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宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので  作者: バラモンジン


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10.浄化(2)

 翌日、奈月は大いに寝過ごした。


 村長の屋敷で寝かせてもらっているのだが、だれも起こしに来ないので、気付いたら朝と呼べる時間はとっくに過ぎていた。


「わああ、寝坊した。どうしよう、賢者様待たせてるかな」


 奈月は大慌てで部屋から出て、顔だけ洗って賢者を探した。


 賢者は出かけたというので奈月も表に出ると、ちょうど村長とどこかから帰ってきたところだった。


 奈月は寝過ごしたことを謝ったが、賢者は鷹揚に笑って言った。


「なに、疲れていたから当たり前だ。誰も消せなかった魔を払ったのだぞ。おまけに長いこと絨毯で空を飛んだろう? 乗り物に揺られているのは、存外体力を使うものだ。まして落ちないように緊張し続けていたろうし、子供たちのことも見守ってくれてただろう。今日は、丸一日休養だ」


 それより朝ごはんをどうぞ、と村長に言われて、奈月は素直に従った。


 奈月が食事をする間、賢者と村長も食堂で茶を飲んでいた。


「賢者様たちは、どちらに行っていたんですか」

 

 奈月が訊ねると、村長が例の飛竜の出た森だと言って、今の様子を教えてくれた。


「焼けた森はな、まず焼け焦げた木を全部片付けるところから始めなくてはならん。放置すると病害虫が繁殖するからな。ワシらだけではどれだけかかったか分からんが、賢者様が力を貸してくださって、だいぶ捗った」


「それをどけたら植樹するんですか」


「いや、そう急がんで良い。火災の熱で芽が出る種子もあるからな。ここに昔から生きていた森にするなら、焦らず、ゆっくりだ。植樹は様子を見ながらだな」


「そうなんですね。ゼロから始めるなら、きれいな花が咲いたり、食べられるものが生ったりすれば良いかと思ったけど、そういうわけでもないんですね」


「巫女様はそういうのが好みか。じゃあ、記念に一本、巫女様の好きな木を植えるか?」


「いえいえいえ、そういうのって伝説になって、尾ひれが付いて、知らない私ができ上がりそうだから、申し訳ないけどいらないです。今回知り合ったみんなが覚えていてくれたら十分です」

 

