15.作戦会議(後半)
それからは、領主による村の大まかな構成の説明があり、外交のちょび髭氏からは配下が調べた神官の人数やオオカミの棲息地と頭数、行動などが報告された。
また、軍部のフェード・カット氏からは、オオカミの討伐依頼の際に聞いた被害内容が、数字と共に語られた。
「以上を踏まえて、村を救わなくてはなりません。まずは方針を決めたい」
現状の確認を終え、宰相が会議を進めた。
「その前に言っておきたいことがある」
賢者が進行を遮って手を挙げた。
「賢者様、どうぞ」
「この件に関しては、ほぼ政治と宗教の話になるので、巫女殿に期待するのは控えてほしい。
そして、ガルムが明らかにオオカミでなく魔物であった場合、巫女殿には浄化を頼むかもしれない。しかし、それによってマーナ教会やイアール国と揉め事が起きたとしても、巫女殿に責任を問うことはしてくれるな。
浄化の延長線上に国際問題が立ち上がっても、それはこれまでの国の在り方の結果であって、巫女殿のせいではない。そのことを明らかにしてから対策を話し合ってほしい。
もし万が一にでも、巫女殿に責任の一部を押し付ける気があるのなら、巫女殿はここから退出させる。そんな義理はないからだ」
賢者の言葉に皆、押し黙った。
「巫女殿、どうする?」
賢者は奈月に訊ねた。奈月は少し考えたが、別に考えるほどでもなかった。
「浄化しろと言われたら、断ります」
「え?」
という呟きは、誰のものだったのか。
「でも、浄化してくれと頼まれたら、やります。私の立場って、そういうものだと思っていますから。義務ではなく、善意で行っているのだと知っておいてほしいです。それから、頼まれなくても、やりたくなったらやります」
ホッとした空気が流れた。
「それに、責任とれって言われたら、即、トーチと共に帰りますから大丈夫ですよ、賢者様」
「はは、それもそうだな。帰れば済むことだった」
笑ったのは、賢者と奈月だけだった。
『便利に使われてやらないぞ』というアピールが効いたのか、会議に奈月の出番はないまま進んでいった。
問題となったのは、
①オオカミが魔物化しているかどうか。
数年前から急に家畜や人を襲い始めたのは、魔物化したからか、神官らがオオカミを調教して村を襲わせているのか、あるいは魔物化したオオカミを村に追い立てて襲わせたのか。
②イアール国に報告、あるいは抗議すべきか。
魔物化しているならルキディア国内のことだから浄化はするし、イアールに報告する必要はない。
ただし、マーナ教会の神官が、故意に村を襲わせていたり、魔物討伐を邪魔しているなら抗議すべき。
ただのオオカミだとしても、村を襲うオオカミの駆除を阻止していることは、国に抗議して良いのでは。
ここら辺りになると、外交のちょび髭氏と、軍部のフェード・カット氏の発言が多くなり、領主はひたすら祈るように話の流れを追っていた。
話を聞くだけの奈月も、興味本位で質問してみたいことができてソワソワしてきた。けれど、責任は持てないと言っておきながら、こんなことで会議を妨げるのもどうかと口をつぐんでいた。
それを目ざとく見つけた国王が、
「巫女殿、どうした、何か言いたいことがあるのか」
と、聞いてくれた。何もないと言うのも失礼かと思い、気になったことを話してみる。
「あの、ここって、私の世界とすごく似ているんです。太陽があって、月が痩せたり太ったりしながら巡っていて。そもそも人間である私と、ここの皆さんは、同じような身体で同じような生活を営んでいます」
「それだからここに呼ばれたとも言えるな。手が三本あるような世界の人間は選ばれなかったろう。類似点が多いのも不思議ではない」
と、賢者が言った。
「なので、もしかしたら同じ逸話もあるかなと思ったんです」
「逸話とは」
国王が先を促した。
「月とオオカミって神話や物語と相性が良いんです。オオカミが月を追いかける存在であったり、満月の光を浴びるとオオカミに変身する男がいたりします。
それで思ったんですけど、人間が、普通の動物を魔物に変えることはできるのでしょうか」
息を呑む気配がした。悍ましい発想だったのだろう。
「私の世界には魔法なんてものはありませんから絵空事ですけど、ここならもしかしたらと、ふと考えてしまったんです」
「つまり、巫女殿は、マーナ教の神官たちがオオカミを魔物にしたのでは、と?」
「あるいは神官自身がオオカミに、つまり神の使いになったのかも、と」
奈月の発言に、会議室が大きくざわめいた。
「ふむ、ありえない話ではないな。狂信者なら、神により近い存在になれるとでも言われれば、それに従うかもしれん。その後、人間の理性が残っている方が悲劇だがな」
と、賢者が言うと、
「確かにな」
と、国王も同意した。
「で、巫女殿、それを調べるにはどうしたら良いと思うか」
「トーチの炎を当てれば分かりますけど、それには近づかなくてはなりません」
「教会か森に行くか、村で待つかの二択か。出向くのは分が悪いし、待つのはいつになるか分からんな」
皆が俯きかけたところで、奈月が言った。
「私、行きますよ。賢者様、その教会に行ったことがありますか?」
「いや、ないな。絨毯で行くか」
「あ、いいですね、そうしましょう」
あっさり行く相談を始める二人に、軍部のフェード・カット氏が慌てた。
「待て待て待て、いきなり正面から行くのは無策過ぎないか」
「一般人が教会を訪れるだけですから、喧嘩を売りに来たと思われるのは心外です」
