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宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので  作者: バラモンジン


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13.浄化(4)

清々しく晴れた翌朝、奈月と賢者の元に、暑苦しい二人がやって来た


 ガイウス殿下は、今日も奈月の背中のトーチを眩し気に見ている。


 レティシア・ロッシは、貴族令嬢のドレスとは打って変わって、動きやすいパンツスタイルだ。それでもどこか気品がある。


 レティシアは、一度自分を見下ろした後で、


「巫女様、あなたはなぜ、そんなきらびやかな格好なのかしら。それとも、それが聖火の巫女としての正式な戦闘衣装ですの?」


と、奈月に聞いた。


「そうです。聖火の巫女の戦闘服です」


 奈月は堂々と言い切った。本来はもちろんウェディングドレスなのだが、こちらの世界では、もっぱらこれの思い出に浸って戦っているので、もう戦闘服ということにする。だいいち着替えられないのだ。その仕組みは、賢者は何となく分かっているらしいのだが、教えてもらっていない。


「私が聖火の巫女を継いだ時も、白いドレスにしようかしら。ティアラも要るわね」


 などというレティシアに、


「場違いなやつと思われて平気なら止めませんけど」


と、悲しい現実を教えておく。




 それから賢者の転移で、四人一緒に村に飛んだ。


 賢者は村長の家に着いてから、今日の計画をガイウス王子とレティシアに話した。


「え、俺とレティシアだけが魔物退治なのか」


「村の者たちが案内してくれる。ただし、彼らに本格的な戦闘の経験はないから、現地に着いたら、弟子たちが戦うのだぞ。魔術学園で実習を積んだろう? 卒業試験だと思え」


「えええ、ということは、また俺、奈月のトーチが燃え盛るのを見れないのかよ」


「殿下と私で大丈夫かしら」


「おい、レティシア、俺を誰だと思ってやがる。賢者の弟子だぞ。俺の魔力量なめんなよ」


「学園の試験では、私の方が上ですわ」


「あんなちっこい的に当てるようなせこい試験は、実践には効かねえ」


「正確性は大事ですわ」


「でっかくぶっ飛ばせばいいだろう」


「そうやって試験会場ごと吹き飛ばすから怒られるのです」



 賑やかにやり合う二人を置いて、奈月と賢者はモンテヴェルデ領に飛んだ。




 騎士団の詰め所に行くと、ざわめきが起こった。


「大賢者様だよな、あのあご髭」

「ということは、一緒にいるのは、聖火の巫女様か」

「何でドレス?」

「巫女装束? にしてはキラキラしすぎじゃねえ?」


『ええ、ええ、分かっていますとも。浮いていますよね? ですが、そこは是非スルーしてくださいませ』


 奈月は、本日二度目の "場違い" という指摘を感じ取り、少しへこんだ。気持ち、賢者の後ろに隠れる。


「魔導院顧問のセレノスだ。こちらは聖火の巫女である奈月殿だ。騎士団長にお目にかかりたい。どちらにおられるか」


「面会のお約束はありますでしょうか」


「騎士団への用事にそんなまどろっこしいものがいるか。急ぎだ。陛下の書も持っておるぞ」


「し、失礼しました。団長室にご案内いたします」


 陛下、という言葉に泡を食って、一人の騎士が先に立って詰め所を出た。奈月と賢者はそれに従う。



 団長室に団長は不在で、副団長が椅子に座って書類と向き合っていた。


 賢者は挨拶もそこそこに、過去一年分の魔物討伐の日報を見せてくれと、いきなり切り出した。


「なぜですか。急にそのようなことを言われても困ります」


「行き当たりばったりに間引いているから、きちんとした魔物退治の記録がないのか?」


 挑発的に賢者が聞けば、副団長はムッとして、


「領主様に見せるものですから、ちゃんと記していますよ。給与に影響しますし。団長が書いた穴だらけの日報だって係が不足情報を補っているので、抜けはないはずです」


と、答えた。これで、きちんとした記録があるという言質は取った。


「なに、先日の巫女殿の歓迎パーティでな、こちらのカミーラ・モンテヴェルデ嬢から、昨今、西の国境付近に魔物の出没が多い、魔を払うならうちを優先すべきだろうと言われたのだ」


