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夏の章・最終話 取り敢えず一件落着

 期末試験がようやく終わった当日、自宅のポストには結婚式の招待状が届いていた。

 無論、父圭介と友紀からである。


「いよいよか」


 誉はひとり苦笑すると、乳白色の封筒の封を開いた。



「あ!」


 キャンパス内を移動中、聞き覚えのある声が誉の足を止めた。

 今日は一般者向けの公開講座が開催されていたらしい。講堂からは幅広い年齢層の人々が次々と流れ出してくる。

 人の波を縫うように近づいてくる人物の姿に、誉は思わず目を剥いた。


「廣瀬、さん」

「こんにちは」


 友紀は笑顔で歩み寄ると、「この間はありがとうございました」と頭を下げる。

 長い髪を無造作にアップにし、カットソーとジーンズといったシンプルな出で立ちだが、スタイルもいいせいか妙に目立つ。


 思いがけない友紀の登場に怯んだものの、別に後ろめたいことなど何もない。こちらが狼狽えれば、また周囲におかしな勘ぐりをされかねない。

 自然に、自然に振舞おう。

 怯む心を奮い立たせると、眼鏡のフレームを人差し指で押し上げる。


「こんなところで……奇遇ですね」

「はい。公開講座で受けてみたいものがあったので」


 今日の公開講座は、老人介護についてだったらしい。


「私、介護職に付いているものですから興味があったんです。今日はお休みを貰って来ちゃいました」

 まるで誉の疑問を読み取ったかのように、すらすらと答える。

「介護職、だったんですか?」

「ええ、近所の老人ホームに勤務していますって……最初にお会いした時にお話しましたよ」

 誉が覚えていないとわかっていたのだろう。苦笑を交えて言葉を添える。

「申し訳ない……」


 知らぬ間に滲んだ冷や汗を拭う。

 確かに覚えていない。親子ほど歳が離れた相手が父の結婚相手という衝撃ののせいで、細かい話はまったく覚えていなかった。耳からすべて素通りしたと言っても過言ではない。


「たまにはこうして講義を受けるのもいいものですね。学生に戻ったみたいです」

 少々重たくなった空気を変えるように、友紀はニコリと笑った。

「……楽しんでいただけて、何よりです」

「学生気分ついでに、学食に行ってみたいんですけど、どこにあるんですか?」

「ああ、学食ならこの道を真っ直ぐ行って」

 誉は視線を遠くすると、講堂から真っ直ぐ続く道を指差した。

「突き当たりにある噴水を左に曲がり、職員棟を突き抜けたところにあるのですが……ああ、一般の方は突き抜けるのは無理か」


 ぶつぶつと呟きながら、はたと気がつく。

 この際、一緒に学食へ行った方が話が早いのではなかろうかと。


 しかし学食で二人仲良く食事などしていたら、またよからぬ噂が立つのではなかろうか、という不安がよぎる。とはいえ、そんな誤解を抱くのはせいぜい篠原くらいであろう。

 順也とひなたの誤解は解いたのだから、問題はないはずだ。それに、これから飛沢家の一員となる(一応は義母という立場になる)友紀とも必要以上に親しくなる必要はないが、そこそこ良好な関係を築いた方がいいとは思う。


 よし。

 誉は覚悟を決めた。


「私も昼食を取りたいので、一緒に行きましょう」

「いいんですか?」

「ええ、タイミングを逃すと食いっぱぐれてしまうので」

「よかった。若い人の中で一人で行くのは、ちょっと心細くて」

 友紀の顔に安堵の色が宿る。

「では、行きますか」


 篠原がまた余計なことを言い出す前に、釘を刺しておかないとな……。

 いい加減、学生のノリが抜けてくれないものかと、知らず知らずのうちにため息が漏れた。



 学食は意外と空いていた。時計を見ると、ピークの時間は過ぎていた。


「わあ、学食ですね。今時の学食はオシャレですね」

「そうですか?」

「ええ、わたしが学生の頃は生パスタなんてありませんでした」


 どうやら友紀には学食が新鮮に見えるらしい。ほぼ毎日利用している誉は、今更どうとも思わないが。

 確かに、生パスタは無かったな……。


 誉が学生の頃は定食が二種類。うどんと蕎麦は、たぬきかきつねの二種類。スパゲッティはナポリタンかミートソース。ラーメンは醤油か味噌。ご飯ものはカレーライスとカツ丼に、カレーカツ丼。

 当時もそれなりに種類はあったと思っていたが、今はファミレス並にメニューは様々だ。うどんやラーメンもなかなか本格的で、給食のソフト麺のようなものではない。


「これだけあると、迷いますね」

 ウキウキとした様子で、友紀は券売機のボタンを眺める。

 散々迷った挙句、友紀はカレーライスセットを選ぶ。誉はA定食を選んだ。


「招待状、届きましたよ」

「はい、送らせていただきました」


 友紀は照れくさそうにはにかんだ。


「結婚式、楽しみにしています」

「ありがとうございます」


 噛み締めるように友紀は呟くと、泣き出しそうな笑みを浮かべた。

まだ続きます!

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