秋の章・4 結婚式当日2
更新まで、ずいぶんと遅くなってしまいました…。
会場で受付に立っていたのは、誉と歳の近い男性と女性の二人組だった。確か父圭介の教え子だと聞いている。
なんというか、気恥ずかしい。
自分の父親が、親子ほど歳が離れたかつての教え子と結婚。しかもその嫁と歳が変わらない息子は未だに息子は未婚。
父に先を越された息子というものが、世間様の目にはどう映るかわからない。いや、もしかしたらどうとも思っていない可能性だってあるというのに……。
自意識過剰なのはわかっている。だが気にせずにはいられない、己の小心が情けない。
ひとまず「父がお世話になりました」、いや「お世話になっております」の現在形か。もしくは「今日は父のために、お時間を割いていただいてありがとうございます」か。どう受付の人物に声を掛けるべきか思案する。
よし。「今日は父のために……」でいくぞ。
「あの、飛沢先生の息子さんですか?」
口を開く前に、受付の女性に先手を打たれてしまった。女性の目は好奇に満ちている。
「はい、飛沢の息子です」
やっぱり、と隣りの男性とアイコンタクトを取る。
まだ名乗る前だというのに、なぜ息子だとわかったのだろう。それは、すぐに受付の女性が謎を解いてくれた。
「やっぱり似ていますね。飛沢先生と」
「そう……でしょうか」
「はい。昔の先生を見ているようで懐かしいです。ね、梅田くん」
梅田くんと呼ばれた男性も、うんうんと何度も頷く。
「飛沢先生の方が、もっとのほほんとした雰囲気でしたけど、似てますねー。やっぱり」
そんなに似ているだろうか? まあ親子だから似ていてもおかしくはない。
「そう、ですか」
「息子さんも先生やっているんですよね」
「ええ」
「やっぱり血は争えないですよね。じゃあ息子さんも飛沢先生って呼ばれているんですね」
「……そうですね」
こういう時、実に反応に困る。父親に似ていると言われて、嬉しいかと言われると、実はあまり嬉しくはない。だからと言って嫌だというわけでもない。少々複雑な気分とでも言おうか。
しかも、歳が大して変わらない相手に「息子さん」と連呼されるのも妙なものだ。
「今日はありがとうございます。よろしくお願い致します」
これ以上この二人の前にいるのは、妙に気恥かしい。簡単ではあるが礼を述べ、逃げるように一目散に受付を後にした。
式を行うチャペルへ直行する。親族用だという席に座ると、やっとひと息吐いた。
飛沢家の親族席は、誉ただ一人だ。友紀の方は、初老の女性が一人と、ずいぶんと若い女性が一人座っている。
どういう関係なのだろうかと邪推していると、不意に若い女性がこちらを向いた。
「……先生?」
戸惑うような若い女性の声は、よく知る声であった。
「山田さん?」
どうして彼女がここに?
声を聞いただけで、誰だかすぐにわかったというのに、その姿を目にした途端、彼女が誰だかわからなかった。
いや声は確かに山田ひなたではあるのだが、今日の彼女はいつもよりも少し大人びて見えた。
髪をアップにしているせいもあるかもしれない。淡い桜色の、わずかに光沢があるワンピースのせいかもしれない。柔らかな色合いのワンピースは彼女の白い肌によく映えていた。装うとずいぶん雰囲気が変わるものだ。
「飛沢、先生です……よね?」
不安そうに、確認するように誉を見上げる。
「ああ……」
「どうして、こんなところにいるんですか?」
どうして、って。それはこっちの台詞だ。
「山田さんこそ、どうしてここに?」
どうして彼女が父と友紀の結婚式にいるんだ?
しかし彼女は質問には答えてはくれず、焦った表情で詰め寄ってきた。
「わ、わたしのことはいいんです! 先生、そろそろ式が始まっちゃいますよ?」
「そろそろ時間だな」
「だから、あの! 始まっちゃいますよ!」
「?」
慌て気味な彼女の様子に、思わず首を捻る。腕時計を見ると、すでに挙式開始時刻だ。入口に目を向けると、恰幅のいい外国人である牧師が姿を現した。
「牧師と新郎の入場だ」
その後に続くのは、黒いタキシードに身を包んだ初老の男性。普段よりも若々しく見えるが、まぎれもなく誉の父、飛沢圭介である。背筋をしゃんと伸ばし、表情は少々緊張気味に強張っている。手袋を握る指先がかすかに震えているのは、恐らく気のせいではないだろう。
父親の新郎姿を見る息子という図式は、滅多にないだろう。苦笑まじりに父の晴れ姿を眺める。
「新郎って……あの」
一体どうしたというのだろう。ひなたは茫然と、聖壇に向かって進む新郎を見つめていた。
「あの、あの方……新郎はどなたですか?」
彼女があまりにも驚いていたので、なぜ招待された結婚式の主役の名を知らないのだろうと考えもしなかった。
「あれは……私の父だ」




