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冬の章・6 心に蓋を

「つまり」

 なぜか得意気に智美は解説を始める。

「わたしたち二人は、架空の明美んちにお泊りするってわけ。実際サークルの友達の高校の頃の友達に、そういう子がいるんだって」

 なかなか信憑性があるでしょ? と同意を求められても困ってしまう。

「設定はともかく、どうしてわたしまでお泊まりなの?」

「だって、ひなたが一緒って言った方が、うちのママも信じるだろうし」

「だったら、うちに泊まるってことにしたら?」

「だって、ひなた嘘つくの苦手でしょ。もしひなたのお母さんに話がいったらバレちゃうじゃない」

「そんなぁ……」

「ごめん、ひなた。何でも好きなもの奢るから許して。お願い!」


 智美の恋愛が上手くいくよう応援をしたい気持ちはある。しかし、事前に相談くらい欲しかったというのも本音だ。消極的な自分をいつも引っ張ってくれて、智美には感謝している。

 滅多にない恩返しの機会ではあるが……問題は自分もクリスマスイブの夜は、外泊しなければならないということだ。

 明美は架空の人物だし、大学ではお泊りができるほど親しい友人は智美くらいしかしない。残るはネットカフェかカラオケくらいしか、お金のない学生にはそれ以外の選択肢はない。


「もうお母さんに、その話はしちゃったわけなんでしょ?」

「うん、ごめんねー」

 あまり悪びれた様子がないが、目を瞑ろう。

「……じゃあ、都路里のほうじ茶パフェで手を打とう」

「やーん、ひなた! ありがとうございます!」

「約束だからね」


 順也主催のクリスマス飲み会に参加した後、駅前のネットカフェに移動する。女性専用席もある上、シャワーまであるという話だ。だったら一晩くらい泊まっても平気であろう。ドリンクはサービスだし、フード類も種類が多い上、値段も手頃のようだ。

 実は読んでみたい漫画も結構ある。普段はやらないけれど、スイーツだってクリスマスイブの夜なんだから食べたって適わない。

 あ、なんか楽しくなってきた。

 素敵なクリスマスイブの夜とはかなり遠ざかってしまうが、これはこれで楽しそうだ。

 自分なりの楽しいクリスマスの計画を立てていると、智美が小さく手招きをする。何の疑問も持たず顔を寄せると、智美は嬉々として囁いた。


「先生んち、泊めてもらったら?」

 一瞬意味がすぐに理解できず……いや理解を拒んだのかもしれない。きょとん、と目の前の智美を見つめる。

「え?」

「だから、飛沢先生んちに泊めて貰ったらいいんじゃない?」

「えっ……と」


 実は一瞬頭をよぎったのも事実だ。しかしクリスマスイブの夜は、飛沢は海外出張で自宅には愚か国内にいない。もし出張がなかったとしても、そんなお願いできるわけがない。

 自分はたくさんいる学生の一人に過ぎないのだから。研究室でバイトをしているから、多少親しくしてもらっているだけの、ただの学生。


「……絶対に無いから」

「そうかなあ? 先生だって、友達の為に一肌脱いだはいいけど困った事態になった子を、無下にはしないんじゃないのかなあ」

「だからって、無いよ」


 飛沢が国内にいようがいまいが、どうせ一緒に過ごせるわけがない。だったらいっその事、遠くにいてくれた方が諦めも着く。しかも仕事で行くのだから、これまた本当に仕方がないのだと思える。


 でも、もし。飛沢に、学会の後一緒に過ごす相手がいたら? 外国だからといっても、誰かを連れて行けなくはない。


 ふと、ワインバーで一緒にいた小柄な女性を思い出す。

 細かいところまで覚えていないが、大きなワイングラスを両手で支える小さな手は、透けるような白い肌で、まるで花びらのような桜色の爪だった。きちんとネイルサロンで施したのだろう。小さなラインストーンが、指の動きに合わせてキラキラと光って綺麗だった。


 ちゃんと大人の女の人だったな。

 飛沢とワインを酌み交わす姿が様になっていた。ああいう人が、きっと飛沢にはお似合いなのだろう。

 

 黒いもやのような感情と、それを上回るやるせなさが、堪らなく心を重たくする。重たいのか苦しいのか。本当に息をするのすら苦しくて。

 

 もう、考えるのやめよう。

 心にぱたん、と蓋をした。

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