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宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので  作者: バラモンジン


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14.休養と作戦会議(前半)

 モンテヴェルデ領での浄化は、奈月をひどく疲れさせた。


 いくつかの場所を行き来し、知らない人たちと話し合いを繰り返し、最後に最悪な見た目のキマイラを相手にした。日本にいたらあり得ない濃い体験だ。


 これまで異世界転移で自分でも気づいていないほど疲れていたらしい。奈月は熱を出して一日寝込んだ。



 次の日には熱が下がったので、奈月は朝食後にお茶を飲みながら賢者と話をした。



「浄化の間の休養が一日というのは、さすがにハード過ぎたか」


 賢者も奈月のことを思いやれなかったと反省していた。


 浄化が遅れてすみませんと謝る奈月に、賢者は、


「いや、国の計画では三年を見ていたのだ。こんなに急ぐ必要はなかったな」


と言い、さらに数日休みを取ることを提案した。


「でも私、早く帰りたいです」


「そうか、そうだったな。早く陽一に会いたいよな」


「はい」


「なら、いっそもう帰るか? 巫女として十分な働きはしたぞ。ここで切り上げても文句は出まい。というか言わせない。陛下も相応の報酬をくれるはずだ。渋ったら俺がむしり取る」


「・・・」


 賢者の言葉に、奈月は迷った。


「それにな、最後に行くマーナ教の村は、正直言って魔物よりも宗教と政治の問題が大きい。巫女殿を巻き込むべきではないかもしれん」


「それでも、乗りかかった船なんですよね。途中で放り出すのも、日本に帰ってから後悔するというか、気になって忘れられそうにないです」


「真面目過ぎるのも厄介だな。気にするなと言っても無理か」


「はい。陽一さんも、ここで私が放り出して帰ったら、私にがっかりしそうです」


「だが、ここでのことは、話せないだろう?」


「そうなんですけど、こうありたい自分でいたいんです」


「ふうむ、そんなものなのか」


 賢者は、奈月の考え方を不思議に思うらしい。


「先代の巫女様は違いましたか」


「ははは、あれは自分の興味が第一だった。なんで魔法が使えるのか疑問に思い、使えなくても道具を使えば魔導陣を刻めると知った時は、もう夢中になっていたな。そのままこちらを終の棲家とするのかと思ったぞ」


「でも、日本に戻ったのですよね」


「ある日ストンと憑き物が落ちたように魔法への熱が冷めて、嘘のようにあっさり帰っていったわ。あの未完成のトーチを持って」


「界を渡ると完成するという仮説を証明するためでしょうか」


「それも一つの理由だろう。しかしな、やはり何か違うと感じたのだろう。この世界の中で自分が異物であると、本能的に悟ったのかもしれんし、単に飽きっぽい性格だったのかもしれん」


「異物ですか」


 奈月は考える。確かにそうだ。奈月はドレスが脱げない。リカちゃん人形でも着替えができるのに、お雛様みたいに体に貼り付いている。綺麗に飾られる祝福の象徴に過ぎないのか。奈月は、決してこの世界の住人にはなれない。帰ることが約束されているからだろうか。


「その巫女様は、着替えができたのですよね」


「話が飛んだな」


「私の中では繋がっていますけど」


「着替えはできたな。普段は好きなものを着ていたが、話した通り浄化の時には白い衣だった。コスプレ感覚と楽しんでおった」


 唐突な単語に奈月は驚いた。


「コスプレ感覚って言ったんですか、二百年前の巫女様が!?」


「そうだぞ、非日常を満喫する日本の伝統的な文化だと力説していたのだが、時代が異なると分からないか」


「いいえ、いいえ、そう変わらない時代だと思いますよ、その言葉」


「ほお、やはり時間の流れが違うのだな」


 賢者はあご髭を撫でながら、感心している。


「あの、急に心配になったんですけど、私を向こうに戻すとき、本当に正しい日付、時刻に戻せますか? 流れが違ったらズレませんか?」


「俺を疑っているな? 案ずるな、向こうから連れて来たトーチに任せておけ」


 賢者は、なあ? と言って奈月の横に置いてあるトーチに確認した。


 トーチは、ボフッとオレンジの炎を吐いた。


「お願いね、トーチ」

 

