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冬の章・10 信じてみたいと

 誉くんのこと好きだったんだよ。


 そう感じたこともあったし、彼女の意地悪も好きな子をつい苛めてしまうようなものだとも気付いていた。

 散々言われたけれど、自分と付き合うなどとんでもないとも言われたけれど、何となく彼女の強がりてはないかと、心の片隅ではわかっていたのかもしれない。


 だが、やっぱり彼女の気持ちには応えられない。


「好きな相手に告白する前に振られてみなよ。あんたなんか、好きなわけないって言いたくもなっちゃうでしょ。全面的に誉くんが悪い」

「しかしこういうことは、はっきりさせないと」

「はっきりさせれば何でもいいわけじゃないってことくらいわかるよね?」

「……ああ」


 もちろんわかっている。しかし、あそこまではっきりさせないと、ずるずると気付いたら眞子と付き合ってしまいそうだ。だがきっと上手くはいかないだろう。

 線を引かねばと思ったのは、やはり山田ひなたの存在だろうか。


 彼女は学生であり、自分は教員で。社会的立場上の問題もあるが、そもそも彼女に異性として意識されていないという問題がある。

 気持ちを伝えるなど論外だ。しかし、このままでは誰とも付き合えず、いずれ彼女(ひなた)が誰かと付き合う姿を指を咥えて眺める羽目になるのだろう。きっと。


「つまりはさ、ちゃんとカタをつけないからいけないんだよ」

「どういう意味だ」

「この際山田さんと付き合っちゃえばいいんじゃないの?」


 突拍子もない発言に絶句する。篠原は構わず続ける。


「誉くんのことだから、どうせ付き合ったら結婚とか考えているんでしょ? だったらいいんじゃないの?」

「……いいわけがないだろう」


 馬鹿なことを言うな、と手にした缶ビールをぐびりと煽り新たな缶に手を伸ばす。篠原は酒の肴として買ってきたポテトチップスの封を破る。

 そして数枚頬張りながら「だってさ」と話を続ける。


「中途半端に学内で致しちゃったり、避妊失敗したりするから問題になるんだよ。真面目な飛沢先生なら、業務中に、ましてや神聖な学舎でいかがわしいこともしないだろうし、不用意に妊娠させて未来ある若者の選択肢を狭めたりしないでしょ?」


 釘を刺されているとしか思えない発言である。


「ま、結局のところ最終的に結婚しちゃえば大丈夫なんだよ」

「極論だな」

「そう? 途中でバレても『結婚』の二文字で問題は解決ってわけ。俺の恩師だって学生と結婚したしね」


 その後、篠原が告げた名前を聞いて驚いた。大人びた、控えめな印象の学生だ。同じ学部で授業もいくつか被っていた上、よく図書館で遭遇したから覚えている。

 まさか篠原の恩師にあたる教授……当時は助教だった、と付き合っていたとは予想外だった。


「そんなわけで頑張って。眞子さん振ったからには、やることはやっておかないとね」


 報告義務があるからさ、と篠原は悪びれもなく笑う。


「……簡単に言ってくれるが、自滅するとわかることを、わざわざするわけがないだろう」

「あのね、眞子さんに頼まれたから言ってるわけじゃないんだよ。誉くんのためにも言ってるんだよ、わかる?」

「俺のため?」

「そう。いつまでも、グダグタ引きずってるくらいな、ちゃんと決着つけておかないと、一生独身だよ」

「……これは一過性の熱のようなもので、一定期間を過ぎれば問題はない」

「…………素直じゃないなあ」


 やれやれ、と肩を竦めて溜め息を吐く。


「大丈夫だよ、あの子は良い子だから、人の真面目な気持ちには、ちゃんと向き合ってくれると思うよ。例え答えがノーだとしても、吹聴なんかしないよ」


 多分だけどね、と笑ってみせる。この男の発言は時々信じていかがなものかと思うことが多いが、今の言葉だけは信じてもいいかと、信じてみたいと思うのだった。



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