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宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので  作者: バラモンジン


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8.浄化の下見

 歓迎パーティから一夜明けて。


 昨夜はそれほど遅くもない時刻に賢者と奈月が帰ってきたと聞いて、村人たちは驚いた。


 今は村長むらおさの家の前に集まって、奈月と賢者を囲んでいる。


「どうした、王都の居心地は悪かったか?」

「王宮に泊まることは許してもらえなかったのか」

「歓迎パーティって、案外早く終わるんだな。実は歓迎されてなかったとか?」


 などと心配された。


「いえ、なんだかいいように利用されそうだったし、下剤飲まされそうになったので、安心できるこの村に帰ってきました」


 奈月が雑な答え方をしたので、


「何だと、下剤でいいようにって、どういうことだ」


 いらぬ混乱を招いてしまった。


 賢者が見かねて言葉を継いだ。


「とにかく、国のやつらは巫女殿を担いで大々的に浄化の遠征をしたいんだとよ。三年もかけてな」


「三年、ばかじゃねえのか」

「その間にどんどん魔が広がるだろう。何のん気なこと言ってやがる」

「旅芝居の巡業かよ」


「馬車を連ねての大掛かりな遠征で、王家の威信を示すと言っておった」


「巫女様に一刻も早く来てほしい地域は気が気じゃないぞ」

「示すのは威信じゃなくて、無能っぷりだろう」


 散々な言われようだが、村人たちの方が事態を正確にとらえていた。飛竜の恐怖を目の当たりにすれば当然の思いだ。


「で、巫女様と賢者様はどうするつもりだい」


「やつらとは別行動だ。お互いやりたいことをする。俺と巫女殿は危ないところから回って浄化する。王国が誇る魔物討伐部隊は、王家の威信を示しつつ、ついでに魔物も退治する」


「魔物退治がついでなのかよ」


 朗らかな笑い声が青空に広がって、村人たちはそれぞれの仕事に向かっていった。



 後に残ったのは、女の子たちだ。先ほどから奈月に話しかけたくてうずうずしていたのだ。


「おはよう」


 奈月が声をかけると、いっせいに駆け寄ってきた。


「ねえねえ、王女さまどうだった? きれい?」

「パーティってどんなの?」

「すてきなドレスをたくさん見た?」

「王子様もいたの?」


 こんな憧れの目で見られると、パーティが素晴らしいものだったかのような錯覚に陥る。


「そうねえ、とってもキラキラしてた。光の粒が舞ってて、このネックレスみたいなのが天井から会場中を明るく照らしているの。王女様は金色の髪がクルクルしていて、最初お人形かと思った。王子様は、この村を飛竜から守ってくれて感謝しているって言ってくれた。王子様はみんなのことも大切に思ってるよ」


 奈月は少女たちの夢を壊さないように、言葉を選びながら伝えた。


 さらにドレスの説明をせがまれて、奈月は地面に適当な棒で、王女様とレティシア様、それからカミーラ様のドレスを思い出せる限り正確に描いてみせた。曖昧なところにはアレンジを加えたけれど、女の子たちには大人気で、しばらくみんなで地面にドレスの絵を描いていた。



「奈月殿」


 賢者に呼ばれた。


「俺はこれから、昨日申し出のあった領地に行って、話を聞いてくる。浄化はまだだが、奈月殿はどうする」


「私も行きます。様子を見るのに、トーチが役に立つかもしれません」


 ということで、奈月も賢者と一緒に五つの領地の事前調査に行ってみることになった。


 ここから近い順に、反時計回りで訪ねていく。


 魔術による転移は、一度行ったことのある場所にしか行けない。

 

 しかし、賢者は五百年も生きているので、王国中のたいていの都市や村に行ったことがあった。趣味が遺跡調査なこともあり、辺鄙なところほど親しんできた。なので、賢者にかかれば国内の移動など、隣村に行くくらいのお手軽さであった。



 ◇



 最初の村は、岩だらけの印象だった。


「ここは鉄鉱石と石英を採掘している村だ」


「燃えるような森もありませんが、どんな魔物の被害があるのでしょう」


 村に行って話を聞くと、一番大きな採掘場の坑道が、去年あたりから黄色い靄にさえぎられて、先に進めないのだという。一度廃坑にしたところを改めて掘り進めたりしているが、望むような成果は得られないようだ。


