秋の章・5 なぜ?どうして?だらけの結婚式開始
私の父だ、と告げた途端、ひなたは大きな瞳をさらに大きく見開いた。
「あ、あの……どうして先生のお父さんが、ご結婚されるんですか?」
「うちの父は独身だから問題ないんだ」
「え……?」
どういう意味かと問いたげだったが、父が独身である理由は、めでたい席では避けた方が無難であろう。
式が始まっているので、この辺りで会話は控えるべきかと思ったが、ひとつ疑問に思ったことがある。
「ところで山田さんは、どうしてここへ?」
声を潜めて訊ねる。
「わたしは……」
戸惑うように瞳を揺らすと、ふと視線を動かした。ひなたの向ける視線の先を追うと、ちょうど新婦が入場するところであった。父親らしき白髪のご老人のエスコートで、ゆっくりとヴァージンロードを進んでいく。
あのヴェールや、友紀が手にしているブーケも、レースの手袋も、これだと決めるまでにどれだけ試着を重ねたことやら。
友紀の試着に付き合った時のことを思い出した。苦労しただけあった。長身の彼女に、すっきりとしたデザインのウェディングドレスはよく似合っていた。
……まてよ。
彼女の両親はすでに他界していると聞いている。ではあれのご老人は誰だろう?
「わたしの祖父です」
ぽつり、と呟いた。
「花嫁さんと一緒に歩いているの、わたしの祖父なんです」
「……?」
どうしてひなたの祖父が、友紀とまるで親子のようにヴァージンロードを歩いているんだ?
色々聞きたいことはあったが、すでに式が始まっている。この辺りで会話は終了にした方がいいだろう。
ひなたに目配せをする。すぐに誉の意図を汲んだのだろう。柔らかく目を細めて頷くと、視線を今日の主役たちに向けた。
緊張気味に表情を強張らせながらも、眩しげに友紀を見つめる圭介。自分の父親だというのに、別の人間を見ているかのようで、妙に居心地が悪い。
「素敵ですね」
小さく呟いたひなたの声には、素直な気持ちが滲んでいた。誉から見れば父親の新郎姿など気恥かしいばかりだが、ひなたが素敵だというなら、きっと素敵なのであろう。
新郎の元までたどり着いた友紀は、エスコート役のひなたの祖父から送り出されるように、そっと圭介の腕を取る。
緊張気味の圭介を見上げ、幸せそうに微笑む友紀。親子ほどの年齢差がある二人だが、こうして見るとなかなかお似合いではなかろうか。
響き渡る賛美歌。誓約の言葉。指輪交換と式は進行していく。隣の存在が気になって仕方がない。つい隣を盗み見ると、なんと涙ぐんでいるではないか。少し驚いたが、二人の姿に感動しているのであろう。
女性は他人の挙式でも、感動して涙するものなのであろうか? 余計なことを考えつつ、涙の始末に困っている様子が伺えた。
なにか拭うものはないか……。
すぐに目についたのは、胸ポケットに差したシルクのハンカチくらいのものだった。飾りではあるが、ハンカチはハンカチだ。使えなくはない。
ハンカチをひなたに無言で差し出す。唐突に表れたハンカチに驚いているようだったが、おずおずと涙目で誉を見上げる。
……うわ。
潤んだ瞳で見つめられた途端、一気に胸の鼓動が速くなるのを自覚する。しかし長年培ったポーカーフェイスのお陰で、みっともない動揺は見事に隠しおおせたであろう。恐らく。
『ありがとうございます』
声には出さず、唇が語る。そして、涙を滲ませたたまま、はにかむように微笑むものだから、どこに目をやったらいいのかわからなくなる。
慌てて正面に目をやるが、ちょうど新郎が新婦のヴェールを上げているシーンで、次に行われるのは……あれだ。
形式的なものとはいえ、父親があれをするシーンを見るのはいかがなものか。目のやり場に再び困っていると、隣に並んだ細い肩が笑いを堪えて震えていた。




