冬の章・19 最低な男
わたし、先生のことが……大好き好きなんです。
突然のひなたの告白だった。
何がどうしてこのような展開になったのか。今、告白されるような雰囲気だったろうか。誉の思考は回っているが見事に空回りで、はっきり言って思考力ゼロの状況に陥っていた。
これは幻聴か?
もしくは幻覚か?
そもそも、何故彼女は自分を好きとなど言っているのだ。
まさか罰ゲームで無理矢理言わされているのだろうか。
忘年会の余興のひとつなのか?
目の前に立ち尽くすひなたを、まじまじと見つめる。ひなたも赤面しながらも、誉の視線を真正面から受けとめていた。しかし、誉の反応が快いものではないことを察すると、怯えるように目を伏せてしまう。
「すみません……あの。そんなつもりじゃなかったんです……でも」
そんなつもりじゃなかった?
やはり冗談だったのか?
「すみません……」
落胆もあるが安堵も大きいが、まあいい。
「……正直、驚いたよ」
学生の冗談なんて真に受けるものか。
これくらい笑って対応できる。
「だが、冗談もほどほどに。相手次第では本気に取られてしまうぞ」
「……!」
衝撃を受けたかのように、彼女は大きく目を見開いた。
その瞬間、嫌な予感が駆け抜ける。
……もしかして、自分は飛んでもないミスを犯しているのではなかろうか。
「……すみません、そんなこと言われても困りますよね」
彼女は震えていた。その震えを止めるように、スノードームを握る手をぎゅっと握り込む。
笑う。しかしいつもの、ふんわりとした笑みではなく、嘲るような笑み。
「…………今の、忘れてください」
彼女を引き留めるべきだと思う。だが、それが出来ない自分は一体何なのだ。
ごめん。誤解していた。本当は自分も……なんて言えるわけがない。
「それでは良いお年を! お疲れ様です!」
普段の彼女からは想像もつかないスピードで帰り支度を負えると、逃げるように、まさに逃げたわけなのだが、研究室から出ていってしまった。
俺は……馬鹿か。
どうして冗談だなんて思ってしまったのだろう。いつも彼女は素直で真っ直ぐだったと言うのに。
いや違う。冗談だということにしてしまえば、自分が傷つかなくても済むからだ。だから彼女の気持ちを冗談という形にはめ込んで、守ろうとしてしまった。
自分の気持ちを、そして立場を。
「飛沢先生~手伝いに来ましたよ」
ほぼ行き違いで、篠原が研究室にやって来た。すでにコートを羽織り、帰り支度は万全のようだ。
「……篠原」
「あれ、結構片付いているね。そういえば、さっき山田さんとすれ違ったけど」
絶対にこいつには悟られはならない。
本能がそう訴える。しかし。
「ごめんね、全部聞いてた」
「お前は……」
あれを一部始終聴かれていたというのか。
がっくりと項垂れる誉に、篠原は止めの一言を告げる。
「あれは最低だったね、飛沢先生」




