秋の章・11 酒の肴にされてたまるか
やんやとからかいだす篠原をじろりと睨む。
これでもアルコールには強い方だ。このくらいで真っ赤になってたまるものか。
念のため頬に触れてみるが、さほど熱くなっていない。これはからかわれているのだと思うと少々腹が立ってきた。
「いい加減にしろ」
睨みを利かせるが、篠原には通用しない。
「またまた誉くん、照れちゃって」
「篠原、お前も相当赤くなっているぞ」
「えー、うそだあ」
「鏡を見てみろ」
冷静に指摘をすると、理央がコンパクトミラーを差し出した。篠原は受け取り己の顔を映し出す。
「あ、ほんとだ」
一体何がおかしいのか、突然ケラケラと笑い出す。どうやら相当酔っているらしい。ついでにコンパクトミラーを貸して貰うと、確かにほんのりと赤いが真っ赤と言われるほどではない。
ようやく恋愛話が終わったと、安堵しながらグラスに残ったワインを飲み干す。
そろそろ酒はやめておいた方が良さそうだ。けして酒は弱くはないが、ここ最近ここまで飲む機会もなかった。三十を過ぎたのだから過信はできない。
「学生ねえ……」
オリーブをつまみながら、不意に眞子がと呟く。
「若い女を好む男って、精神的に未熟だって聞いたことがあるわ」
どうやら、誉をネタにした話題はまだ終わっていないらしい。
「それに学生に手なんか出したら、セクハラ? アカハラっていうのも最近はあるんだっけ? 社会から抹殺されるわよ、飛沢くん」
「だから……篠原の話は鵜呑みにしないでくれませんか」
「だって篠原くんの情報は確かだもの。飛沢くんが一番わかっているんじゃないの?」
いつの間にか注文したソルティドックのグラスの淵をペロリと舐めると、悪戯っぽく眞子は訊ねる。
「好きなんでしょう? その女子大生のこと」
「違います」
そうだ。学生相手に恋愛など無理だ。周囲の学生たちを見てみろ。まだまだ子供じゃないか。しかも彼女はこの春はまだ高校生だったというのに。
しかも最初の出会いは最悪で。コロッケはぶつけられるわ、本は台無しにされるわで散々だったというのに。
一体いつからだろう。彼女を意識し始めたのは。
そうだ。最初、自分に謝る機会を懸命に探していた彼女の態度を、恋の告白をされるのではないかと勘違いしていた。あの時はどう断ればいいかと考えていたが……今思えば始まりだったのかもしれない。
会った頃よりは彼女も慕ってはくれている。でもそれは、あくまで大学の先生だからというだけで、異性としてではない。
この気持ちが彼女や周囲に知れてみろ。何とかハラスメントとして取り上げられるだけだ。
「でもよくある話じゃない? わたしも大学生の頃あったあった。助教が女子学生妊娠させちゃった話が。その後退学して結婚したとかしないとか」
「あー、あるある。俺もあったわ。高校と大学で」
「へえ、わたしんところは無かったなあ」
考えれば考えるほど暗い思考に陥っていく誉をよそに、周囲は勝手に盛り上がっている。
「それで、どんな子なの? 飛沢くん」
ニヤニヤしながら訊ねる眞子は、明らかに誉を愉快な酒の肴にする気である。
頼むから、放っておいてくれ。
堪えようにも堪え切れなかった溜息が漏れる。
「申し訳ないが、そのような相手はいません」
「またまた」
なかなか眞子もしつこい。何としても酒の肴にしたいのだろう。
一体どうしたら、彼女は恋愛話から手を引いてくれるやら。
「加藤さん、いい加減に」
「後悔するよ飛沢くん」
誉は思わず声を呑む。意外にも眞子の眼差しは真剣だった。
「言いなよ。その子に自分の気持ち。横から掻っ攫われて後悔するなら、真正面からぶち当たってセクハラ教授扱いされてきなよ」
正確には教授ではなく准教授だ。しかも、セクハラ教授とは。
くっと笑いが込み上げる。
「あんまりな言い様ですね」
「いいじゃない。本当のことだし。骨は拾ってあげるから安心して振られてくれば?」
「せっかくですが、そのような相手はいませんので」
「うわ、まだしらばっくれるつもりなんだ。しつこーい」
眞子は不満げに訴えるが、知ったこっちゃない。言わせてもらえれば、眞子の方がよっぽどしつこいではないか。
やけに絡んでくる眞子に辟易しながら、もうやめておこうと思いながらもボトルに手を伸ばした。




