冬の章・9 告白しないといけないらしい
ありえない。彼女の言葉は辛辣ではあるものの、真実でもあるところが耳が痛い。
だが研究者は少々変わり者が多く、故に独身者も少なくはない。だが、彼女はそういった一般論を言ったわけではないのだろう。
的外れな発言で彼女のプライドを傷つけてしまったのか、思いやりのない言葉で彼女の心を傷つけてしまったのか、どちらなのかわからない。けれど、結果的に彼女を傷つけてしまったことにはわかりないのだろう。
「どうしてわたしが飛沢くんと付き合いたいなんてなるかあ? 付き合うなら、ちゃんと相手選ぶよ?」
まるで付き合う価値ゼロとのいいように心が痛い。同時にそこまで言われなくてはいけないのかとも思うが、今は黙っているほうが懸命だ。
「ちょっと、ここまで言われていない反論とかないわけ?」
反論してもいいのだろうか。いや、いいわけがない。
「いえ……特には」
「でしょ? 付き合って欲しいなんて言ってもいない相手に振られるって、どんな罰ゲームよ? は~あ、お詫びのひとつでもしてもらわないとね」
「できることなら何なりと」
「あ、今日の食事代を奢るのは当然だから無しね」
と先手を打たれる。
「……あ、いいこと思い付いた」
いつの間にか追加したボトルワインを手酌で注ぎなから、怖いくらいの笑顔を浮かべる。もう嫌な予感しかない。
「例の女子大生に……そうね、年内に告白することでいいわ」
嫌な予感が的中した。
「彼女は、別にそういうことでは」
「却下。篠原くんから裏取ってあるんだから。残~念でした」
篠原め……。
「死ぬ訳じゃないし、それくらいできるでしょ?」
いや、死ぬ。社会的な意味で。
※ ※ ※
篠原と連絡が取れたのは、ちょうど日付が変わる頃だった。
メールが届いた直後、すぐざま電話をする。3コール目で篠原が電話に出るや否や、自分でも驚くくらい低い声が口をついた。
「今日のはどういうことだ」
「え? 何のこと?」
「だから。今日はどうして来なかった?」
「だから……あれ? 気を使ったつもりだったんだけど、駄目だった?」
やっぱり。
意図的に眞子と二人になるお膳立てをされていたわけか。
「最近ちょっといい感じだったじゃない? なのにいつも三人とか四人じゃ、二人の仲が進展しないかなーって気を使ってみたんだよ? あそこの店行きたかったけど我慢して」
感謝されてもいいんじゃない? とのたまう奴の言葉は無視をして。
「余計なお世話だ」
「あっちゃー、余計なお世話だったんだ。で、眞子さん振っちゃったの?」
「いや。いや、ああ……」
「煮え切らないなあ、どっちなわけ?」
「確かにこちらから断ったが、どうやら勘違いだったようで」
「勘違いって?」
「いつ付き合って欲しいなんて言った? と言われた」
「んん? 話の流れがよくわからないんだけど」
篠原の言う通りだ。自分でもよくわからなくなってきた。
そうだ。確かにそんな雰囲気になったものの、改めて付き合いたいなんて言われていない。いや、そもそも告白なんてしなくても、付き合いたいといわんばかりの空気だったじゃないか。いや、それすらも経験乏しい思い込みだった可能性もある。
「わかった。今から行くからさ、飲み交わしながら話は聞きましょう」
「電車は」
「大丈夫~今ちょうどそっち方面の最終来たから」
「……わかった」
明日は休みだからいいだろう。それに飲み直したい気分だった。
「何か希望ある?」
「ビールを頼む」
「了解」
約一時間後、手土産を携えて篠原はやってきた。
「はい、ビール」
「どうも」
冬季限定のビールだ。しかもちゃんと誉が好きな銘柄だ。冬とはいえ、ビールは旨い。しかも風呂上がりなら尚更だ。
「さっき、まだお風呂まだだったんだ」
「ああ、お前もシャワーくらい浴びるか?」
「大丈夫~ちゃんと入ってきたから」
「……なるほど」
こちらが眞子を眼前に針の筵に座って味のしないビールを飲んでいた間、自分は彼女とお楽しみだったわけか。
そうかそうか。
「……御馳走様」
「え~今から乾杯でしょ」
プルタブを開け、缶のまま鈍い音を立てて乾杯をする。
「さーて、話を聞きましょうか」
ちゃぶ台を挟んで向き合うと、篠原はにやりと笑う。三十過ぎた野郎がビール片手に恋バナとは。何というか……切ない図式だ。
「まず、君たちどこまで行ったわけ?」
「神楽坂と渋谷」
「あのねぇ」
「わかっている、冗談だ」
不意打ちに食らったアレくらいだと話すと「ホントにぃ?」と疑いの目を向けてくる。仕方がないので、ざっくりと当時の状況を話す羽目になる。
終電を無くした彼女が口にしていた「友人の家」が、誉の自宅てあったこと。ビジネスホテルを勧めた後に不意打ちを食らったこと。直後、父危篤の知らせがあったこと。
「ふーん、お父さん大丈夫だったの?」
「まあな、お陰様で」
「もし、その電話が来なければ、眞子さんとなし崩し的に付き合っていたかもしれないね」
そうなのだろうか……いやそうかもしれない。父の新妻、有紀からの電話が救いとなったようだ。
「せっかくのチャンスを棒に振ったって感じじゃないね。誉くんにとってはよかったのかな?」
「……まあな」
「もしかして、眞子さん苦手?」
即答するのも申し訳ない気もするが、今更取り繕っても仕方がない。
「まあ……少し」
「彼女確かにきっついところもあるけど、可愛いところもあるんだよ」
「だったらお前が付き合えばいい」
「それはパス。彼女いるしね」
確かに。しかし理由はそれだけではなさそうだ。
「気付いてた? 眞子さん、誉くんのことずっと好きだったんだよ」
「嘘をつけ」
つい先程全否定されたばかりだ。そんな訳がない。
「嘘じゃないよ。俺が開いた合コン、誉くんが参加する時必ず彼女いたでしょう? あれは誉くんに会いたかったからなんだよ」