「え、お嬢様がですか?」


「というわけで、どれだけ増えたのか知りたい。見せてくれ」


「私の一存では・・・」


 副団長が渋りだしたので、国王から情報開示を要求することを許可する旨の書を掲げた。


 副団長は、背後の棚に雑に並べられた冊子の中から、二冊を抜き出して賢者に手渡した。


「これが魔物討伐の記録です。通常の日報には、どこに何人討伐に行ったかを書くくらいで、詳細な討伐内容はこちらの別冊に記入するようにしています。後日討伐の参考にしやすいようにです」


 賢者は、頭の中にある隣村の記憶と比較しながら、必要なところを紙に転写していった。その間、奈月は副団長に話を振ってみた。


「こちらでは日頃から魔物を間引いていると聞きました。出現数が増えたと感じたのはいつ頃からですか」


「ここ二、三年でしょうか。数だけでなく、強くなっているように感じます」


「魔物も全て駆逐するわけではないのでしょう?」


「はい。素材となり、食用となるのですから、狩り尽くしたりはしません」


「逃げていく魔物は後追いしないのですね」


「そうです。領民の耕作地や家畜を飼っているところまで来ないように按配します」


「加減が難しくありませんか」


「今の団長は剛毅な方なので、間引いた後、最後に一発大きな魔法で威嚇をすれば、ヤツらはあらゆる方向に必死に逃げて行きますよ。殺すつもりのない空砲ですが」


 なるほど、故意に隣村に追いやっているのではなく、無遠慮な魔法で蹴散らすから、魔物たちとて死に物狂いで逃げ出すのだ。

 

 だが、魔物が増えているのは事実らしいので、その源は確認しなくてはならないだろうと奈月は思った。



 ◇   ◇   



 森の中ほどでレティシアが大声を出した。


「ちょっと、学園を休んでまで来たのに、なぜ私がガイウス殿下と一緒に、魔物に立ち向かっているのよ」


 魔物を鋭い炎の槍で屠りながら、レティシアが文句を言うと、


「知るか。野外授業だと思うしかねえ」


 王子も魔物を数頭まとめて空中に飛ばし、地面に叩きつけた。


「なんでこんなにいるのよっ」


 ジュワッ!


「終わりが見えねえ。ボスとかを倒さねえうちは生まれ続ける、とか言わねえよな」


 バフッ!


 不満を言いながらも軽快にに魔物を倒し続ける二人を、案内してきた村人たちは呆気に取られて見ていた。


「いやあ、たまげた」


「このキレイな坊ちゃん嬢ちゃんを置いて、巫女様と賢者様は隣のモンテヴェルデ領に行くと聞いた時には、どうなるかと思ったが、なあ?」


「ああ、とんでもなく強いな」


 この村がある領には、隣のように騎士団がないので、村に出た魔物は自分たちで鎌だの鍬だのを持ってやっつけるしかなかった。それでも困らなかったのは、もともとそれほど魔物が出ない地域のせいだった。


 それがここニ、三年、目に見えて数が増えてきた。村の人たちは訳も分からず混乱していたのだ。




 ガイウス王子たちがようやく魔物を片付け終えた頃、村人たちの前に奈月と賢者が現れた。


「賢者様、巫女様、おかえりなさい」


「師匠! おせーよ、これなら奈月のために数頭残しておけば良かった」


 ガイウス王子が近づいて来て言った。


「私も戦うところを見てアドバイスがほしかったです」


 レティシアも控えめに主張する。


「二人とも思ったより早く片付けたな。よくやった」


 賢者が褒めると、二人は不満も忘れて笑顔になった。


「午後は、ここの領主をつれてモンテヴェルデ領に行ってくる。やはり、あちらで間引いた時に蹴散らした魔物が、川を越えてこちらに逃げ込んでいたようだ。その時対処に当たった者数人にも一緒に来てほしい」


