秋の章・14 いざ突撃!
会計を済ますと非常階段から上のフロアへ移動した。予想していた通り満席のようで、空を待っている人たちで店の前は溢れかえっていた。
「満員みたいだし……やめておこうよ」
空席がないことに安堵しつつ、順也と智美の背を突く。しかし、二人は諦めていないらしい。
「どうする? 待つ?」
智美が最後尾を指さすが、順也は不敵な笑みで首を振る。
「冗談。このまま強行突破でしょ」
「どうやって?」
「まあ、賭けになっちゃうんだけど、もし先生が合コンでここにいるとしよう」
「うん」
「ということは、九割の確率で篠原さんがいるはずだ」
「それで?」
「多分、篠原さんが幹事だと思う。ダメ元で行ってみるか」
人の間を縫うようにして、順也が店の中へと身を投じる。ひなたと智美、二人は顔を見合わせると、慌てて順也の後を追う。
店内は薄暗かった。ガラス越しにワイン瓶がずらりと並んでいる。保管とディスプレイを兼ねているのだろう。いかにも高そうなものばかりだ。店員は男女とも白いシャツと黒いパンツ姿とカッコいい。テーブルごとにキャンドルの柔らかな光が点っている。いつも行く店とは違う大人びた雰囲気に尻込みしてしまう。
しかし順也は慣れたように、ずんずんと店の中へ入るとレジにいる女性店員に声を掛ける。
店員と何やら話をしているようだが、ひなたたちがいるところまでは聞こえなかった。
店内に漂う穏やかな喧噪と静かに流れるジャズナンバー。すでに雰囲気に飲み込まれているひなたとは違い、順也はずいぶんと場慣れしているようだ。
先生、本当にここにいるのかな……。
本の山に埋もれるようにして、百円ショップで購入したというマグカップでインスタントコーヒーを飲んでいる飛沢の姿からは、こんなお洒落な雰囲気の店でワイングラスを傾けているとは想像し難かった。
「あ、いたいた」
智美の言葉に、どきりとする。
「どこ?」
「ほら、あそこ」
智美が指さす方向に目をやると、店の奥にあるテーブル席の飛沢がいるのを見つけた。隣りには篠原もいる。後は知らない面子ばかりだが、男女三人ずつというのが、いかにも合コンらしい。飛沢は相変わらずの仏頂面だが、正面の女性と親し気に話している。
不意に女性が空になったワイングラスを飛沢の鼻先に突きつける。仕方がないと言わんばかりにボトルを手に取った飛沢は、慣れたように女性と自分のグラスにワインをなみなみと注ぐ。
別に普段の飛沢と変わった様子はない。お茶のペットボトルがワインボトルに変わったくらいだ。こんな仕草いくらでも見慣れている。
でも、こんな気後れしてしまうほど大人びた雰囲気の店で、何の気負いもなく過ごしている飛沢は、やっぱり大人なんだと改めて実感した。
見なければよかった。上手く言えないけれど、すごく嫌な気持ちが湧き上がってくる。一緒にいる女性たちは当たり前ではあるが、皆「大人の女性」だ。飛沢と並んでもごく自然だ。もし自分があのテーブルの一席にいたとしたら、間違いなく浮いた存在でしかないだろう。
「これは間違いなく合コンだね」
順也は揶揄するように呟く。
「邪魔しちゃ悪いんじゃないの?」
ねえ、と智美はひなたに同意を求める。ひなたはどう答えたらいいのかわからず黙り込んでしまう。
「やだなあ智美ちゃん、何言ってるの」
順也は悪戯っぽく片目を瞑る。
「邪魔しにきたに決まっているでしょうが」
驚く間も、引き留める間もなかった。順也は颯爽と飛沢たちのいるテーブルに向かっていた。
「飛沢先生こんばんはー」
何の悪びれもなく、順也は陽気な声を掛ける。
「え、うわびっくり、小原くん!」
飛沢ではなく、隣りの篠原の方が先に気が付いた。突然のイケメン登場に、同じテーブルの女性陣に騒めきが走る。正面の女性に小突かれ、篠原は「うちの職場の学生さん」と説明をしている。
「飲みに来たの?」
「はい。最初上に居たんですけど、たまには雰囲気違うところも行ってみたいって思いまして」
「うわーうちの学生さんたちは金持ちだなあ。ねえ、誉くん」
隣りで無表情のまま固まっている飛沢に同意を求める。
「ああ……」
わかりにくいが、飛沢なりに順也の登場には驚いていたらしい。眼鏡のフレームを押し上げると、ふと視線を逸らした。しかしその先には、順也の様子を伺っていた智美とひなた佇んでいた。
一瞬目が合った。多分気のせいじゃない。
「っ……!」
その証拠に、飛沢の目が驚いたように見開いた。




