続きになった。そしてついに徹夜2日目、壮年に差し掛かり、最近孫が可愛くて仕方ないのに連日帰れない事を切々と訴えた手紙を送り続けていたら「じいじうざい」と返信が来て発狂しかけたとある魔道具職人がキレて、魔道具職人の魔力を含ませた特製インクと印鑑という、とんでもない発明品を作り出し業界の在り方を根底からひっくり返した。

 『誰でも押印するだけで、インクと印鑑に固有登録された魔道具職人の魔力を使った魔道具が作れる』このセットは瞬く間に広がり、私も例に漏れず職人補佐でありつつも、ちゃっかり魔道具職人きどりになっていた。ちなみに、この画期的なセットによって魔道具職人の徹夜はストップし、職人達に平和が戻ったとかなんとか。


 この魔道具印セットで、それこそ魔力値底辺の者でも印鑑ぺたりで魔道具を作成出来るため補佐達はこぞって飛行手紙作成をしたがった。

 しかし、補佐の大フィーバーによって大量に出来た飛行手紙は、出来によって性能に大幅な違いが生まれた。単純な形だけに折り目の少しの違いが性能に影響し、大半のものは視認できる範囲にしか届かなかった。一方で、丁寧に仕上げ、紙の質にも拘る事で性能が飛躍的に上がる事も分かり、中距離、町一つ、長距離、緊急用と種類は増え、同時に丁寧な仕事をする補佐だけが生き残るようになった。私は人に恵まれ、「飛行手紙専門」魔道具職人補佐として小さな店を構えることができ、飛行手紙の作成・販売を生業にできるようになった。


「トーコ、飛行手紙ひとつくれ」

「こんにちはダンさん。防水ですか?」

「ああ、少し離れた場所だからな」


 今日も開店早々ドアが開く。入ってきたダンさんは大柄で無精髭を生やしているため粗野な雰囲気だが、歩き方が美しい。体幹がしっかりしているのか真っ直ぐぶれずに歩く様は綺麗な大型動物を見ているようで、実は来店の度にドキドキしている。

 カウンターに置いてあった皿を移動し、小瓶の中の水を少量注ぐ。下から取り出した飛行手紙の端に水をつける。


「では登録をお願いします」

「ああ」


 使用者を登録するのは飛行手紙販売の必須事項。これをしていない手紙は無許可販売となり販売者は勿論、使用者も罰せられるため、どんなに忙しいお客様でも文句を言う人はいない。大量注文の際は魔道具職人の方で一斉登録するから楽なのだが、個別販売は毎度が基本になっている。

 防水性の紙にも付着するこの魔法液は店舗特製のもののため、販売店舗の証明書としての役割も果たしている優れものだ。

 すぐに染み込んだのを確認してダンさんに差し出し、飛行手紙の端を軽く摘んでもらう。仄かに発光すれば登録完了。


「はい、確認しました。では」

「小銀貨1枚だな」

「ふふっ。いつもありがとうございます」


 言い終わる前にカウンターに置かれた小銀貨1枚に思わず笑みが浮かぶ。流石に3日に一度買いに来ていたら顔馴染みになるが客と店主の立ち位置は変わらない。天気の話や町の噂話など立ち入りすぎない会話を楽しめる貴重なお客様でもある。


「そういえば、最近近くの森が騒がしいみたいですね。長距離用や緊急用のものもご用意しましょうか?」


 ふと、最近話題になる森の事が頭をよぎる。ダンさんがいつも購入するのは基本型だった。使用距離が歩いて1時間程の範囲なので、街中で人や物にぶつからない事を第一に作られた。飛行速度は人が走る位にしているので歩くよりは断然早い。その分人手を割かずに済むことから、割高でありながらも個人での使用が段々増えてきている。緊急用であれば速度が5倍になり距離も伸びる。長距離用なら馬車で2日ほどの距離にも届けられるとあって、この3種類は特に仕事を持つ人々に大人気だ。


「いや、これで問題ない。森ももう少ししたら落ち着く」


 最近、森への人の出入りが目につくようになり、住民の間にも不安が広がっていた。日常生活を脅かす程ではないものの、その影は日増しに色濃くなっているように感じるし、魔法液用の薬草を取りに行くこともある身としては、聞き逃せない噂なのだ。


「ダンさんが仰るなら安心です。気をつけていってらしてくださいね」


 ほっとして気の抜けた顔になっていたのか、こちらを見るダンさんは珍しく口元を緩ませている。


「あぁ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。そこまで深くは潜らない」


 落ち着いた口ぶりに、ふと冒険者の死への近さを思い出した。忘れてはいけないのに、こうして穏やかな時間を過ごすと頭から離れてしまう。この一瞬が大切なのだと、そう語るその姿に、自然と背筋が伸びた。


「では、私はここで無事のお帰りをお待ちしています。いってらっしゃいませ」


 軽く、でもこのひと時に後悔をしないように。いつどんな別れがあるかは分からないから。心を込めて頭を下げた。


「…………」


 何の反応もないので顔を上げれば、無表情のダンさんがこちらを見下ろしている。


「?どうなさいました?」


 姿勢を直して顔を伺えば、いつもより大分多い瞬きの後、おもむろに包装前の飛行手紙を懐に入れようとしたのを見て、慌てて手を伸ばした。


「待ってください。保存袋に」


 飛行手紙は折れてしまうと性能に響くため、不足の事態が起こる可能性が高くなる。そのため、必ず厚紙で挟む冊子タイプの保存袋に包むのだが、慌てていたのだろうか。


「!」

「……え?」


 思わず伸ばした手に反応するようにダンさんが一歩後ずさり、思わず声が漏れてしまった。


「あ、あの、この保存袋に入れないと精度が落ちるんです。なので、決して他意があったわけではなくて」


 しどろもどろに何かをしようとしたわけではないと説明すれば、我に返ったのかダンさんが慌ててカウンターに身を乗り出した。


「ち、違う!あんたが悪いんじゃなくて!……すまない。可笑しな動きをしたのは俺だ。あんたは悪くない。気にしないでくれると助かる。後、袋頼む」


 一気に捲し立て、気まずげに飛行手紙を差し出すダンさんに思わず笑ってしまった。


 受け取った飛行手紙をさっと包装して再びダンさんへと差し出せば、いつものゆとりを取り戻したダンさんが受け取りつつもう一方の手を差し出してきた。


「……えーと?」

「……気を遣わせて悪かった。今度これを合わせた加工品を作りたいと思っているんだ。何がいいか見繕っておいてくれ」


 掌にころりと転がるのは透明度のある黒玉。魔獣の核に見えるこれは、透明度がある事からもおいそれと人に渡すような代物では無いはず。下手したらベルベットの敷かれた宝石箱の中に鎮座し、王侯貴族に献上されるようなものでは……


「こ、これは、ダンさん、これは」

「ただの核だ。戻ってくるまでにどんな形と付与がいいか考えておくように」

「いや、ダンさん、困ります!こんなすごいの預れません!」

「じゃあな」

「ダンさん!」


 鈍臭いのとカウンター越しとが相まって、あっという間に立ち去ったダンさんを引き留める事は出来なかった。


「こ、困りますよぉ、ダンさん……!」


 手元に残った美しい黒玉はきらりと光を反射して艶々と光っていた。

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