冬の章・17 小さな勇気が必要だ1
……そうだ、今なら渡せる。
彼女に渡そうと思っていたプレゼントの存在を思い出した途端、心臓がばっくばっくと早鐘を打ち出した。どうやら年甲斐もなく緊張しているらしい。
このような経験は皆無ではない。なのに結局いくつになっても、このような場面では緊張してしまうのかと、己のことにも関わらず感心してしまう。
「先生は年越しは、どうされるんですか?」
「年越し?」
「はい」
きっと彼女には他意はない。純粋に世間話に違いない。浅はかな妄想を振り払い、振られた世間話に答える。
「実家に一応帰るつもりだが、近所なうえ、あちらは一応新婚だ。顔を出してすぐに退散だな」
しかも現在、実家はリフォーム中だ。リフォームが終わる三月月末まで、仮住まいとして近所の借家を借りている。身の置き場が無いことは確実なので、出来れば玄関先で挨拶をしませてしまおうかと考えている。
「山田さんは?」
「うちは電車で一時間以内で行けるところに父方の祖父母が住んでいるので、元日にご挨拶に行くくらいです。うち、親戚が多いからお泊りとかは無理で。だからいつも日帰りなんですよ」
「そうか。でも楽しそうだ」
「はい」
にこりと微笑む。しかもとても嬉しそうに。
そんな顔をされたら、こうして自分といることが楽しいと思っているのだと勘違いしてしまいそうだ。ふと、容易に手放しの笑顔など振りまいてはいけないと注意を促したくなる。
しかし、それを言ってしまうと自分も、もう二度と見れなくなってしまうわけだ……難しい。
それにしても……本当に渡すのか?
いや、お土産くらい渡したって構わないはずだ。
しかし、彼女だけ特別にというのはいかがなものだろうか。
お守りのお礼とか言っておけばいいだろうが。
しかし、欲しくもないものを渡されても迷惑なのでは……。
自問自答を繰り返しながら、とうとう研究室に到着してしまう。
ドアを開いた途端、むわっと甘い匂いや脂ぎった唐揚げの匂いやらが押し寄せる。
「改めて見ると……すごい光景ですね」
「ああ……」
彼女は無言で食べ物が散乱したデスクに近づくと、片付けを開始する。
「まだ智美ちゃんからの連絡も来ていないので、ざっと片付けますね」
「あ、ああ…………」
よし今だ。もう今しかない。
友人からの連絡が来る前に、篠原が来る前に。
いいじゃないか、プレゼントくらい。
こんな子供だましみたいなものを喜んでくれるかなんてわからない。
今思えば手元に残らないお菓子かなにかにするべきだった……。
まあいいじゃないか。プレゼントは一種の自己満足みたいなものだ。
いや、これはプレゼントではなくてお土産だ。温泉まんじゅうみたいなものだ。
ハンガーに掛けてあるコートから、そっと小さな包みを取り出した。包装に少々皺が入ってしまっているが仕方がない。
手の中に握り込むと(しまった、さらに皺がよる)、そっと深呼吸をする。
「……山田さん」
「はい。何でしょう?」
すでに半分くらい片付いているデスクを背に、眩しいくらいの笑顔を向けた。
あまりに短いので、近々更新します。




