冬の章・8 単刀直入すぎました
白けた空気が二人の間に流れる。美味いはずのビールが美味く感じない。恐らく眞子もそうだろう。グラスのシャンパンがちっとも減っていない。
恐らく彼女は、もっといい……甘いともいえる雰囲気を期待していたのではなかろうか。大いなる勘違いかもしれないが、もしそうなら、余計な期待を持たせては相手に申し訳ない。過去にも「まさか自分に」と思っていたら、相手は期待して待っていたらしい……という経験が何度かあったようだ。後から周囲から聞いて驚いたものだ。
そう。こちらの勘違いなら、笑って済ませればいいのだから。
「加藤さん」
「なあに?」
「実は……」
自惚れないでよ、と鼻で笑われるのを覚悟で切り出した。
「あなたとはお付き合いはできない」
「え?」
我ながら唐突すぎた。案の定、眞子はポカンとした顔になる。
「ええと……わたし、飛沢くんとお付き合いしたいって言ったっけ?」
付き合いたいとは言っていない。確かに言ってはいないが、うちに泊まりたいとか、色々仕掛けてきた事実はどうした。
「あ、もしかして、キスしちゃったから気にしてた?」
「!」
恐らく狼狽えた表情になっているだろう。普段は鉄壁のポーカーフェイスを保っているが、少々入ったアルコールのせいで完璧が保てない。それに気づいた眞子は、興味津々に固まる誉の顔を覗き込む。
「あれ? 照れてるの?」
「いや、そういうわけでは」
「わーおもしろい。そんな表情始めて見た」
一体どんな顔をしているというのだ!
焦って顔を背けるが、どうやら眞子のツボに入ったらしい。シャンパングラスを手にしながら、クスクスと小刻みに肩を震わせる。
「やだウケる~」
ウケる? 別に受け狙いで言っているわけではない。こちらはあくまで真面目に言っているというのに、ウケるとはなんだ、ウケるとは。
「あらごめんね。でもウケるんだもの」
「だから、何がですか」
「たかがキスくらいで付き合わなきゃって悩んでいたんでしょ」
「誰とでも簡単にするものではないと思いますが」
「そう? ノリでしたりしなかった?」
「しませんよ」
「ふーん、なんだか中高生みたい。飛沢くんって、付き合った人としかしないの?」
「そういうものでは、ないのですか?」
「この歳にもなれば、なくないかなあ」
すみません。この歳になってもありません。
恋愛経験はけして多いわけではないが、無いわけでもない。これまで曖昧な関係という相手はいなかったわけじゃないが、特に何事もなくフェイドアウトしていった気がする。
「ふうん。飛沢くんって、ホントに『クソ』が付くほど真面目だったんだ」
ニヤニヤしながら、眞子は頬杖をつく。
もしかすると、こちらが気にしないように軽いものだと言ってくれているのかもしれない。しかし、ニヤニヤとしている彼女からはその真意は図れない。
「もしかして、実は彼女いない歴が年齢とイコール?」
「一応いましたが、面白みはないと言われて振られました」
「へえ」
残ったシャンパンをぐいっと飲み干すと、眞子は溜息をつく。
「ホント。元カノに同意するわ。飛沢くんって、真面目すぎて面白くないもの」
やはり他人からすると、自分は相当面白みのない人間であるらしい。反論などできるはずもない。黙ってビールを口にする。
「わたしも大学の先生だから興味があったのよね。ま、上場企業の社員の方がよっぽど貰っているかもしれないけどね」
アルコールで滑らかになった舌は止まる気配もない。
「今准教授だから、そのうち教授になれるんでしょ? だったら社員より、大学の教授っていう方が箔が付くかなって。でもそんな魅力的な肩書がありながら、いまだに独身なんて」
空にしたシャンパングラスをテーブルに置くと、突き放すように言い放つ。
「ありえないわ」
亀の歩みですが、続きます。