 ということで、一度村に戻り、待機していた領主を交えて話をした。


 奈月と王子とレティシアも、出された昼食を食べながら、その話し合いを聞いていた。



「この村に出た魔物の種類と日付が、完全に向こうの記録と一致しておったわ」


 賢者の言葉に、村人は憤った。


「くそう、あいつらのせいなのか。うちにはろくな武器もないから農具で戦っていたのに、本来やらなくていい戦いだったんだな」


「怪我したやつだって何人もいたろう? 補償してもらえるのか?」


「領の堺になってる川も狭いけど、なぜかあれを越えて魔物が来ることはないって子供の頃から聞かされてたから不思議だったんだよな」


「ばかでかい魔法の空砲に怯えて川を越えて来てたとはな。それが森に棲みついていたのを、今日そこにいる弟子の方たちが退治してくれたんだよな」


「でもこれで、今まで通り安心して暮らせるだろうな。領主様、しっかり釘を刺してきてくださいよ」


「分かった。俺一人であの偉そうな伯爵様に物申すのは気後れしそうだが、賢者様と巫女様が一緒にいてくださるなら心強い。ちゃんと話し合ってくるぞ」




 というわけで、昼食後、賢者と奈月、領主と村人代表三名、ついでにガイウス王子とレティシアという総勢八名で、モンテヴェルデ領に向かった。


 話し合いの場は、騎士団の会議室だ。


 向こうの会議出席者は、領主と事務方数名、騎士団長と副団長、騎士二人である。



 話はすでに賢者と向こうの領主の間でおよその妥協点は見い出してあるので、ここからはその確認だ。最後は村人が感情的に納得できれば、丸く収まるだろう。騎士団側も悪意を持ってやったわけではないのだ。


「この度は、うちの魔物退治の余波でだいぶ迷惑をかけてすまなかった。補償については、そちらに行ってしまったために退治した魔物の数から算出した額で納得していただきたい」


 モンテヴェルデ伯爵も、原因を作った騎士団長も、真摯な態度で申し出てきた。それに応じて具体的に話し合い、村人もそれならば、というところに落ち着いた。



「今後についてはどうするつもりだ」


 賢者が次の段階に話を進めた。


 村人たちには切実な問題で、大いに気になるところだ。見守る奈月たちも同様である。


「これからは間引き討伐の最後に空砲を打つのを止める」


 騎士団長が神妙に申し出た。


「無理です」


 即座に騎士たちが反応した。


「団長に我慢ができるはずないじゃないですか。絶対、ぶっ放しますよ」

「そうです、戦いとなると、我を忘れるでしょう?」


 どうやら信用がなさそうである。


「賢者様、何か魔物が川を越えないような策はありませんかな」


 モンテヴェルデ伯爵に意見を求められ、賢者は奈月にも話を振って来た。


「巫女殿、どうだ?」


 急に言われて奈月も困った。すっかり油断して気を抜いていたのがバレたのだろうか。


「獣除けとしては、鉄条網か電気柵くらいしか思い浮かびませんが、魔物には効かないでしょうね」


「人間の行き来ができなくなるしな」


「賢者様、魔物が入り込んでくるところって、領の境界である数キロの話なんですよね」


「そうだな、以前は川を越えては来なかった」


「だったら、魔物を跳ね返す塀を出現させる魔導陣を、何かに刻んで置くことはできませんか。川沿いに点々と置いて、間引き討伐の日だけ稼働させるのは。そんな魔導陣があるか分かりませんが」


「恒常的に作動させるのでなければ、できないこともないな。出現する魔物は数種類で特徴も分かっている。作ってみるか」


 賢者がそれを請け負うことになった。


「それまでは、騎士団で責任をもって団長を抑えるか、川沿いに待機して追い払え」


 そんなところが落としどころとなって、話し合いは決着をみた。




 会議室がホッと落ち着いた空気になったところで、賢者が言った。


「では、これから国境付近まで行って、様子を見て来るか」


 すっかり片がついたと思っていた面々は驚いたが、


「そうですね。魔物が増えたという根本的な状況は解決していませんものね。行きましょう」


と、奈月が賛同したので、ガイウス王子もレティシアも一緒に行くと言い出した。となると、自領を勝手に動き回られるわけにはいかないので、騎士団長も同行することになった。


