12.浄化の合間に
「で、どうしてあなた様までいらっしゃるのですか」
奈月は昨日、三回目の浄化を終えたので、今日は休養日だ。
その休養日に、王都から二人の客人が奈月を訪ねて来た。
一人はガイウス王子。もう一人は、王宮のパーティで会った、自称『いずれ聖火の巫女を継ぐ女』レティシア・ロッシだ。
「私は今日、休養日なんです。あなた様方のお相手はできません」
「どうしてよ。魔物退治の仲間でしょう?」
レティシアが面倒くさいことを言い出した。
こういうことは曖昧にせず、早めにきっぱり断るのが良いと、いつも陽一に言われていたことを思い出し、奈月は王国の魔物討伐隊とは袂を分かったこと、賢者と二人だけで組む方が効率的であることを告げた。だからお引き取りくださいと。
「おかしいじゃない、昨日はガイウス殿下の力を借りたのでしょう? 私だって賢者様に期待されているんだし、本当の聖火の巫女になるために頑張るって決めたのよ」
「ならそれは賢者様に言ってほしいです。そしてそれは、私の休養日を邪魔する理由にはなりませんよね」
「まあっ、私はあなたをお友だちだと思っているのよ」
さらに面倒くさいことを言い出した。
「押しかけて来たお貴族様のお相手は、私にとっては接待という名の仕事です。浄化のお手伝いとおっしゃるのなら、浄化の日にいらしてください。たぶん、明日なら、レティシア様は活躍できると思いますよ」
「あら、あらまあ、そうかしら」
レティシアは、ポッと頬を染め、じゃあ、明日にするわね、とガイウス王子を引っ張ってあっさり帰って行った。案外単純なので助かるが、あの王子を有無を言わさず連れ帰れるのはさすがだと思った。
奈月は若干、後ろめたさを感じたが、明日はモンテヴェルデ領の騎士団に抜き打ち調査に行くのだ。そのことを事前に、カミーラ・モンテヴェルデの親しい友人であるレティシアに知られるわけにはいかない。どこでどう話が漏れるか分からないからだ。
それに明日なら、奈月と賢者がモンテヴェルデ領に行っている間に、被害にあっている隣村の魔物を、ガイウス王子とレティシアで退治してもらえればありがたい。
モンテヴェルデ領の騎士団に書類開示を求める許可書は、今日の午後、賢者がもらいに行くことになっている。ついでに、これまでの三件の浄化についても、国王に報告してくるようだ。
さて、せっかくの休養日だ、何をしようかと奈月は考えた。
日本のような娯楽はないし、友だちもいない、おしゃれなカフェもない。
ならいっそ、明日からの浄化のこともあるし、この国のことをもっと知っていても良いかもしれない。そう思った奈月が村長に相談すると、仕事部屋に本があるからそれを貸してくれるという。
奈月は、この国や村について書いてありそうな数冊を借りて、あてがわれた部屋でゆっくり読むことにした。文字も翻訳されて見えるのが幸いだった。
それにしても、この村長の館はずいぶん立派だと奈月は思う。
浄化でほかの村を三つ訪れたが、どの村長の家もこれほどではなかった。この屋敷には、客間がいくつもあるし、領地の若様も気軽に訪れてくる。
そう言えば村長は、奈月が最初に飛竜を浄化した時に、近くの村まで来ていた賢者を呼び寄せたりしていた。中々の実力者なのかもしれない。
本を大雑把に読み流して分かったことは、ここがルキディア王国で、大陸ではそこそこの広さを占め、辺境に現れる魔物以外は大きな事変もない、概ね平和な国ということだ。
魔物にしても、討伐すれば各部位は素材として使えるし、肉を食べられる物もいるので、すべてを駆除して絶滅させることはしない。
ただ、二百年前のように、魔の気配が濃厚になりすぎて魔物が人間の生活に広く脅威を与えるようになれば、国を挙げて立ち向かうか、巫女を召喚して魔を払わなくてはならない。
宗教に関しては、特定の神を崇拝している者は少なく、高山や年月を経た大木といった自然の造形に対して、漠然と畏れ敬うくらいである。
唯一例外なのがマーナ教で、今回浄化を頼まれた村を含む、国の東南地域に信者が多くいる。マーナ教は、月を神と崇める宗教で、ルキディア王国の南に位置するイアール国で生まれた。黒いオオカミのガルムは、月の神の使いだという。
「宗教の本拠地がイアール国っていうのが、話をややこしくするのかなあ」
さらに奈月は、先日ガイウス王子から急場しのぎで国内貴族について教わったが、より詳しい一覧を見た。主要な貴族の相関図もあった。
それで分かったのだが、ここの村長はなんと領主様の弟で、村長の娘の所に婿入りしてきたようだ。どうりで領主の若様と距離感が近いわけだ。叔父と甥だったのだ。
そんな発見が色々あった。
こんなふうに、奈月は休養日をゆったりと過ごしたのだった。
◆ ◆ ◆
賢者が前触れもなく国王の御前に姿を現すと、
「大賢者様、いつも申し上げておりますが、いきなりここに、というのは止めていただきたい」
いつも通り宰相が苦言を呈した。
「それには数々の手順を踏まねばならないだろう?」
「それが人の理です」
「俺はもう人の理を抜け出てしまったのよ」
