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宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので  作者: バラモンジン


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4.王家の人々

 それからしばらくして、賢者は魔導院に呼ばれて応接室を出ていった。


 奈月は、王女殿下がお呼びです、と言う侍女に断る口実も思いつかないまま、素直に従って可愛らしいサロンに案内された。


 最初、ぬいぐるみの部屋かと思った。子どもの等身大シルバニアファミリーの家。


「あなたが聖火の巫女なの」


 声は大きなクマのぬいぐるみに抱かれたお人形から聞こえてきた。


「返事をなさい」


「失礼しました。白川奈月と申します。巫女と呼ばれておりますが、私自身がそう名乗っているわけではございません」


「そうなの?」


 きつい目元が和らぐと、お人形が可愛い女の子になった。


「はい。ある村で魔を払ったので、そう呼ばれたのでしょう」


「こちらに来て座って」


 ツンと顎を上げ命令する。巻き毛の金髪に碧い目、絵に描いたような王女様だ。


「素敵なティアラね。私も十歳になったら作ってもらえるの。あなたみたいのが良いわ」


「ありがとう存じます。私もすごく気に入っているのです。王女様のこのサロンも可愛らしいですね」


 奈月が褒めると、王女は顔を曇らせた。


「ありがとう。でも、お姉様たちは、いい加減ぬいぐるみから卒業しなさいって言うの。一国の王女が情けないって」


「どうしてですか。まだ十歳にもなっていないのでしょう? お姉様方はぬいぐるみを卒業した後、代わりに何を楽しんでいらっしゃるのですか」


「ドレスとか、宝石? 楽器の演奏や、詩を書いたり、かしら」


「それと何が違うのでしょう。どれも食べれませんし、生活の糧にしているわけではありませんよね。不敬を承知で申し上げるなら、ご自分で高尚だと思っていらっしゃるだけで、いずれもお金持ちの贅沢に過ぎないと、私などは思ってしまいます」


「あなたは平民なの」


「平民しかいない国から来ました」


「そう。そしてこれはあなたから見て贅沢なのね」


「与えられた予算の中で何を楽しむかは自由だと思いますけど」


 王女はクマに埋もれて考え込んだ。



「ところであなたは、私の兄たちの誰かと結婚しようと思っているの」


「いいえ」


「みんなが噂しているの。聖火の巫女なら王族と結婚するものだって」


「ありえません。だいいち、お兄様が何人いらっしゃるのか知りませんけれど、すでに婚約されているのではありませんか」


「三人のうち二人は婚約者がいるわ。二人目の兄が結婚を渋っていて婚約してないの。この国の女はみんな気に食わないのですって」


「どうしてでしょう」


「お洒落しか興味がない空っぽ女は嫌だって、みんなの前で言ってるの」


『みんなの前でそれを言ってしまう王子様も、空っぽか脳筋なのでは』とは、思っただけで口にしなかった。


「それでも王子様となれば憧れる女性も多いでしょう?」


「お兄様はたぶん、巫女様みたいな戦えるお姫様が好きなの」


「私は戦えますが、お姫様ではありません。このような格好をしておりますが、これは巫女の正装で戦闘服なのです。決して王子様に釣り合うような人間ではありません。お兄様には誤解なきよう王女様から釘を刺しておいてくださいませ」


「でも私、あなたみたいな話しやすい方が義姉様おねえさまになってくれたらいいのにって思うわ」


『いやいやいや、無理だから、そんな面倒くさい脳筋。だいいち私既婚者なのよ』


 王女のとんでも発言に途方に暮れていると、


「お待ちくださいガイウス殿下」

「エリシア王女殿下はただ今、巫女様とご歓談中でございます」

「申し訳ありません、では先にお伺いして参ります」


 などという侍女たちの焦った声が聞こえたと思ったら、バンッと勢いよく扉が開いて、背が高くてエリシア王女を凛々しくしたような男が入ってきた。


「お兄様! 失礼ですわ」


「堅いこと言うなって。俺も巫女様と話がしてみたいんだよ。お披露目のパーティなんてまだ先だろう? 俺が一番に飛竜の話を聞きたいんだ」


 おそらくこれが結婚に後ろ向きな第二王子だ。このがさつさは女性のお洒落を解さないだろう。


「お前が聖火の巫女か。飛竜を消し去ったというのは本当か。どうだった、飛竜との戦いは。トーチから青い炎を出せるんだろう」


 矢継ぎ早に質問するが、奈月は答えない。


「何だよ、無視すんなよ。邪魔をしたのが悪いのか。すまん。じゃあ、せめてトーチを見せてくれ」


「あなた様には扱えません」


「魔物を退治して見せようっていうんじゃない、ちょっと持ってみたいだけだ。すぐに返す」


 ガイウス王子は奈月が持っていたトーチに手を伸ばした。奈月は敢えてそれを避けなかった。


 バチィッ! 