 奈月を両手を振りながら、謹んでお断りした。



 午後は、村の中を一人で散歩することにした。

 村長の館が見える範囲にいるように言われたので、館を中心に円を描くように歩く。


 奈月は行く先々で声をかけられた。


「巫女様、散歩かい」

「今日はどこにも行かないのかい」

「巫女さま、どこ行くのー」


 途中から村の子供たちがついて来て、ゾロゾロとした集団になった。


「ねえねえ、昨日のお話きかせて?」

「おれも、聞きたい」

「マモノ、どんなだった?」


 奈月は歩きながら、昨日の四枚の翼の魔物の話をしたり、せがまれてまたパーティの話をしたり、元の世界の衣装の話をしたりした。


 大きくグルっと一周する頃には、子供たちも満足して家に帰っていった。


 平和だなあ、としみじみ思える一日だった。



 ◇   ◇   



 翌日。


 奈月と賢者は、あの美しく死んだような湖の村に向かった。


 着いた途端、目にした半透明のドームは、相変わらずしっかりと湖を覆っていて、何者の出入りも許さないというように居座っていた。


「巫女殿、トーチの炎で辺りの空気をなぞってくれないか」


 奈月は言われた通り、トーチを灯し、足元の草地からあちらこちらへとトーチを揺らした。ドームに近づけても、炎はオレンジ色のままだった。


「青くなりませんね」


「よし、魔物も湖の水も、ドームの中に閉じ込められたままだな」


「あれ?」


 奈月は、あることに気付いた。


「今さらですけど、この湖って、流入してくる川や、出て行く川はないんですか?」


内陸湖ないりくこだから、水の出入りはないな。だからドームで完全に遮断できたのだ」


「中の魔物は、閉じ込められてストレスが溜まってないでしょうか。開けた途端に暴れ出したら怖いですね」


「いっそ水中から出てきてくれた方がやり易いな。水の底ではどうにもならん。だがまず、魔物の正体のヒントになることはないか、村の人たち聞きに行こう」



 奈月と賢者は村に行き、古くからここに住んでいるお年寄りを集めてもらって、話を聞いた。


「ワシが子供の頃は、普通の湖だったな。親父と魚を釣りに行ったり、夏は水遊びをしとった」


「マスやコイがいたし、冬はワカサギを氷の穴から釣ったよな」


「浅い所もあったから、私ら女子供でもなんの心配もなく遊んでいたよ。湖だから波にさらわれる危険もないし」


 奈月が知る今の死んだような湖とは大違いだった。


「魚もいたんですね。じゃあ、鳥や動物もいましたか」


「いたよ。鳥の声で季節を感じたし、リスなんかしょっちゅうチョロチョロしてるのを見かけたな」


 奈月の問いに、しばらく楽しそうな思い出話が続いた。



「そう言えば、”形流かたながし”って、覚えてるか」


 一人のお婆さんが皆に聞いた。


「ああ、子供の頃やった覚えがあるぞ」


「旅商人が伝えたやつだな」


「俺も小さい時は病気がちだったから、お袋が願をかけてやってたわ」


「何ですか、その ”形流し”って」


 奈月が聞いた。


「木の板や、皮なんかで人の形を作ってな、それに身体の悪い所を持ち去ってもらうよう願をかけて、湖に流すんだ」


「新月の晩だから、真っ暗で怖かったな」


人形ひとがたに身代わりになってもらうんですね」


「そうだ。巫女様のとこにも、そういうのがあるかい?」


「”流し雛”っていうのがありました。人の形をした紙に厄災を移して川に流すんです。同じ発想ですね」


「今もやってるのかい」


「残っている地域もありますけど、今は形を変えていて、綺麗なお人形を飾って健やかな成長を祝うって感じです」


「ここは、湖があんなになっちまったから、その風習も途絶えたな」


「そもそも、湖に異形のモノが出始めたのはいつ頃なのだ」


 それまでじっと聞いていただけの賢者が話に入ってきた。


「どうかな、ここニ、三年か?」


「いや、もっと前からその気配はあった。最初は湖端に、黒いナマズみたいなものが乗り上げてくるようになったんだ。一度、気持ち悪いから棒で湖に突き落とそうとしたら、棒を引っ張られて、危うく引きずり込まれるところだった。それが五年くらい前のことだ」


「湖の周りに黒いヌメヌメしたモノを見て、気持ち悪いから次第に湖に行かなくなったんだ」


「そいつはゆっくりとしか動かないと思っていたら、いきなり飛び掛かってきて、俺の近くで遊んでいた子供の一人が連れて行かれた。俺は水に潜って探したが、見つけられなかった。あとから村の衆に探すのを手伝ってもらったんだが、とうとう見つからず、死体も上がらなかった」


 老いた男性は今も後悔が続いているようだった。


「それからだな、村人が次々引きずり込まれるようになったのは」


 そこからさらに賢者は、形は? 大きさは? 頻度は? 湖のどの辺りから? 時刻は? などなど、詳細な聞き取りを続けた。


「湖から離れていても引き寄せられる状況についても教えてくれ」


「なんかなあ、俺の孫が引きずられそうになったところを、抑え込んで連れ帰ったことがあるんだが、孫の話では、『さびしい』『捨てないで』って繰り返すそうなんだ。それを聞くと足が止まらなくなって、行きたくないのに足が湖に向かってしまったんだと」


「なるほど」


 賢者は長いあご髭を掴んで撫でた。


「奈月殿、どう思う?」


 話を振られた奈月は、あまりに単純な発想しかできなかったが、一応言ってみた。


「形流しのせいでしょうか」


「何でだ? よそでは今もやってると聞いたぞ」


「私の国でもそうでしたけど、流すのは川でした。流れてやがて海に着きます。海まで行かないまでも、あちこちに流されるうちに穢れが水で清められるような気がするんです」


「ここは内陸湖だ。無口湖と言った方が分かるか」


 賢者が言うと、村人たちもそれは知っていたようだ。


「湖に入ってくる川も、出る川もないやつだな。ここは水底から湧いてくるか雨水が溜まるかだ」


「じゃあ、俺たちが昔流した人形は、湖の底に沈んだままなのか」


「うむ、本体は腐って分解されているだろうが、引き受けた厄は残っているのかもな」


 賢者がそう言うと、村人たちは複雑な顔をした。


 奈月は、厄を集めた人形が湖の底に積もってゆく様子を想像して、やるせない気持ちになった。人の形をしたものが、異形となってまでも、湖から解放されたかったのか、いつからか仲間が来なくなって寂しいから人を呼んだのか。そんなふうに異形にも感情が宿っていたとしたら・・・。


 予想が当っているのなら、奈月は、異形のモノの中にある、生きて村に住む己の分身への未練を断ち切り、背負わされた苦しみや痛みから解放してやらないといけないと思った。


「そういえば、皆さんは、その人形に感謝をしたことはありますか」


「感謝?」


「だって、自分たちの病気や苦しみや傷みを、その人形に肩代わりしてもらったんですよね。そうして湖に流した。人形たちは捨てられたと思っているかもしれません。どこにも行きようのない湖の底で」


