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秋の章・12 酒の肴にされそうです。

 できればあまり都心部には出たくない。なぜなら理由はいくつかある。

 まずひとつめは、人の多さだ。友人たちと歩いていると、なぜかいつも一人だけ人の波に乗れない。結果友人たちとはぐれてしまい、いつも迷惑を掛けるから。


 そしてふたつめ、地上への出口がやたらと多いこと。どの出口から出ればいいのか、ちゃんとリサーチしたにも関わらず、「あ、ここからでも行けそう」と、つい出来心が芽生えてしまうのがいけないのだけれど。

 結局予定外の出口からは行けなくて、迷うだけ迷って時間を無駄に使ってしまうだけだというのに、今日もまたやってしまった。


「ひなたちゃーん」

 自己嫌悪に陥りながら、携帯電話の液晶画面を見つめていたら、どこからともなく声がした。

 慌てて周囲を見渡すと、人ごみをかき分けるようにして、順也が駆け寄ってくるのが視界に飛び込んできた。


「順也くん」

 見知った顔を見た途端に安堵を覚える。

「よかった、合流できて」

 息を切らせて駆け寄ってきた順也は、まるで人懐っこい子犬のようだ。背も高く、はっとするほど顔立ちが整っているせいもあって、周囲の視線を集めている。そして次に自分に向けられる視線。あからさまに「この子が?」と言わんばかりの視線が痛い。


 飛沢の研究室でのアルバイトをしているせいもあって、親しくもなったし見慣れたとはいえ、やっぱり順也の容姿は目を引くものがある。こういう時思う。

 順也くんの彼女になる人は大変だなあ……と。

 もちろん、彼に釣り合うような相手だろうから、そんな心配も不要なのかもしれないけれど。


「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ」

「ほら早く行かないと、智美ちゃん待ちくたびれているよ」

「! そうだ、大変!」

「迷子にならないように手をつなごうか?」

 何でもないように、さらりと言ってしまえる辺りが彼らしい。なのでこっちも、さらりと言えてしまう。

「ううん、大丈夫」

「そう? じゃあ行こうか」


 だからと言って先に行ってしまったりせず、まるでエスコートをするかのように肩を並べて歩いてくれる。カッコいいだけではなく、こういうさりげない気遣いができるところが異性の心を捕えるのだろうな、と他人事のように思う。


 こういう時、先生だったらどうするのかな?


 迷子にならないよう、手をつなごうかなんて言ったりするのだろうか。

 二人で肩を並べて歩いた夏の日を思い出す。買い食いしながら歩くなんて、色気の欠片もないけれど、思い出すだけで胸の奥が疼くように痛くなる。


「そういえば、飛沢先生に会ったよ」

「え」

 順也の口から飛沢の名前が出て驚く。まさか脳内の思考がダダ漏れになっていたのかと焦るが、冷静に考えればそんなはずはない。


「ど、どこで?」

「待ち合わせのビルの前。うちらが飲む店の上の階で先生も飲んでるらしいよ」

「本当に?」

 飛沢のことばかり考えていたからかもしれない。急に恥ずかしさが込み上げる。

「ホントだよ。多分合コンじゃないのかな」

 思いがけない順也の言葉に凍り付く。

 真面目な飛沢が合コンに行くなんて想像が付かない。でも今付き合っている相手がいないのなら行く可能性は皆無ではない。


 きっと篠原さんだ……。

 根拠はないが篠原なら如何にも合コンに誘いそうだ。でも誘いに乗ったということは、少なからずとも飛沢も合コンに参加したいと思ったからだろう。


 先生も彼女が欲しいんだ。

 以前、付き合ってる相手はいないと言っていた。ということは、やはり飛沢もそういう相手を探しているのであろう。

 どうしよう、先生に彼女ができちゃう。

 でも、それは仕方がないこと。わたしがとやかく言うことではないってことくらい、わかっている。嫌になるくらい。


「……そっかあ」

 どうにか笑って誤魔化してみる。すると順也は一瞬驚いた後、たちまち困った顔になってしまった。

「冗談だって」

 ひなたの髪を無造作にくしゃりとすると、最後のおまけと言わんばかりに、ぽんぽんと叩く。

「ほらそんな顔しない」

 そんな顔なんて、わたし、一体どんな顔をしていたんだろう?

「よし。じゃあ、今日は洗いざらい話してもらうからね」

「う、うん?」


 洗いざらい何を話せというのだろう? よくわからないまま、曖昧に頷くと。

「よし。言質取った。絶対だからね」

 だんだん悪戯っぽい表情になっていく順也に、一抹の不安を覚える。

「ええと、一体何を話すの?」

「お店に着いてからのお楽しみー」

 いやな予感がする。うっかり了解してしまったことに、後悔をしたのは言うまでもなかった。



 満員のエレベータを何回か見送った後、ようやく店にたどり着いた。店は何度か利用したことのあるチェーン居酒屋だった。ここの店は他の店舗と趣が違うのか、ずいぶんと落ち着いた雰囲気だ。大人の和風居酒屋とでも言えばいいだろうか。照明も少し暗めで、すべての席が半個室のような状態になっている。

 簾をくぐると、すでにジョッキを手にした智美がそこにいた。


「おそーい!」

 ほんのり赤らんだ目尻。とろんとした目で、予定より遅く到着した順也とひなたを出迎える。

「智美ちゃん、ごめんね」

「悪いと思うなら駆けつけ一杯!」

 ずい、とドリンクメニューを突きつける。

「じゃあ俺はビール」


 椅子に座りながら、順也は早々と注文を決める。慌ててひなたもメニューを覗き込むが、色々興味が惹かれるものが多くてすぐには決められない。

 完熟ぶどうサワー、梅酒ワインも美味しそうだ。カシスソーダも捨てがたいが、梅酒のバリエーションもなかなかのものだ。


「もう! 決まらないなら、ひなたもビール!」

 痺れを切らした智美は、テーブルの呼び出し鈴を押してしまう。

「え! 飲めないよ!」


 ビールなんて苦くて無理だ。以前父の飲むビールを少し飲ませて貰ったが、苦くて苦くて舌がどうかしてしまいそうだった。しかし、ひなたの要望は聞き入れられず、即座に訪れた店員に智美は言い放った。

「生中三つでお願いします」と。

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