「痛っ」


 電撃を受けたガイウス王子は、右腕を押さえてうずくまった。


「ですから、貴方様には扱えないと申しました」


「ちくしょう。どんな仕掛けだよ」


「仕掛けも何も、巫女の聖具です。誰でも扱えるわけがないではありませんか」


「うう、まあ、そうか。悪かった」


 ガイウス王子は意外にも素直に謝った。傲慢ではないがデリカシーに欠けている、ただの男の子だ。日本なら高校生、あるいは中学生くらいか、二十二歳の奈月から見たら、ずいぶん子どもだ。これなら結婚相手にと薦められることもあるまい。


 それから三人でお茶をしながら、この国について大まかなことを教わった。ついでに貴族の勢力関係も聞いておいた。


 奈月がお礼に飛竜を消し去った顛末を話すと、ガイウス王子はそれはもう興奮して、次の浄化には絶対に付いていくと言い張った。奈月が一瞬しか見なかった飛竜と、目をつぶって滅茶苦茶にトーチを振り回していただけの話のどこに食いつく要素があったのだろう。


 こうして思いがけず会話が弾み、エリシア王女のサロンで一時間以上の長居をしてしまった。二人とも奈月より年下なので、弟妹と接しているような気安さだった。


 奈月は、有無を言わさず王宮に呼びつけた王家に良い感情を持っていなかったが、二人のおかげで少しだけ気持ちが和らいだ。



 そして再び王女の侍女に案内されて、奈月は元の応接室に戻ってきた。

 

 賢者も魔導院での用事は済んだらしく、ソファにだらしなく凭れて居眠りをしていた。




 ノックの音がして、また神経質そうな男がやって来た。


「陛下がお待ちです。お急ぎください」


 奈月たちを急き立てるように謁見室へと促した。


「俺たちも散々待ったがな」


 賢者が嫌味を言うと、


「陛下は数日前から来訪をお待ちしておりました」


と、淡々と返された。それもそうか、と奈月は納得しかけたが、


「こっちの都合も聞かず、勝手に呼びつけたんだから、待つのは当然だ」


 賢者は強気だった。そうか、そうだよね。奈月はブレブレな自分を情けなく思った。こんなことでは、賢者がいないと、いいように使われてしまう。


 奈月は賢者の後ろを歩きながら、しっかりしなくては、と自分に言い聞かせた。




 奈月たちが通された謁見の間はこぢんまりしており、王直々にかしこまる必要はないと言われたので、奈月はしっかり王と視線を合わせた。


 王の印象は、良くも悪くもなかった。国を統べる王とはこういうものだろうという奈月の予想を外れず、謹厳そうにも、温厚そうにも、狡猾そうにも見えた。つまり、下手に信用してはならない相手だと思えた。


「その方が、聖火の巫女か」


「私が名乗っているわけではございませんが、そう呼ばれています。白川奈月と申します」


「此度は巫女殿が飛竜を消し去り、村を守ったと聞いた。森が飛竜に焼かれ蹂躙されていたことは、その際に知った。手遅れになるところであった。巫女殿に感謝する」


「おそれいります」


「今後も、わが国の魔を払うことに協力してほしい」


 はい、と奈月が応じる前に、賢者が口を挟んだ。


「陛下」


「なんだ」


「巫女殿は、わが国の国民ではありません。魔を払うのはあくまでも巫女殿の善意、いくら褒美を出そうとも、陛下が命令できることではございませんからな」


「命令ではないぞ。依頼だ」


「権力者がそれを当然の権利のように申し付ければ、弱きものはつい従ってしまいます」


「もちろんそれなりの報酬は出す。土地でも、爵位でも、高位貴族の妻の座でも望めば与えよう」


「それらは巫女殿の足枷にこそなれ、決して褒美と称して良いものではありません」


「それは欲のない賢者殿の言い草だろう。巫女殿の考えはどうだ?」


「私はいずれ元の世界に帰ります。持ち帰れないものは、どれもいりません。敢えて言うなら、質の良い宝石か金が良いです」


「相分かった。そなたが身に着けているほどの輝きを持つ宝石は難しいだろうが、用意しよう」


「ちなみに、これらは全てガラスです。ガラスより美しいものでお願いします」


「ガラス? そなたの国では、ガラスでさえそれほど美しくできるのか」


 奈月は王から提示された褒美のつまらなさに少し腹が立ったので、スワロフスキーを引き合いに出して大きな顔をしてみた。だって貴族の妻なんて、ずっとこちらにいろということではないか、ふざけんな、と思ったのだ。


 賢者を見ると、それで良いというように頷いた。



 それから別室に移り、王妃と王子、王女たちを紹介された。王は執務に戻っていった。


 王妃は栗色の髪をしたふくよかな女性だった。笑うとえくぼができ、チャーミングな印象だ。


 王太子と第三王子は落ち着いていて、思慮深そうに見えた。これが世間に揉まれて苦労すると、王のような雰囲気になるのだろうなと奈月は思った。第二王子だけが、いつまでも子供のようだった。


 エリシア王女の姉は二人とも、すました顔で口を利こうとしなかった。エリシア王女がはしゃいで、自分のために作るティアラはこんなのが良いと言って、一生懸命王妃に相談している。王妃も楽しそうだ。

 

 姉たちもアクセサリーには興味を隠せないようで、目をあまり合わせようとしないくせに、


「それは全部ダイヤモンドですの? どんなカットをしているか見ても良いかしら」


 などと言って近づいてきた。


「ダイヤではなく、スワロフスキーというガラスです」


「ガラス・・・、あなたの国では、ガラスでさえそれほど美しくできるのね」


 王と同じセリフなのがおかしくて笑ってしまった。


「失礼ね。何を笑うの?」


「先ほど、陛下が全く同じことをおっしゃっていたので、親子だなと。失礼しました」


「あ、あら、そう」


 それ以上は咎められなかった。



 王家との懇談は三十分ほどだったのと、事前にエリシア殿下とガイウス殿下から家族の話を聞いていたので、さほど緊張せずに乗り切ることができた。



読んでいただき、ありがとうございました。

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