秋の章・16 悪魔のほほ笑み?
合コンとは名ばかりの飲み会は、和やかにお開きとなった。
電話番号やアドレスの交換をしたが、社交辞令のようなものに過ぎない。恐らく個々で連絡を取り合うというやり取りは無いであろう。
駅の近くまで来ると、それぞれ路線が違うので自然と解散となった。
「あー飲んだ飲んだ」
ほろ酔い加減の篠原は、大きく伸びをしながら欠伸をひとつする。
「ちょっと前なら、この後も飲み直しにも行っていたけれど、さすがに最近はしんどいね」
歳取ったなあ。篠原のぼやきを聞いて苦笑する。
「確かに。さすがに朝まで飲む元気はもう無いな」
歩き出した背後から、第三の声が入り込んで来た。
「二人とも年寄り臭いわね」
ぎょっとして二人同時に振り返る。そこにはさっき別れたはずの加藤眞子の姿があった。
「眞子さん、どうしたの? 確か路線違うよね」
「うん。今日は友達のところに泊まるの。あなたたちもこっちの路線だったんだ」
ほんのり頬を上気させ、眞子はゆるくほほ笑む。あれだけ飲んだにも関わらず、酔った様子は少しもない。
友達のところへ泊る? しかも同じ路線?
さっき解散した時は、そんなこと一言も言っていなかったというのに。
実のところ、眞子と離れて安堵していたところだった。数回しか会っていないというのに彼女に苦手意識を抱いてしまうのは自分でも疑問であるのだが。
「ああ、うん。で、眞子さんはどこの駅まで?」
「飛沢くんと同じ駅」
げ、と心の中で叫んでしまうが、顔に出ないのは幸いだった。
「え! そうなんだ。奇遇だね」
「うん、奇遇でしょ」
奇遇か……。
しかも自分と同じ最寄り駅とは。二人のやり取りに、違和感と嫌な予感を覚える。
「じゃあ行こっか」
颯爽と歩き出す眞子の背中を、茫然と見つめる。戸惑う二人がまだ動かないのに気が付くと、眞子は面倒臭そうに振り返る。
「ほら、さっさと行くよ」
思わず二人で顔を見合わせる。どちらにしろ、眞子の進む方向しか行くしかない。仕方がない。無言のやり取りを交わすと、彼女に続くよう歩き出した。
電車は案外空いていて、三人座る席を確保はできないものの、まばらに席は空いていた。すかさず眞子は空いていた端の席にちゃっかりと座る。男二人は眞子の前にぶら下がる手すりに摑まった。
「ねえ篠原くん」
眞子の挑むような声。自分が呼ばれたわけではないが、つられて誉も視線を落とす。
「いい加減、理央とくっつきなよ。待ってるよ、あの子」
「はあ?!」
電車の中だというのに、篠原は素っ頓狂な声を上げる。声には明らかに狼狽が含まれていて、いつも飄々としている篠原からは意外だった。
自分でも思い掛けない声を上げてしまったと自覚はあるらしい。ばつが悪そうに眉をしかめる。
「あのさあ、眞子さん。適当なこと言うのやめてくれないかな」
「え? わたし、適当なこと言ったつもりはないけど?」
悪びれた様子もなく、きょとん、と篠原を見上げる。
「今まで意味のない合コン開いていたのも、理央と接触する機会を作るためだったんでしょ? 今までの合コンを見ても、到底恋愛に発展しそうにない面子ばっかりだったし、必ずわたしを誘うのだって、理央が参加しやすいようにだろうし」
「ちょ、ちょっと待ってよ眞子さん!」
なんだ、そうだったのか。
まったく気づきもしなかった。誉自身、篠原主催の合コンに毎回出席しているわけではないから知らないが、時折顔を出す度に眞子と遭遇する理由がようやく解明した。
「理央、社内の人に言い寄られているらしいよ。断ったらしいけど、相手はなかなか諦めてくれないみたい」
「へ、へえ……モテるんだ」
篠原が明らかに狼狽している。引き攣った表情を隠そうと、無理やり笑おうとしているのがバレバレだ。これは面白いものを見たと、誉はほくそ笑む。
「理央だって悪い気はしないと思うの。何もアクション起こさない人のことなんて、いい加減待っていてくれないよ」
「いや、その、あー……」
驚くほど、しどろもどろになっている。言葉を失い、困ったように頭を掻く。
「今すぐ電話しなさい。まだ間に合うから」
「え」
「ほら、引き返すなら今でしょ?」
自分の背後の窓を指でさす。つられて窓の外に目を向ける。目的地からまだ遠い停車駅へ、ゆっくりと滑り込んでいく景色と、隣りの篠原を交互に見る。
表情に焦りが見える。どうやら本気で迷っているようだ。しかし、ここで篠原に居なくなられてしまうのは非常に不味い気がする。何がどう不味いかわからないが、第六感がそう告げているとでも言っておこう。
「おい、篠原」
自分の都合で申し訳ないが、篠原を引き留めようと声を掛けたがもう遅かった。
「ごめんね、誉くん。眞子さんをよろしく」
「お、おい」
ドアが空いた瞬間、篠原は猛ダッシュで向かいのホームに停車していた電車の中へと消えた。あまりもの素早さに、誉は茫然とホームから走り去る電車を眺めるしかなかった。
「あーホントに行っちゃった」
まさか本当に行くとは思っていなかったということか。篠原を煽っておきながら、なんて無責任な。
「篠原くんって、結構情熱的だったんだね」
にこり、とほほ笑んだ眞子が悪魔に見えた。




