3-12 慈善サークルの姫は今夜もサングラスとマスクを身に着ける
慈善活動は計画的に。
「ボランティアをしない人間って人として終わってる」
「私達がこうやって生きている間にも苦しんでいる人がたくさんいる」
「ハリウッドスターは年に何百万も寄付しているからその負担を減らしてあげないとダメでしょう?」
うるさい!
今の私は自分の事で精一杯なんだ。心と体力と金の余裕がある人が自ら進んで活動するものだよね? 善意を強要しないで!
慈善活動に協力しない私は悪者ですか?
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【恵まれない地域の難民に愛の手を!】
下校中手作り感満載の旗を若者達が掲げながら駅前を陣とっていた。それに加え現地で撮影したであろう痩せた子供の写真をパネルにして同情を煽る光景が不愉快だ。
私はその集団を一瞥した後素通りした。この広い地球の中でも日本が恵まれている事は子供でも知っている。それと同時に明日の食べ物に困る程生きるのに苦労している国がある事も。でも協力するかどうかは人によりけり。大の大人にならまだしも小学五年生の自分にまで呼びかけるなんてどうかしてるんじゃないの?
「あの人達何してるの?」
知識の偏った持論を反芻していると、私の隣を歩く少女が尋ねてきた。
「発展途上国って最近社会で習ったでしょ? あのお兄さん達はそういった人達の為にお金を分けてくださいって私達に呼びかけてるんだよ。募金箱も持ってるし」
「あ、ホントだ! 透子ちゃん、ちょっと待ってて」
彼女は私にそう言うと団体の元に駆け寄り、ランドセルから財布を出したかと思えば、なんの躊躇いもなく一万円札を募金箱に投入した。
「私にはこれくらいしかできないけど応援しています!」
呆気にとられている若者達に微笑み会釈すると、彼女は私の元に戻り手を取ると目的地へ歩を進めた。そんな行動をしたら否が応でも団体を含めた周囲の視線がこちらにビシバシと感じるので穴があったら入りたい。
「なんで一万円なんか持ってるの?」
歩き始めて数分経った頃だろうか。脳内で巡る大量の疑問の中で、どうにか単語を紡ぐと彼女に問いかけた。
「パパが何かあった時の為に持っておけって」
「その『何か』って何よ。使った事言ったら怒られそうだけど」
「『困った人を見かけたら助けてあげなさい』ってパパも学校の先生もよく言ってるよ? それにパパは会社の偉い人だからたくさんお小遣い貰えるし大丈夫!」
「でも……」
確かにあの一万円があれば助かる人がいるかもしれない。でもそれでいいのかな……正解なのに間違っている。この気持ち何なのかわからない自分に苛立ちを覚えた。
その後、彼女が一方的に話しかけ私が相槌を打つという会話を何往復かすると目的地にたどり着いた。目が眩む程背の高いマンション……何度見ても慣れなかった。
「じゃあ、また明日! バイバイ!」
「うん……またね」
彼女ははち切れんばかりに右手を振り、エントランスに足を踏み入れた。その足取りは白うさぎを追いかける不思議の国のアリスのように軽やかで映画のワンシーンを連想させた。
古着屋の割引品を着ている私と比べ、誰もが羨むブランドで全身を固める彼女は別世界の人間。その感情は羨望と憧れと嫉妬が入り混じりドロドロとしていた。
猫屋敷彩姫
まさか数ヶ月後に彼女と同学年の姉妹関係になるなんて夢にも思わなかった。
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あれから八年。私は中学高校と卒業し、名前を聞けば受験生五人のうち一人が反応するくらいの知名度の国立大学に通っている。早朝、学校終わりに加え週末は喫茶店でのアルバイト。こちらは若者ほぼ全員が反応する場所で、採用の電話を受けた際は母と小躍りする程喜んだものだ。
そして今日も国内で蔓延る感染症に負けず出勤する。もちろんマスクの下も笑顔を意識するのも忘れずに。
数人を接客した後、見知った人物が自動ドアを潜り抜けた。グレーのコートと黒色のマフラーが長身にとても似合っている。
レジカウンターの内側にいる私の存在に気が付くと、彼は三日月のように目を細めこちらに近づいてきた。マスク越しで表情を上手く読み取れないのがもどかしい。
「いらっしゃいませ!」
「近くまで来たから寄ってみた。ゴメンね、仕事中に」
「いえ。あと十五分で終わるので少し待っててもらって大丈夫ですか?」
「ホント? じゃあ、お言葉に甘えて」
こっそり社割で端末に入力すると、淹れたてのカフェラテをカウンターの前で待つ彼に提供した。彼はそれを受け取った後、店の一番壁際のテーブルまで移動した。
「彼氏?」
