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3-10 ウェイクアップ・オール・ザ・ピープル

 観客ども(オーディエンス)はこの瞬間ときを待っていた。

 関西代表――挑戦者チャレンジャー、アラヤ・キュート。

 関東代表――王者チャンピオン、フルハシ〈嵐〉サーティーン。

 MCバトルの中のMCバトル、〈ライジング〉で、ふたりの意地が激突する!


 これは――アラヤ・キュートが日ノ本を統べるための物語。或いは、フルハシ〈嵐〉サーティーンが産まれ変わるための物語。

 そして――|俺たちが目覚めるための物語だ《ウェイクアップ・オール・ザ・ピープル》。

 暗転した空間に、レーザー光線が煌めいた。次いで、キュキュ、と高らかな音を立ててターンテーブルが回り始める。


 ズン、ズン、ズン、ズン……!


 重低音が響き渡り始めると、観客ども(オーディエンス)が拳を突き上げ始めた。誰も彼もが(エブリバディ)目覚め始める(ウェイク・アップ)。男どもは浅黒く焼けた肌にキャップやハットを被っており、女どもは露出の多い服の下にはち切れんばかりの胸を押し込めていた。

 鼓膜に響く重低音。腹を刺激する振動。飛び散る汗とレーザー光線。彼ら、彼女らは喝采を上げる。呼応するかのように、ライブハウスが震え、ターンテーブルが唸りを上げる。

 その狂騒がひとしきり終わったとき、ステージにはキャップ(ニューエラ)を目深に被った男がひとり、立っていた。


『ウオォオオオ……ッ!』


 興奮にざわめくライブハウス。喧騒にさざめく観客ども(オーディエンス)。それらが一層の協奏を始めたとき、男はステージの右側を指す。

 誰も彼も(エブリバディ)が注目する。舞台袖から奮い立つようなオーラ。焚かれ始める白いスモーク。誰も彼も(エブリバディ)が沈黙する。重低音が鳴り響く。キャップを被った男(ニューエラ・ガイ)が口を開いた。


「――挑戦者チャレンジャー……ッ!」

『オオ……ッ!』


 ライブハウスの温度が上がる。ターンテーブルの速度が上がる。カーテンコールが鳴り響き、スモークの中にいる人影をレーザー光線が捉えた。


「来たぞ……ッ!」

「ああ、来た……ッ!」


 いつしか、観客ども(オーディエンス)の歓声はやんでいた。静まり返る会場。誰かの小さなつぶやきが、次の呟きを誘発する。


「――遂に、辿り着いたんやな……」

「関西の雄――否、関西の花、とでも言うべきか……」

「おれたちの――おれたちの、アラヤ(﹅﹅﹅)が……!」


 キャップを被った男(ニューエラ・ガイ)が前口上を述べる。会場のヴォルテージが次第に熱を帯びてゆく。


「西は中国、四国や九州、関西圏を抑えて来た……! M.C.GOROを軽々超えて……ッ! 花魁道中何処までも……ッ!」

『ウオオ……ッ』


 観客ども(オーディエンス)が再びアガり始める(スタンド・アップ)。ライブハウスの空気は極限にまで圧縮され、盛り上がり、悠々と有頂天まで駆け上る。


「行き交う連中まとめて屠り……ッ! 超えて来たのは大坂の関……ッ!」

『ウオォオオオ……ッ!』

「――関西代表ッッッ!!! お祭り女の大躍進ッッッ!!!」

『そこのけッ! そこのけッ!』


 誰も彼も(エブリバディ)が絶叫する。


「アラヤ・キュートの登場だァアアア――――ッ!!!」

『ウオォオオオ……ッ!』


 スモークを蹴散らして出て来たのは、花魁にも似た外連味たっぷりの振り袖姿。すっぴんでもかわいらしいだろう顔にはごてごてとした派手なメイク、びんびんに尖った洒落たネイル、その指先でしとやかにマイクを持つ姿に、観客ども(オーディエンス)はすっかり虜。一瞬で、彼女のためのステージが出来上がる。――と、次の瞬間。

 厚底でガツン、とスピーカーを踏みつけて。彼女は、いきなりブチ上げた。


「Hey,YO. 超えて来たのは大坂の関じゃねえ、関なんてものは何処にも見当たらねえ、Ah, 所詮末席、初戦ハッタリだけかましたらすぐパタッて倒れちまった、ごめんトバッチリ? GOROバッタリ、出会い頭にちょこっとこづいただけ、で倒れちまうような通天閣の、下で焼き鳥焼いてたアタシの、口でこってり、スグにイッたり、情けねえよなあ? 男がっかり、だからハッキリ、ここでシッカリ、チャンピョン? 知らねえよ、だからアッサリ、蹴落として日ノ本の頂点、頂くぜ観とけお前ら、バッチリ……ッ!」