「黄色い靄って何でしょう。瘴気とかいうものですか」


「いや、瘴気は通常黒い。ここの靄は火山ガスのような匂いがするが、火山ガスには色がないはずだ。硫黄の粉末なら黄色いが、あんな風に靄みたいにずっと浮遊しているわけがない。だが、念のため、トーチの火はつけるなよ。硫黄を燃やすと刺激臭がすごいからな」


「このままでは全部が廃坑になって、村が終わると言っていました。緊急度は高いですね」



 ◇   ◇



 次に行った村は、森の手前に広大な牧草地と、なだらかな起伏の果樹畑が広がっていた。


「のどかだな」


「こんな平和なそうな村に、魔物がいるんでしょうか」


 肩透かしを食らった思いで村長を訪ねると、奈月たちの来訪を聞きつけた村人たちが集まってきて、膝をついて頼み込んできた。


「お願いします、娘を助けてください」

「うちはまだ5歳の子を連れて行かれたんだ」

「うちも子供二人がさらわれた」


 聞けば、大きな鳥型の魔物が、足の爪で掴んで、吊るして連れて行くらしい。巣のありかも、連れて行かれてどうなるのかも分からず、心配で仕方がないという。それはそうだろう。来襲する時間も規則性がなく、対策を講じることができないらしい。


「魔物の数はどれくらいだ」


「来るのは一匹ずつだ。だけど、どれも真っ黒で見分けがつかねえんだ」


「さらわれた子供は八人で、この間は十代の男の子が連れて行かれそうになった。ナイフを持っていて暴れたから、途中で落とされて足の骨を折った」


「もう幼子だけでは済まなくなっているんだ。みんな畑に出るのを怖がって仕事にならない」


 のどかな風景とは裏腹に、とんでもない悲壮感が漂っていた。


「実害がここまで出ているなら真っ先に対処したいです」


 奈月が言うと、賢者も同じ意見だった。



 ◇   ◇   ◇



 奈月たちが次に行ったのは、西の国境付近の村だった。


「西の国境というと、昨日お会いしたカミーラ・モンテヴェルデ様の領地の近くですか」


「その南隣だな」


「じゃあ、カミーラ様が言っていた通り、西の国境沿いは魔物の被害が増えているのでしょうか」


「いや、俺の予想では、人災の面が大きいと思う」


「人間が魔物を生み出しているということですか」


「もっと単純な話だ。モンテヴェルデは自前の騎士団を持っている。そいつらが自領の魔物を間引いたりしてるのだが、討ち漏らした魔物はどうなると思う?」


「敵のいないところに逃げますね」


「それがここだ。あいつら自分の所から魔物が消えればそれで良いと思ってやがる」


「証拠はありますか」

 

「まずは領主館に行って、魔物の出没の記録を見せてもらおう」


 賢者は、丁寧な字で几帳面に記された記録をたどり、魔物が出た村の名前と日付、時刻、魔物の種類を紙に転写した。


「うっわ、便利ですね。そしてこれを、モンテヴェルデ領の騎士団の記録と擦り合わせるのですね」


「その通り。昨日、モンテヴェルデの領主からは依頼がなかったが、娘の方から頼まれたと言えば断られることもあるまい」


「断られることもあるのでしょうか」


「他の領に魔物を追いやっている自覚があれば、隠そうとするかもな」


「確かに」


「でもまあ、ここは緊急性は低いと見た。悪いがもう少し踏ん張ってくれ。幼子が次々魔物に連れ去られている領地があるのだ。そちらを先に片付けたい」


 領主代行は、モンテヴェルデのやり口を聞かされ怒りに燃えていたが、幼子が連れ去られている話を聞くと、ぜひそちらを優先してやってくれと言った。




 ◇   ◇   ◇   ◇




「わあー、キレイなところですね」


 転移で着いた途端、目に飛び込んできたのは、雪をいただいた山々を背景に、しんと静まり返った湖だった。湖の周りは背の高い木々に囲まれているので、ここだけ世界から隔絶された空間のようだ。