「一般人のつもりなのか? その形で」
フェード・カット氏の戸惑いをよそに、
「まあ、姿を偽って行く方が、後々まずいのではないか」
と、賢者も乗り気なので、そこは個人的な訪問ということで押し切って、国の対応は別に考えてもらうことにした。
「魔物が元はオオカミだったり、人間だったりしたら、それは一番に解決した方が良いと思うんです」
奈月の発言に、フェード・カット氏が続けた。
「オオカミか魔物かによってもその後の対応が違ってくる。二通りの対応を検討しておくか。そして、巫女殿と賢者殿の話を聞いてから実践に移そう。村には念のため、討伐部隊から数名を常駐させておくことにしよう」
それを聞いて、領主は安堵の表情を浮かべた。
話し合いはまだ続くようだったが、その後のことは国に任せて、奈月と賢者は会議室をあとにした。このまま村に向かうつもりだった。
「良かったのか、巫女殿」
「どの道、あのままでは先に進まないと思いました。国相手の諍いに発展する前に、村内の揉め事で治めてしまいましょう」
「治まれば良いがな」
「とりあえず、神の使いの正体を知りたいですね。賢者様はオオカミと、オオカミ型の魔物の区別がつきますか」
「一目見れば誰でも分かる。放つ気配がとんでもない。威圧されれば動けないこともある」
「それなら迷わなくてすむ分、やり易いですね」
賢者の転移で村の外れまで飛んで、そこからは浮遊する絨毯に乗った。
「わあ、下がむき出しの岩山じゃなくて緑なのがいいですね。遊覧旅行みたいです」
「もう着くぞ」
「早いですね。あの建物が教会ですか? イメージと違います」
奈月の想像する教会は、西洋の石造りの聖堂だった。だが、こんな森の中で、そんなご大層なものは作れない。手作りのログハウス風だ。
「マーナ教は、清貧を旨としているからな。このまま森の上も飛んでみよう」
「オオカミは群れで暮らしているんですよね。先ほどの話だと、十頭以上はいるということでしたが、見つけられるでしょうか」
「向こうからも見えるということだから、あまり近寄らないぞ」
上空から探すこと十分ほどで、その群れを見つけた。
「まん中にひと際大きな個体がいるな」
「あれがボスでしょうか」
「おそらくな。他は魔物かオオカミか判断がつかないな」
「どうします?」
「ひとまず戻って、教会を訪ねてみよう」
「魔物だったら先に浄化してはいけませんか」
「まあ、挨拶がてら情報を得よう。それに、オオカミの姿は、夜にもう一度確認したい」
「夜になると何か変わるんでしょうか」
「先ほどの巫女殿の話で思いついたのだ。あの大きな個体が、真に月の神の使いであるなら、夜にこそ本当の姿を見せるのではないかとな」
「オオカミが逆に人間に戻ったら怖いですね」
「折しも明日が満月だ。明日の晩、また来よう」
教会の少し手前で絨毯から降り、奈月と賢者はログハウス風の教会を訊ねた。
ノッカーを鳴らすと、中から黒い祭服の男が現れた。
目つきが悪い、というのが奈月の第一印象だった。
「何用です。ここはマーナ教徒のための教会。異教徒の訪問は歓迎しない」
愛想がないにもほどがあると奈月は思った。布教する気はないのかよ、とも。
「神の使いのことで話を聞きに来た」
賢者も無表情で訊ねる。
「ガルムのことは邪教徒のあなた方には関係のないこと。お引き取り願いたい」
異教徒から邪教徒にランクアップ(ダウンか?)した。
「同じマーナ教徒を喰い殺しているのに、それも関係ないのか」
「あの村の者は異端だ。神への感謝を拒み、イアール国から逃げ出した者たちなのだ」
『うわあ、追いかけてまで搾取してるのに、何言ってんだこいつ』
そう思ったことが顔に出ていたのか、神官は神経質そうに目を眇めて、
「こちらがルキディアの新たな邪教の巫女か」
と、言った。
『すごい、正々堂々喧嘩腰だ。忖度って言葉は絶対知らないと思う』
奈月は目の前にトーチをかざし、ぼわっとオレンジの炎を出した。
ゆらゆらと紫に揺れた。大した敵意はないようだ。
「これはまたずいぶんとご挨拶ですね。言葉もなく目の前に火をかざすとは」
「ええ、言葉が通じない方なのかと思いまして、聖火で試してみました」
神官の頬がピクリと動いた。
「いかがでしたか」
「魔物ではないようでした」
「それは良かった。ではどうぞお帰りください」
神官は扉を閉めようとした。
「ときに、イアールから来た神官の数と、帰った神官の数が合わないようだが、どこにいるのだろうな」
そう賢者が聞くと、神官の顔が強張った。
「我々は、常に布教に回ったり、神の使いであるガルムに捧げものを運んだりして、動き回っているのだ」
「領主から、定住の許可は得ていないようだが」
「短いサイクルで本国の者と交替をしている。ここには短期間いるだけだ」
「森のオオカミ数は、増えているようだが」
今度こそ神官の顔が大きく歪み、動揺を見せた。
「関係のない邪教徒とこれ以上話すことはない」
神官はすごい勢いで扉を閉めた。
「賢者様?」
奈月は閉まったドアを見つめたまま賢者を呼んだ。
「なんだ」
「神官の数が合わなくて、オオカミの数が増えたって・・・、そんな話、ありましたっけ」
「鎌をかけてみただけだ。簡単すぎて困惑したぞ」
「あああ、なるほど。だけど、とんでもないことを知ってしまいましたね」
「帰って報告しよう」
賢者と奈月は、宰相に報告した後、安心安全な村に戻った。
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