 奈月が頼むと、真鍮のトーチは一瞬ピカリと光った。




 奈月は午前中を、館の周りを散歩して過ごすことにした。退屈なのだ


「巫女さまー」


 目ざとく見つけた村の子供たちが駆け寄って来る。


「巫女さま、もう元気になった?」

「トーチでまものをやっつけた話を聞かせて」

「あ、巫女さま、ペンダントが一個ふえてる」

「きれい、見せて見せて」


 わいわいと囲まれて、奈月はこの世界で一人浮いた異物であるという気持ちがどこかに行ってしまったた。




 午後になると、さらに賑やかな人たちが奈月に会いにやって来た。


「巫女様、お加減はいかがですの。熱が下がったとは聞いていましたが、外を散歩できるほどなら安心ですわね」


 品の良い薄いブルーのデイドレスを着たレティシアだ。聞けば彼女は侯爵令嬢だという。ガイウス殿下と親しげなのは、魔術学園で競い合っているだけでなく、幼い頃からの知り合いだからだった。


「奈月様、我がモンテヴェルデ領のキマイラを浄化してくださったのですってね。感謝いたしますわ。これで王国民の食卓のパンも安泰ね」


 奈月の前に進み出たカミーラ・モンテヴェルデが、ツンと澄まして言った。


「パンが安泰って何だよ。パンは食べられて終わりだろ」


 ガイウス殿下が要らないヤジを飛ばした。


「殿下、カミーラ様が珍しく素直にお礼を言っているのですよ。茶化してはなりません」


 レティシアに注意された当の王子より、カミーラがそれに嚙みついた。


「レティシア様、珍しく素直にというのはどういうことかしら。領地を守ってくれたことに感謝するのは領主の娘として当然です。それに、隣の村に迷惑をかけていることも知りませんでしたから、助かりましたわ」


 カミーラも高飛車のようでいて、まともなご令嬢だった。


「それで休養の後は、どちらの浄化に向かうのかしら」


というレティシアの問いに、


「俺はどこへでもついて行くぞ」

 

と、ガイウス王子がやる気を漲らせた。


「次は殿下はまずいかもしれません」


「何でだよ、奈月。俺この間、結構活躍しただろう?」


「次はマーナ教の村です。背後にイアール国のマーナ教会が控えています。一国の王子が出ては大事になりかねません」


「あの、ガルムとかいう黒いオオカミか。人を襲って家畜を喰ってるんだろう? 明らかに害獣じゃねえか」


「下手に駆除すれば、こちらに因縁をつける口実を与えることになります」


「じゃあ、どうすんだよ」


「それを相談するために、これから賢者様と王宮に行きます。単純な浄化以外は、私の守備範囲外ですから。陛下の指示で動かないと、後で責任を問われても困ります」


「それは、そうか」


 ガイウス殿下はそう言って大人しくなった。



 それからしばらくは、三人でお茶を飲みながら、これまでの浄化の話をしたり、魔術学園のことを教えてもらったりして過ごした。




 王宮に行く約束の時間に賢者が現れたので、ガイウス王子たちも帰ることになり、一緒に転移門まで飛んだ。


「巫女殿と俺は、陛下の元に直接行く。今日は許可を得ているからな」


「俺はこいつらを屋敷まで送る。その後師匠のところに参加してもいいか?」


「俺は許可を出す立場にない。陛下に聞け」


「ちぇっ、それだとダメって言われるから聞いたのに」


 ガイウス王子は文句を言いながらも、第二ゲートから王都に転移していった。


 奈月と賢者は第一ゲートから、王宮の門の内側に転移した。そこからさらに、国王の執務室に飛んだ。




「来たぞ」


 執務室には、王と宰相、マーナ教の村がある地区の領主と、奈月が知らない顔が二人いた。


 知らない顔の人は自己紹介してくれたが、貴族なのだろう、名前がやたら長くて覚えにくかったので、奈月は、外交のちょび髭さんと、その髪型から軍部のフェード・カットおじ様と心の中に書き留めた。



 人数が増えたので、会議室に移動した。


 まず賢者が口火を切った。


「先日巫女殿と、姿を変えて村に行き、話を聞いた」


「どうであった」


 国王が問うた。


「俺は地方の伝承を集める若者のていで村人と接したのだが、かなり警戒された。本国イアールの者だと疑われていたようだ。

 近くに教会があるが、何か伝承を知らないかと聞いたら、マーナ教で古くから信じられている話をしてくれた。それなら、教義に反するわけでもなく、万が一俺が本国から送られてきた者であろうと、咎められないと思ったのだろう」


