冬の章・21 それぞれの後悔
どうしてあんなこと、言っちゃったんだろう?
飛沢が好きなのか、よくわからなくなったのは事実。クリスマスイブの夜、漫画喫茶で延々と考えても答えがでなかった。
それなのに、飛沢の顔を見たら嬉しくて。
堪らなく嬉しくて、自然と顔が綻んでしまうくらい嬉しくて。
わたし。先生に逢いたくて堪らなかったんだ。
クリスマスだからとか関係なくて、こうして普段同じ空間にいるだけて嬉しくて、少し胸が苦しくて。
だから、先生がわたしのためにプレゼントを選んでくれたなんて。
離れていたのに、少しでもわたしのことを考えてくれていたなんて。
そう思ったら、胸がいっぱいになってしまって、言わずにはいられなくなってしまった。
でも……やっぱり言っちゃダメだったんだ。
あの時見せた飛沢の困惑した顔が、頭に焼き付いて離れない。
あれから一時間は経っているのに、激しい後悔が胸を蝕み続けていた。まだ手の震えも止まらないほどに。
「っ…………くっ」
思い出しただけで涙が溢れてくる。
智美から場所が決まったとのメールが来ていた。でも「せっかく先生と一緒にいられるなら、こっちは心配しなくて大丈夫だよ。がんばれ!」と書いてくれたけど、もう一緒になんていられる状態ですらない。きっとバイトも辞めるべきだろう。
困らせてしまった。嫌われてしまった。
好きだなんて、言わなきゃよかった……。
冷たい風が足元を吹き抜ける。
ふと空を仰ぐと、黒いシルエットになった街路樹の枝の隙間から瞬く星がぼやけて見えた。
腰を下ろしたベンチの隣りにある自動販売機が、時折低い音で唸りを上げる。
周りが暗くてよかった。この自動販売機とベンチが置いてある周辺は、外灯が離れているから闇に紛れて人目に付きにくい。
結局こんな泣き腫らした顔で、街中にも、智美たちのところへも行けない。
少し気持ちが落ち着いて、涙が引くまでと思っていたのに、学内にあるこのベンチに座ってから一時間近く経ってしまった。
どうしよう、こんな顔じゃ、皆のところに行けないよ……。
散々泣いたからハンカチはぐっしょり濡れて、マスカラはウォータプルーフだから問題ないが、アイラインが滲んでハンカチも黒くなっている。
きっと目の周りはパンダになっているに違いない。
そうだ……夏休みの時、ここに座って休んでいたら飛沢先生に会ったんだよな。
確か出張帰りだったはず。わたしが熱中症になったんじゃないかって、心配してくれたっけ。
記憶に残る飛沢の面影をなぞっただけで、また涙が込み上げてきた。
※ ※ ※ ※
間に合うだろうか。
コートを掴んだまま、文学部棟を飛び出したまではいいが、ひなたの姿はすでに見えなかった。
はあっ……と吐く息は白い。夜になって冷えてきたようだ。誉は手にしていたコートを羽織ると、ぐるりと辺りを見渡した。
周辺の校舎の明かりは落とされているところが多く、唯一の明かりは各所に灯された外灯くらいのものだ。正門はすでに閉ざされている時間だ。誉は通用門へと走った。
確かこの後、小原たちと落ち合うと言っていた。だからきっと駅に向かったに違いない。走る誉の姿を、警備員が怪訝な視線を送るが今は気にしていられない。大通りを渡って駅に辿り着く。
どこだ……?
駅の中は普段よりも空いているようだ。だから見渡せばすぐに見つけられるはずだ。しかし。
……いない。
ひなたの姿は見当たらなかった。念のためホームへ行っていたが、やはり彼女はいない。
もしかしたらこの近くの居酒屋か。すぐに駅前商店街へと足を運ぶ。こちらは普段よりも多少賑わっているが、都心部ほどではない。気を付けながら歩いたが、とうとう店が途切れる端まで歩いても見つけることができなかった。
やはり、遅かったか。
すべて自分が招いたことだ。仕方のないことだとわかっているが、落胆は隠せない。
今日のところは帰るしかない。ひなたの携帯電話の番号もアドレスも知ってはいるが、履歴書に必要だから書かれたものだ。私用に使うのはよくないだろう。
今更になって気付いたが、バッグを研究室に忘れて置いてきてしまった。財布や鍵は服のポケットに入れてあるから問題ないが、仕事一式はバッグの中だ。
今日は厄日か。いや、自分の行動次第でそうはならない可能性だってあったのだ。
……まだ篠原はいるだろうか。
重たい足を引きずるように大学へ引き返す。
再び通用門をくぐり、文学部棟の前まで戻ってきた。下から自分の研究室の窓を見上げる。すでに篠原は帰宅したようだ。暗くなった窓から視線を外すと、額に滲んだ汗を拭う。
警備員室で鍵を借りれば中へは入れる。しかし、散々走り回ったせいもあり、それすらも面倒だった。
喉の渇きを覚え、ポケットに小銭があることを確認する。煌々とした光を放つ自動販売機を見つけると、ふらふらと歩き出した。
明日、思い切って携帯電話に連絡をしてみるか。電話……いや、メールなら大丈夫だろうか。
しかし、何をどう話せばいいのだろう?
頭を悩ませながら自動販売機と向き合うと、小銭を投入する。少し迷ってミネラルウォーターのボタンを押すと、やけに大きな音を立ててペットボトルが落ちてきた。
ふと、小さく息を呑む気配を感じた。
何気なく暗いベンチに目をやると、そこに座る人物を目にした途端、手にしたペットボトルを取り落としてしまう。
「……山田さん」