「待ってください、団長。今からだと野営の準備もしなくてはいけませんし、すぐには出られませんよ」


 副団長が焦りだしたが、


「転移で飛ぶからすぐだぞ。俺たちは四人、モンテヴェルデからは数人、行くやつを決めてくれ」


という賢者の言葉で、団長ほか二名が行くことになった。





 国境近くに飛んだ賢者たちは、まず周りの空気が重いと感じた。


「巫女殿、トーチを」


 奈月がトーチを灯すと、オレンジ色の炎が青く変わった。


 目を輝かせ、これが見たかったんだと叫ぶガイウス王子に、そういう場面じゃないから黙りなさいとレティシアが諭した。冷静で何よりだと奈月は思った。


「団長、間引き討伐には、ここまで来るか?」


「いえ、もっと耕作地に近いところ中心です。あくまで間引きですから」


「では、この辺りは何がいるか分からないのだな」


 賢者がそう確認した時、奈月の背筋におぞ気が走った。


 誰もがそれを感じたらしい。絶対的な強者に感じる恐怖、この世にあらざる物に対する畏怖。逆らってはいけない圧倒的な何かに、身体が縛りつけられているみたいだ。


 目の前が暗くなる。抗えない。動けない。


「吞まれるな、幻覚だ!」


 賢者の声に、奈月は我に返った。


 手に持ったトーチは、青白く燃え盛っている。


 奈月は一瞬、何もかも忘れそうになったのに、トーチが奈月の幸せを甦らせてくれた。


 友人たちの祝福の声を思い出す。

 両親の寂しそうな笑顔さえ愛おしい。

 思い出せ。

 陽一が嵌めてくれた指輪が、今、奈月の薬指でかがやいていることを。


 ごぉぉぉぉおおお、という音を立て、トーチの炎は奈月を庇う盾のように広がった。


「おお、すげえ」


というガイウス王子のお気楽な声が聞こえた。大丈夫、落ち着いてきた。


「巫女殿、右斜めにいる!」


 見つけた魔物は、いくつもの生き物をでたらめに刻んで、手当たり次第に繋げたようなグロテスクななりをしていた。動物も虫も何もかもが混ざっている。


「いやあああ、何これ、戦いたくないいいい」


 奈月は腰が引けていた。だって、近づきたくない。


「巫女殿、落ち着いてトーチを、いや、落ち着かなくていいからトーチで十字を切れ、見たくなかったら早く消し去れ!」


 賢者の言葉にすがり、言われた通りにトーチを振るうこと体感二十分、実質は二分にも満たなかったと冷静な自分が分析する。


 気付くと、ありえない姿のキマイラが消えていた。



 辺りの空気は澄んだ森の匂いがした。


「ご苦労、巫女殿」


 賢者が奈月を労った。


 初めて奈月のトーチによる浄化を見たガイウス王子もいそいそと奈月の元にやって来た。


「奈月、すげえな、そのトーチ。戦い方は思ってたのと違ったけど、あのごついキマイラを消せるのはやっぱ巫女しか無理だって思ったわ」


 褒め方が微妙だった。


「あれが、聖火の巫女・・・。凄いんだけど、強いんだけど、私が目指してるものと違うかもしれない」


 レティシアの感想もまた微妙だった。


「ごめんね、スマートじゃなくて。だって向こうの世界では、殺すのはせいぜい蚊くらいだもの。戦いには慣れてないのよ」


 思わず奈月は謝った。謝りながら、我ながら日本人だと思った。早く日本に帰りたい。


 するとそこに、騎士団長がやってきて、


「何を言うか、結果が大事だ。キマイラを倒した自分を誇れ。素晴らしかったぞ、巫女様。そして、我が領を代表して礼を言う。ありがとう」


 真っ当な褒め方をしてくれて、奈月はやっと気分が浮上したのだった。




読んでいただき、ありがとうございました。

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