「恨んでいるんだろうか」


「どうでしょう、寂しいだけかもしれませんけど」


 奈月も、異形の気持ちは推し測れない。気持ちがあるのかも分からない。ただ、形があるのが哀れだなと思うのだ。


「巫女殿、安易な同情で良い人になるなよ」


 賢者に釘を刺された。


「そうですね。引きずり込まれて亡くなる人がいるのは本当だから。浄化します」


 奈月は覚悟を決めて立ち上がった。



 お願いしますと頭を下げる村人たちに見送られて、奈月と賢者は湖に戻った。


「賢者様、どう戦いますか。トーチは火だから水に弱いと思うんですけど」


「確かにな。では巫女殿は、水しぶきのかからないところまで下がって待て。俺がドームを消してから、力業で異形のモノを水から出す」


「できますか? あんな死んだような湖から、わざわざ出てくるでしょうか。賢者様が引きずり込まれたりしませんか?」


「どうも巫女殿は俺をみくびっているな。大賢者だぞ。まあ、見ておれ」


「はい」


「そして、そのドレスを着た日のことを思い出しているのだぞ」


 そう言って賢者は、スタスタと湖に近づくと、何のためらいもなく半透明のドームを消した。


『いや、仕事速すぎでしょう。まだ心の準備ができてないですよ』


 奈月は慌てて自分の世界に浸るべく目を閉じた。念のため、今からトーチに火を灯しておく。


 ほのかな温かさが指先に伝わってきて、奈月はここがどこだか忘れてしまいそうな幸せに浸った。


「巫女殿、今から異形を水から出す。すかさず浄化してくれ!」


 奈月は賢者の言葉に目を開け、両手でトーチを構えた。ここに異形のモノを連れて来てくれると思ったのだ。


 だが、賢者はあろうことか湖の水を全部空中に浮かせた。


「え!?」


 水の果てた湖底に、黒い何かが動いている。確かに水から出したけど、思ってたのと違う。


「巫女殿! 水は退かした。湖底に行って、あの黒いやつを浄化してきてくれ。水分もないから乾いているぞ」


「えええ、底までずいぶん距離があるんですけど?」


「つべこべ言わずに行ってこい!」


 奈月は、走った。湖底に向かう斜面を転ばないように。真っ白なウェディングドレスで、干乾びた堆積物を蹴散らしながら、ひたすら走った。


 思ったより広い。


 息を整えるために奈月が立ち止まると、すぐそこまで異形は来ていた。ナマズでもモンスターでもない、人間の形をした真っ黒い何か。


「ひぃっ」


 顔もない何かが、人間のように歩いて近づいてくる。


「来ないで、来ないで、いやああああ!」


 奈月はいつものように叫びながらトーチを振り回した。


「陽一さん、助けて!」


 思わず陽一の名を呼ぶと、トーチから出る青白い炎が一気に大きくなった。すかさず奈月は炎で異形を薙ぎ払った。


 人間の形をしたそれは、炎を浴びると崩れるように形を変え、巨大化した体で奈月を頭から呑み込もうとした。


「ダメダメダメダメ! 成仏してえええええ!」


 力の限りトーチで十字を切ると、紙が燃え尽きたあとの黒い薄っぺらな炭(?)のように、脆く散っていった。


 肩で息をしながら呼吸を整えていると、


「巫女殿ー、戻れー。湖に水を戻すぞー」


 大量の水と共に空中に浮かんでいた賢者が、のんびりと奈月に警告した。


「待って、待って、今戻ります。スパルタ過ぎでしょう!」



 奈月が這う這うの体で湖から上がると、賢者は音もなく水を戻した。


 気のせいか湖面がキラキラしているように見えた。


「良くやった、巫女殿」


 賢者が褒めてくれたが、奈月の力いっぱい握りしめた手が、トーチを掴んで離れない。


「手が、離れません」


 奈月が泣きそうになって言うと、


「もう一度、ぎゅうっと握り締めろ。そして離してみろ」


 言われた通りにしてみると、奈月の手がトーチから離れた。そこでやっと、終わったという実感が湧いてきた。



 奈月と賢者は村に戻って、異形のモノを浄化して消し去ったことを報告した。


「それで、あれは何だったんでしょう」


 村人の問いに、


「黒い異形のものは、人間の形を取っておった。おそらく人形流しから生まれたモノであったのだろうな」


と、賢者が答えると、村人たちは湖のある方を向いて、誰からともなく頭を下げた。




 こうして奈月と賢者は、二つ目の浄化を終えたのだった。




読んでいただき、ありがとうございました。

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