「その話の内容はどうであった?」


「素朴なものよ。マーナ教は、暗闇に光をもたらす月を神と崇める。月は闇を支配するから、黒き狼ガルムも、闇同様に月に支配されているというものだ」


「宗教的行事は何かあるのか」


「月は自らの光を与えることで闇を照らす、身を削るがために月は痩せてゆき、やがて消えて暗闇となる。そこで光を与え続けた月の神に感謝の祈りを捧げると、月はまた輝きを増し、満ちて微笑む。

 昔はただ、月が消えた晩に地面に跪き、月の神に祈りを捧げるだけだったらしい」


「なるほど、宗教家が次に考えそうなことが分かるな」


「だろう? ここから先は、村人の家に入れてもらって、魔法で姿を消していた巫女殿に登場してもらった。俺も元の姿に戻り、聖火の巫女殿を紹介して、マーナ教の現状を教えてもらった。

 かつて、捧げるのは心からの祈りだけだったのが、小麦や果物になり、やがて家畜や金になった。さらに、月の神は清貧を好むから、余分な富は差し出すように、という訳の分からない教えに変わったのだ」


 賢者の呆れた声に答えるように、そこの領主が話を続けた。


「それに嫌気がさして、イアール国から我が領地に移って来たのがあの村の始まりです。

 元々、南の国境に近いあの場所は、土目のせいか森の恵みも少なく、狼などの危険な動物がいたので、誰も住んでいませんでした。移動してきたイアールの民が住まわせてくれと言ってきた時、自分たちで開墾して正式に領民となるならという条件で許可を出しました。

 今住んでいる者たちは、三代目か四代目になるでしょうか。領民となったので、税としてきちんと作物を納めてきます。慎ましく、敬虔な者ばかりなのです」


「村の様子が変わったのはいつからだ?」


 賢者が聞いた。


「五年ほど前になるでしょうか、村にマーナ教の教会が建ちました。本国の教会から神官が派遣され、そこで信者に貢ぎ物を要求するようになりました。それから逃れてイアール国を出て来たのに、また搾取が始まりました」


「すると、神官はイアール国の者か?」


「そうです。定住するわけではなく、神事を行うために交替で赴任しているだけだと主張するので、不法滞在とも言いづらいのです」


「神事という名の金集めか」


 国王が吐き捨てた。


「それだけならまだしも、本国では、月の神への捧げものとして、若き乙女を差し出せと言っているようなのです。ここの村でもそれを恐れています。

 おまけに黒いオオカミが、家畜や村人を襲うようになりました。神官に訴えると、ガルムは神の使いだから、人を殺すのも神の意思だと言って、死者に簡単な祈りを捧げるだけなのです」


「そんな馬鹿な話があるか!」


 それまで黙って聞いていた軍部のフェード・カット氏がテーブルを叩いた。


「これまでも、あの神官たちは、自分たちで魔を払うから、邪教に汚れたルキディアの手は借りないなどと言って俺たちを追い払ったくせに、ただ民を見捨てていただけではないか」


「邪教とは、先代の聖火の巫女のことだな。そう罵られたことがある」


 賢者が遠い目をしながら言った。


「マーナ教とは、すべてがそうなのか?」


 国王が外交のちょび髭氏に聞いた。


「いえ、マーナ教はイアール国の国教ですが、正式に国を訪れた時には、それほど凝り固まった狂信的な感じは受けません。数か国が集まっての会議の場では、むしろ他国の宗教に配慮を見せる方だと思います」


「ならば、国を挙げて我が国に侵攻しようというのではなく、教会の一部の独走か」


「あいつらは村人がマーナ教徒だと言うことで、この土地をイアールのものだと主張したいのです。言うことを聞かない村人は全員殺して、イアールから信徒を連れて来ることくらいするかもしれません」


 領主の肩が怒りで震えている。


「神の使いを盾にするのか。それが教会のやることか」


 フェード・カット氏は怒りが治まらない。そしてそれは、皆も同じだった。



読んでいただき、ありがとうございました。

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