賢者は悪びれもせずに言った。
「まあ、良い。話が早くて助かることもある」
国王がこう言えば、宰相は黙るしかない。
「それで、聖火の巫女殿はどうしておる」
「ガイウス殿下から聞いておられませんかな。すでに三か所の浄化を済ませましたぞ。昨日は殿下の手も借りましたが」
「あいつの話は脚色が多くて分かりづらい。賢者殿から簡潔に報告してくれ」
そう言われて賢者は、鳥型の魔物、湖の底に棲む異形、坑道の奥の魔物を浄化したことを報告をした。
「それらはいずれも自然発生したものと思うか」
国王は他国の関与を疑っている。
「いずれも他国が関わった形跡はありませんな」
「なら、良い」
「おそらく二百年前と同じで、この世の光と闇のバランスが崩れただけだと思う。巫女殿が持っているのは、かつて俺と先代の聖火の巫女とでこしらえた魔術陣入りのトーチだ。それに導かれてきたのだから、そうであろう」
「なるほどな」
「ただ、背後にイアール国が控えているマーナ教は厄介だ。今回最後に行くつもりだが、これまでのようなぬるい対応では埒が明かない。数日後に対応を相談しに巫女殿と来るから、国としても立場を明確にしてほしい」
「うむ、監視はしておるのだ。状況を鑑みて検討しよう」
と言って、王は頷いた。
「それとな」
賢者が話を続けた。宰相は、あれで話は終わりだと思ったので、時計を見ながらイラつき始めた。もちろん口は挟まないが。
「まだあるのか」
「明日、モンテヴェルデ領に行って、騎士団の魔物討伐記録を見せてもらうつもりだ。ついては、陛下の許可書がほしい」
「なぜだ、敵対しているわけでもないだろう? そもそも何を調べるのだ」
「隣の領主から浄化の依頼を受けた。話を聞いたが、あれはモンテヴェルデで討伐しそこなった魔物が、隣の領に大量に流れて来たのだろう。その事実を突きつけてこれまでの被害の補償をさせ、今後のことを領主同士で話し合わせたい」
「騎士団の記録を隠されたり、改竄させないようにか」
「左様。それを持って俺と巫女殿で行けば、領主とて断れまい。そしてその間に隣村の魔物退治の方を、ガイウス殿下と、まだ魔術学園の学生だが優秀なレティシア・ロッシ嬢に頼みたい。連れて行って良いか」
「ガイウスは構わんぞ。レティシア嬢は、父親が良いと言えばな」
「言わなくても来そうだ。今朝、巫女殿の所に二人してやって来たぞ。本人たちは行くつもりだ」
「分かった。ロッシ伯爵には俺から伝えておこう」
こうして賢者は国王との話し合いを終え、ついでに魔物討伐隊の本部に寄って、留守番組から進捗状況を聞くことにした。
「よう、調子はどうだ」
賢者が顔を出すと、二人いた隊員は一瞬呆けたが、すぐに気を取り直し、討伐隊の現状を説明した。
地図を見せながらの説明に賢者は、
「ほお、表と裏ルートに分かれたか。しかも、当初の計画よりだいぶ早いな。三年計画を一年にまで縮めるつもりか」
「はい、賢者様と巫女様が、我々の手に負えないところを浄化してくださるので、それ以外は部隊長の手にかかれば簡単なことです」
「裏からのルートはどうだ」
「はい、副隊長は賢い方ですし、人を動かすのに長けていますので、万事遺漏なく進んでいるとの報告が入っています」
「そうか、順調そうで何よりだ。困ったことがあれば知らせるがいい。魔術院経由かガイウス殿下経由でな」
「で、殿下ですか」
「うむ、喜々としてやって来るだろうから、一番話が早いぞ」
「そのように心に留めておきます」
賢者が詰め所を出ると、師匠、と呼び止められた。ガイウス王子だ。
「いいところで会えた。明日、行くからな。ところで、昨日のコレ、どうしたらいいんだ」
そう言って王子が差し出したのは、白い膜に包まれた紡錘形のものだった。
「これか、忘れておったわ」
「いや、これって、魔を固めた結晶なんだろう? 忘れ去るか、普通」
「あの魔物を浄化した時点で、これはただの残骸だ。中身は、ほぼ硫黄だろう」
「じゃあ、出してもいいのか」
「待て、圧縮してあるのを忘れたか。袋から出せばお前の頭くらいの大きさになるぞ。俺が預かる」
「どうするんだ? 広い所で巫女に焚き上げてもらうか」
「あほう、有毒ガスが大量に発生するわ」
「じゃあ、火山の噴火口に捨てるか」
「なぜ派手に燃やしたがる。そんな危険を冒さずとも、有効活用できるぞ」
「そうなのか。俺まだ奈月のトーチが活躍するの見てないんだよ。だから見たい! 明日こそ見られるんだろう? 楽しみにしてるからな」
「んー、どうだかな」
「何だよ、とにかく明日レティシアと行くからな。先に行かずに待っててくれよ、師匠!」
ガイウス王子はそう言い捨てて、意気揚々と去っていったが、賢者は、明日は騎士団に行く賢者たちと、魔物退治に行く王子たちとは別々に行動することを言いそびれた。
「まあ、時間が余れば魔物討伐に俺たちも参加すればいいか」
そんなことを呟いて、賢者は村に帰った。
受け取った硫黄は、村への良い土産となるだろう。
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