『ウオォオオオ――ッ! キュート! キュート! キュート! キュート!』


 ――アラヤ・キュート。大阪は道頓堀で産まれた女。三歳で母に捨てられ、八歳でタバコを覚え、十歳でセックスを覚え、十二歳でヤクを覚え、十四歳で逮捕され、十六歳で刑期を終えて、即日関西のフリースタイル・迷宮ラビリンス口八丁ステゴロで攻略したイキッた女(ニュー・ウェイブ)

 相対するは――


「――王者チャンピオン……ッ!」


 ――――――――し、ん――――――――


 会場が静まり返る。それは、嵐の前の静けさ。誰も彼も(エブリバディ)が知っている。今宵、さざ波に船を出す行為は。明らかな自死への道程であると。


「MCバトルに顕現した真の王……ッ! 誰も彼もが(エブリバディ)尊敬する(リスペクト)……ッ! いつもいつでも(オールウェイズ)喧嘩馬鹿ダイナマイト……ッ!」


 その名――嵐。空を統べ、陸を統べ、海の中にまで届く深いMC。黒々とした不気味なスモークの奥で、鋭い瞳が煌めいた。


「フルハシ〈嵐〉サーティーンの登場だァアアア――――ッ!!!」


 スモークの奥からゆらり、と出て来たのは、オーバーサイズTシャツをラフなかんじで着こなしているだらしのない若い男。ちりちりのロン毛はオールバックにされて、頭の上でクルクルっと団子状に結ばれていた。オーラをひとつも感じない。まるで、近所のスーパーマーケットへつっかけひとつで買い物に行くときのようなリラックス感。MCバトルの王の中の王が、凪いだ海面に静かに姿を現した。


 ――――――――し、ん――――――――


 まるで――盛り上がらない――否、違う。待っている。固唾を呑んで。曲者揃いの観客ども(オーディエンス)が。嵐の到来を待ち侘びている。


「はッ」


 団子キングはちらりと観客ども(オーディエンス)を見やる。それから、くいっと手を上げた。|さあ、お前たち。かかって来いよ《カモン・エブリバディ》。ライブハウスに暗雲が立ち込める――次の、瞬間。


「ぽっかり空いた西の空席にたまたま座ったヤツがいる? すっかり折れた牙を踏みつけてまたまたイキッたヤツが来る? うっかりのし上がっちまったばっかりに、てっきり勘違いしちゃったばっかりに、YO, 座りなよバーカウンターに、オトナのふりしたアバンチュールに……!」


 曇天を突如切り裂いて。驟雨が会場に降り注ぐ。それは嵐を呼ぶための雨。かつてない程の黒雲が、ライブハウスに襲来する。


『ウオォオオオ……ッ!』


 誰も彼もが(エブリバディ)アガり始める(スタンド・アップ)


「あかん、ダメって、嵐来るって、お前誰かに教えてもらった? 今の関西は咳払いでコナゴナ、俺の抜けた関西は情けなくて夜な夜な、こんなことになった自分を叱ってやってる、腑抜けた跡地でごめんなキュート、ドープでクールでダークなトーク、お前のバトルは横目で見てた、悪くはねえぜ? でも早え、本気のステゴロ、お前は所詮にゃんこレベル、雷が怖えか? 鳴いてろ、ゴロゴロ……!」


『ウオォオオオ――ッ! A・RA・SHI! A・RA・SHI! A・RA・SHI! A・RA・SHI!』


 フルハシ〈嵐〉サーティーン。MCバトル界に降り立った王道の中の王キング・オブ・キングス。関西MCバトルで〈帝王〉KUSABI相手に二度の苦杯を舐めながらも、三度目には完勝。感傷的にならずにそのまま一気に東西対決を制し、以降三年間無敗の絶対王者。


「うにゃにゃあ……にゃろう……!」


 キュートはぺろり、と下唇を舐める。今のはただの化かし合い。馬鹿は試合になにも考えずに挑むけれど、キュートは決して無理に挑むわけではない。しかし、既に感じる凄味。これまでの相手とは違う、本物だけが持つオーラが立ち昇る。

 ハマっていなかったパズルのピースが突如としてバチっとハマる。嵐が――来る!


「いいぜ……かかって来いよ、嵐。アタシが晴天にしてやんからよお……!」



 これは――アラヤ・キュートが日ノ本を統べるための物語。或いは、フルハシ〈嵐〉サーティーンが産まれ変わるための物語。

 彼らの出逢いは、遥か昔。産まれ落ちた地、西のドヤ。すべては大阪が道頓堀から始まった、|俺たちが目覚めるための物語ウェイクアップ・オール・ザ・ピープル――……

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