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小話 酔っ払いの翌日

ちょっと番外編です。酔っ払った翌日、ひなたの朝の出来事です。

 朝起きたら、昨日のままの格好でベッドの中にいた。


「あれ……?」

 おかしいな。どうしてわたし、こんな格好で寝ちゃったんだろう……。


 しかも、このTシャツは自分のものではない。誰かのを借りたのは覚えているが、どうして借りたのか、いまいち思い出せない。


「んんっ」


 ひなたは、大きく伸びをして、勢い良く起き上がろうとした……が、やけに身体が重い。ついでに少しだけ頭も痛い。ついでに喉はカラカラだった。

 起き上がるのを諦めて、手探りで枕元の目覚まし時計を探る。ようやく目覚まし時計を探し当て、盤面を覗き込む。


「……九時? え、ええっ……!」


 一瞬にして、寝惚けた頭がクリアになる。ついでに頭痛まで吹き飛んでしまった。

 ひなたは、目覚まし時計を掴んだまま、ベッドから跳ね起きた。


「た、た、た、大変!」

 今日は一時限目から授業があるのに! しかも必修科目が!


「もお〜! お母さん、どうして起こしてくれないのよお」

 思わず頭を掻き毟る。そうだ。昨日から両親は二泊三日の温泉旅行だったと思い出す。


「ええと、ああ、もう、どうしよう……」

 起き上がったものの、何をどうすればいいのかわからず、部屋の中を右往左往する。右往左往しながらも、必死に支度の手順を考える。


 ええと……まず、服! 着替えなくちゃ!

 下着を替え、キャミソールを着ながらクローゼットを開いて、目に付いたコットンワンピースを引っ張り出す。引き出しからは、チャコールグレイのペチパンツ。

 あとは……と、クローゼットの内側の鏡に映った姿を見て、ひなたは悲鳴を上げる。


「髪! ぼさぼさ!」

 服よりも、こっちをどうにかしなくちゃ!


 転げるように階段を下り、洗面所へと飛び込む。寝癖直しのスプレーを懸命に拭き掛けていると、背後からのっそりした声が呼び掛けてきた。


「ひな……出掛けるの?」


 洗面所に顔を出したのは、弟の祥太郎だった。まだ眠たげな目で、大きな欠伸をする。

「遅刻! 遅刻だってば! 祥くんこそ、何その格好!」

 祥太郎は今起きたばかりらしく、パジャマがわりのスウェット姿のままで、頭も寝癖だらけだ。ぼさぼさの髪を、無造作に掻き毟ると、また欠伸をした。


「もう九時まわってるのに! 学校遅刻しちゃうよ!」

 祥太郎を急かしながら、ドライヤーのスイッチを入れる。途端、唸るような音と共に、熱風が吹きつける。


「だって今日…………」

 祥太郎が何かを言っているが、ドライヤーの音で聞えない。


「え? なに?」

 せわしくドライヤーとブラシを動かしながら聞き返す。すると祥太郎は、うんざりしたような顔でため息を吐いてから、大きく深呼吸した。


「今日! 日曜!」


 メガホンのように、両手を口元にあて、あらん限りの大声を上げる。

 これだけ大きな声で言われれば、さすがにひなたの耳にも届いた。


「ええっ! うそ!」

「昨日はアド街観て、さっきまで仮面ライダー観てたんだから間違いない」


 自信満々にきっぱりと告げる。テレビ番組を基準にするのもどうかと思うが、祥太郎が告げる曜日が正しいことは確かである。


「なーんだ……」

 ひなたはドライヤーの電源を切ると、気が抜けたように、へなへなとしゃがみ込んだ。


「あーもう、焦って損した」

 てっきり月曜日だと思い込んでいた。安堵の息を大きく吐き出す。

「それよりさあ」

 祥太郎もその場にしゃがみ込むと声を潜める。

「昨日の男って、ひなの彼氏?」

「へ?」


 彼氏なんて、生まれてこのかた持ったことなど一度もない。きょとんと首を傾げると、祥太郎はにやりとほくそ笑む。


「へっ、て……昨日ひなを送ってきた男だよ。ちょっと年上っぽいスーツの。合コンで捕まえたんだ?」


 年上? スーツ?

 昨日の曖昧な記憶をたどる。

 合コンのメンバーに、スーツ姿の人はいなかったはずだ。全員年上であることは間違いないけれど。後半の方はかなり酔っていたので、よく思い出せない。


「ええと……どんな感じの人だった?」

「背は俺と同じくらいだったかな」


 祥太郎と同じくらいの背丈ということは、そこそこ長身だ。


「あとは……銀縁眼鏡で、ちょっと無愛想な感じ」

 銀縁眼鏡と無愛想。このキーワードが当てはまる人物は、ただ一人しか思いつかない。


 ま、まさか……飛沢先生?

 否定しつつも、なんとなく飛沢と会ったような気がしなくもない。でも、飛沢に家まで送ってもらういわれはない。

 必死にぐるぐると考えているひなたの様子に、祥太郎は小さく吹き出した。


「冗談だよ、冗談。ひなの大学の先生だって。たまたま居酒屋で会ったから送ってくれたんだってさ」

「……そう、なの?」

「うん。ええと、なんとか沢って言っていたかな」

「もしかして……とびさわ、じゃない?」

「あー、そんな名前だったかもしれない」


 やっぱり飛沢先生だったんだ!

 会ったような気がする、ではなく、会ったのだ。実際に。飛沢と。

 嘘! どこで? どうして?

 軽く混乱状態に陥っているひなたに、祥太郎がとどめを刺した。


「その人、ひなのゲロまみれの服も持ってきてくれたよ」

「ゲロまみれって……」


 嘘! わたし吐いちゃったの?!

 だから見慣れないTシャツを着ていたのかと、納得しつつも認めたくない事実だ。


「そこにあるから、後で自分で洗っておけよ」

 祥太郎が指を差した先に、ぽつんと片隅に置かれたビニル袋の塊を見つける。

「…………あ」

 ……そうだ、思い出した。着ていたTシャツ、小原くんに借りたんだった。それで、それで……。

 ○○まみれの服をきっかけに、芋蔓式に昨日の記憶が蘇ってくる。


 合コンで隣の席だった人に、次々とお酒を勧められて、気持ちが悪くなってトイレに行って。それで……。


 ――ああ……こんばんは。


 居酒屋のトイレの前だというのに、いつも研究室に訪れた時みたいに律儀に挨拶をするなんて。ずっと緊張していたから、たとえ相手が飛沢と言えども、見慣れた顔を見た途端、安心してしまったのかもしれない。

 気が緩んだ途端、気持ちが悪くなって、吐いてしまったところまで思い出した。しかし、その後が思い出せない。


「祥くん……その人、何か言ってた?」

 恐る恐る訊ねると、祥太郎は軽く首を傾げる。

「さあ……特には何も」

「そう……」


 迷惑とか、掛けてないよね……?


 酔っ払って、家まで送らせた時点で、十分に迷惑を掛けているのはわかっている。他に失礼な発言をしたり、失礼な行動を取ったり、していないとは思うけれど、本当にしていないかは覚えていないからわからない。



 どうか、どうか、ヘンなことをしていませんように……!

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