「奈月殿、トーチを灯してくれ」


 奈月は言われた通りトーチのスイッチを入れた。


「湖の水面をなぞってみてくれ」


 すーい、と炎で湖面をなぞると、オレンジ色の炎は青く染まった。


「あの時の紅茶と同じですね。水に毒が入っているのでしょうか」


「いや、何かが棲みついているのだと思う。嫌な気配がする」


「こんなに美しい風景なのに、生き物の気配がまるでなくて、死んでいるみたいです」


 風も吹かず、全てが停止していた。



 奈月と賢者が村人から聞いた話では、湖には昔から異形のモノが棲んでいて、近づくと引きずり込まれたり、頭から呑み込まれたりするという。


 だからそこには魚を釣りに出かけたりしないし、近くに木を切りに行ったりもしない。


 それが最近では、近づく意思もないのに(あらが)えずおびき寄せられ、湖に引き込まれる事件が相次いでいるというのだ。助けに行った者も帰ってこなかった。

 

 とにかく正体が分からないという。


「これは巫女殿の力を借りる前に、俺がやってみたいことがある」


 賢者はそう言って、湖の上に半透明の巨大なドームを被せた。


「何ですか、これ」


「とりあえずの応急処置だ。これで湖におびき寄せられることはなくなるはずだ。一週間ほどしか持たないから、それまでにまた来よう」


 村人にドームの話をすると、これでしばらくはゆっくり寝られると感謝された。

 

 本番はまだこれからですが。




 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




「さて、次は厄介だぞ。巫女殿も気を引き締めてくれ」


「大物の魔物が出ますか」


「大物には違いないが、トーチで消し去るわけにもいかない相手だ」


 嫌な予感がする。


「もしや、教会がらみの事情ですか」


「その通り」


「そこはマーナ教の信徒が住む土地なのだが、昔から排他的でな、魔物が出ても国の討伐隊が入ることを教会が許さないんだ」


「なぜですか。村人が何人も襲われているのに」


「その黒い魔物に見える物は、マーナ教の神の使いであるガルムというオオカミなのだと主張している」


「ええ? 神の使いが人を害するんですか」


「教会に訴えても、神官が来て浄化らしき祈りを捧げるだけで効果はないらしい。そこで今回、領主が巫女殿に助けを求めてきたのだ」


「教会は何を考えているんでしょう」


「実は、マーナ教の本拠地が隣のイアール国にある。ここの教会もその支配下にあって、すべてあちらの指示で動いているらしい」


「下手に手出しはできないんですね」


 奈月が思った以上に込み入った事情のようである。


「だから、村人に話を聞いているところを、教会側に見つかるわけにいかない」


「どうします?」


 奈月は少し及び腰になった。


「手はある。俺も魔術師だからな」


 賢者は一言、二言、何かを呟いた。



「え? 誰ですか」


 奈月は、唐突に目の前に現れた目元の涼やかな青年が、たぶん賢者だろうと思いつつ、念のために聞いた。


「いや、目の前にいたんだから俺に決まっているだろう」


「臆面もなくイケメンに変身するからビックリしました」


「若返っただけだぞ」


「思い出って美化されますからね」


「顔はいじってない」


 イケメンの賢者は、横を向いて不貞腐れた。


「では、私はどうしますか。顔を知られていないから、このままで大丈夫でしょうか」


「大丈夫だと思うなら感覚が麻痺してるぞ。そのドレスはどう見ても普通じゃないだろう」


「そういえば、そうでした」


「たぶん、俺の魔法は効かない。だからこれでも被っておけ」


 そう言って渡されたローブを被ってみれば、


「あ、消えました。自分で自分が見えません」


 どうやら姿を見えなくするアイテムのようだ。


 こうして賢者(と、見えない奈月)は村に行き、各地の伝承やおとぎ話を集めている研究者のていで、黒いオオカミのような魔物の話を聞き出したのだった。



 浄化の候補地である五か所を回り、奈月と賢者は村に帰った。



読んでいただき、ありがとうございました。


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