コートとマフラーを脱ぎ、脚を組みながら堂々と座っている彼に数秒見とれていたのだろう。同僚の葵さんが尋ねてきた。彼女は私の二つ年上で、仕事のフォローをしてくれる姉的存在だ。
「えぇ、実は」
「そうなの? そんな素振り全然なかったけど」
「学校で落としたハンカチを拾った後何度か声かけられて」
「うわぁ、この令和の時代にそんな事あるのねぇ」
今まで恋愛経験のない自分にはハードルがくぐれる程高かったが、何事もチャレンジしなければ始まらないが口癖の教授の言葉を反芻し付き合う事にしたのだ。 確かにきっかけはベタなのかもしれないがこれでいいのだ。……見た目の良さに惹かれたのも否定しないけど。
二十分後、遅番との引継ぎを終えてタイムカードを打刻すると、既に彼が身支度を整えて店の外で待っていた。葵さんとも退勤時間が同じだった為、彼の了承を得た上で最寄り駅まで一緒に帰る事にした。
「米田稀月です。仕事中にお邪魔しました」
「いえいえ。うちはそこまで厳しくないんで大丈夫ですよ。店長も気さくに話しかけてくれますし」
「そうなんですね。こっちの講義は私語禁止なのでうらやましいです」
稀月さんと葵さんが和気あいあいとしている中、私はすれ違う人の邪魔にならないよう数歩後ろで会話を聞いていた。180cm以上ある身長の彼に対して、頭一つ分背の低い彼女を見るとお似合いだと思う。もちろん人の彼氏を奪うような事なんて絶対しないと信じてるけど。
「あれ? 透子ちゃん?」
夜の八時という時間帯は帰宅ラッシュのピークが過ぎたとはいえまだまだ人が犇めいている。雑踏の中にポツリとつぶやいたその声だけが私の鼓膜をくすぐった。まるでコントラバスの弦のように。来るな。来るな。
「ここの駅使ってたんだー。元気? 最近全然メッセージくれないから寂しかったんだよ?」
「ま、まぁ……ボチボチ」
私の願いも空しくヤツはズカズカとこちらのテリトリーに踏み込み不躾な事を言い出した。同い年の十九歳だというのに黒髪ツインテールに加え所謂地雷系ファッションが見ていて恥ずかしい。真っ黒なマスクがそれに拍車をかけている。
「彼氏さんイケメンー! お友達さん美人ですからとてもお似合いですぅ」
「えっと……俺、透子の彼氏なんだけど」
「え!? 本気で言ってます!?」
「もう行きましょう。時間の無駄です」
一刻も早くこの場から立ち去りたくて稀月さんと葵さんに目配せすると一歩足を踏み出した。
「これから慈善サークルの打ち合せなの! 私がいないと募金集まらないからね。人気者はツラいわぁ」
「はいはい。わかったから行きなよ」
「うん! おばちゃんによろしくねー!」
彩姫はそう言うと駅前の商業施設に吸い込まれていった。せめて大声で話さないでよ。それに夜の八時からの打ち合わせって何? しばらく呆然としていると葵さんがポツリと沈黙を打ち消した。
「噂には聞いてたけど強烈だね」
「本当にすみません。あれが一時期とはいえ妹だったなんてなんと言ったらいいやら……」
「ゴメン。ちょっと状況吞み込めないんだけど……」
葵さんと出会ってから半年の間にバイト先はもちろんLINEでもお互いの家族の話をよくしていた。しかし稀月さんとは約一ヶ月前に知り合ったばかりで困惑するのも当然だろう。あいつと顔を合わせてしまったからには隠すわけにいかない。いつまでも黒歴史のフォルダにしまっておくのも限界がある。私は二人を食事に誘い彼女との関係を話すことにした。
───お母さん、死んだお父さんの分まで幸せになるからね。
───彩姫ちゃん。ボランティアは大事な事だけど人に押し付けるのは良くないわ。
───彩姫ちゃんの募金で毎回十万円は渡し過ぎだと思います。高校生になった時アルバイトした方があの子の為にも……お風呂ですね。わかりました。
───もしもし。え……主人が浮気!? あの、どちらさまでしょうか?
───短い間でしたが一年お世話になりました。養育費と慰謝料は弁護士を通してお願いします。
一ヶ月後早朝の勤務を終えた私は大学まで向かっていた。北風が常に吹き付け凍てつく足をどうにかこうにか前に前に動かした。するとジーパンのポケットに入れてあるスマホがバイブレーション独特の振動を繰り返した。私は一瞬立ち止まりスマホを取り出し画面に表示されている名前を確認した。
彩姫
見なきゃよかった。高校以来全くやり取りしていなかったのでブロックするのも忘れていた。それにしても何の用だろう。私は応答ボタンをタップし受話口を耳に押し当てた。
───うー! うー! うー!
「もしもし? ふざけてるの?」
───うー! うー! うー!
「用事ないなら切るよ?」
私が言い終わった瞬間に通話終了になった。疑問が埋め尽くす中また一つの通知がスマホを鳴らした。画像?
ここで私の記憶は途切れている。
数時間後、両瞼と口が縫い合わされた彩姫が救急搬送された。





