7.【浄化遠征会議のその後】
時はさかのぼる。
聖火の巫女と賢者が出て行った後、会議室は静まり返っていた。
多くの者が表面上の理由であの遠征計画に賛同し、あとは機を見て自陣の望む方向に誘導していこうと考えていた。相手陣営がそれを承知していることも、お互い計算の上だ。
そんな水面下の攻防を、聖火の巫女が会議室のテーブルの上に、ひょいと載せてしまった。全員が、見て見ぬ振りをしていたのに。
「なんなんだ、あれは」
誰かの呟きは、皆の気持ちを代弁するものであった。
聖火の巫女を担いで派手な遠征をと望んではいた。
しかし、対魔物を掲げて一枚岩になるなどと、ここにいる誰も信じていない。狙っているのは出し抜くチャンスだ。同じ派閥内でも、上手く立ち回って手柄を立てたい。他人の粗を探したい。そんな思いでギラギラしていた。
それなのに、あんなふうに身も蓋もなく暴くやつがあるか。三年もかけるより、三週間で終えた方が良いに決まっている。だがそれでは、浄化以外何もできないではないか。どうしてくれよう。悶々としたまま時間が過ぎた。
まず正気に戻ったのは宰相だった。
パンパンと手を打ち鳴らし、皆の注意を引いた。
「討伐隊長、遠征の準備はできているのだ。今さら中止するわけにはいかない。聖火の巫女と魔物討伐隊は別行動とする。ただし、国のために巫女が浄化に務めていることは庶民に周知しながら行け。討伐隊と巫女は連携を取り、お互い補うように行動していると印象づけろ」
それに答えて討伐隊長が、
「ですが、巫女様の発言にも一理あります。三年は長すぎます。巫女様と賢者様が大きな魔を払ってくださるのなら、我々が相手をするのはいつもの魔物たちです。討伐部隊を侮辱されたままではいられません。隊を二つか三つに分けて、サクサクと片付けてみせましょう」
と、前向きに張り切りだした。
壁際で聞いていた隊長を慕う隊員数名は、その言葉にやる気をみなぎらせ深く頷いた。
一方、副隊長をはじめ様々な思惑を抱いていた者たちは、一様に渋い顔をしていた。
『それでは情報収集も工作活動も、全く時間が足りなくなるではないか』と思ったが、言い出せない。
宰相が言った。
「では、隊を二つに分ける。一つは当初のルートを行く。もう一つはルートを逆から回る。これなら巫女様にありもしない疑いを持たれずにすむ」
『え』という、声なき声があちこちで漏れた。ここ数日で練りに練った計画がつぶされてしう。次なる策を講じなくてはならない。あちこちに放った工作要員にも、計画の変更を知らせなくては。誤った噂を広めないように、早く!
「隊員の振り分けを急いでくれ。その後、各隊で調整を頼む。出発は二日延ばす。以上だ」
宰相が去ってから、会議室は紛糾した。隊長は討伐部隊の奇数班を第一ルート、偶数班を第二ルート、という単純な振り分けを提案したが、思惑が絡み合って不満が出た。
「何だお前ら、これが決まらなければ話が進まないだろう。では、第一ルート希望は俺の元に、第二ルート希望は副隊長の元に集まれ。どちらでも構わないやつは、人数を見てどちらかに入れ」
すると、あちこちで目配せし合い、頷き合い、隊長には理解不明なやり取りがあって、ようやく二つのグループに分かれた。
これから諸々の手配がやり直しとなるのだが、ついさきほど一段落ついた兵站部の連中は、心の底から事態を呪った。
会議室を出た宰相は、その足で国王の元に向かった。
「どうした、早いではないか。巫女殿は遠征計画に黙って従いそうか?」
国王は、思いの外に会議が早く終わったことで、巫女が物分かりよく全てを受け入れたのだと思った。
「それが、完全拒否されました。ご自分たちの優先順位で浄化して回るそうです。こちらはこちらで勝手にやってくれと言って、会議室を出て行きました」
それを聞いた国王は、面白そうに眼を細めている。
「陛下から見て、巫女様はどんな印象でしたか」
「初対面で、畏まらなくていいと言ったら、真っ直ぐ目を合わせてきおった。強いのか、強くあろうと努力しているのか、いずれにしても大賢者という後ろ盾があるから自然体でいられるようであったな」
「なるほど。会議では日程表を一目見て、反王制派の領地と教会寄りの領地の討伐を後回しにするのはなぜかと正面切って聞かれました」
「よくこの短時間で知識を仕入れたな」
「私の領地も地図を指差して、王都に近いのにそれほどの魔物がいるのかと訝しがられました。主だった貴族の領地は把握しているのかもしれません」
「ガイウスから聞いたのだろうな。あれはずいぶん巫女を気に入ったようだ」
言外に、ガイウスの婚約者候補にどうかと聞いている。
「残念なことに、結婚したばかりのようです」
「なんだ、つまらん。まあ、こちらに残る気は微塵もなさそうだったしな。それで、討伐遠征はどうなった」
「あのまま空の神輿を担いでいつまでも練り歩くわけにいきませんので、二手に分かれて半分は予定ルートの逆から回るよう指示しました」
「はは、面食らったヤツが多かろうな」
「まあ、計画の立て直しのために二日の猶予を与えましたから、何とかするでしょう」
宰相は他人事のように冷静だ。そしてこの件に関しては、国王も同じであった。
「俺は反王制派の連中を叩き潰すつもりはないからな。適度にガス抜きして楽しませておけ。それより、マーナ教会を介して我が国に侵入を試みるイアール国の動向に注意しておけ」
「そこは討伐隊とは別に監視させておきます。魔物討伐隊が行っても、この地は神官で事足りてるからと断られますので」
これまでも何度も同じ目にあってきた。実際に森に近い村からは黒いオオカミのような魔物の被害を訴えてくるので討伐部隊を向かわせるのだが、教会の神官たちに神の使いを殺すなと言われて手を出せずに帰って来るしかなかった。
「ところで陛下、巫女様の処遇はどういたしましょう。契約を結ぶ前に出て行かれてしまったのですが」
「巫女殿は我が国の召喚に応じて来たわけではないからな。何かを無理強いすれば帰ってしまう。まあ、賢者がついているから変なことにはならなかろう。それと、浄化の報酬として宝石が欲しいというから、良質のものを探しておけ」
「承知しました。大きな魔を払うのですから、相応の物が必要となりましょうな。爵位や土地なら手っ取り早いのですが」
「そこは騙されてくれなかった」
「帰国の意思は強そうですね」
「まあ、考えてみれば当たり前のことだがな」
国王は、巫女が元の世界では普通の暮らしを営んでいたと聞いて、その安寧を妨げる権利は自分にはないと思った。その真っ当な感性は、大賢者の教えの賜物であった。
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