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“恩人様”の捜索 4 前のめり

 


 自分が求愛のために贈ったウロコを、エミリアに“力の象徴”と目されていたと知ったグンナールはいっそう複雑。

 伝わらなくてよかったような……伝わっていてほしかったような……。


(いや……ひとまずはこれでいいのか……)


 なんだか落胆のようなものが胸を騒めかせるが……ようするにお守りのような扱いというわけだ。

 ならば彼女はそれを身に着け続けていてくれるはず。それなら“力の象徴”も悪くはない。

 一番重要なことは、彼のウロコがどれだけエミリアに貢献するかということ。

 あとは彼の感情の問題で、そちらは自分が制御すればいいだけの話だった。


(“力の象徴”でもなんでも……エミリアが守れるのなら……)


 と、急に沈黙した彼を見て、エミリアがおそるおそる訊ねてくる。


「あの……どうかなさいましたか? わたし、何か失礼なことを申しましたでしょうか……」


 エミリアは手すりから首を長くするようにして彼のほうをうかがっている。

 不安そうなミントグリーンの瞳に見つめられて、グンナールは「いいえ」と苦笑。


「ああ……いえ、そうではありません。ウロコはなくさないよう持っていてください。礼は不要。それはわたしが差し上げたかっただけですから」


 そう言って彼は小さな灯りのなかで微笑んだ。


「でも……」

「あなたはわざとではなかった。そうでしょう?」


 優しくそう問われると、食い下がりたかったエミリアも『そうです』と頷くしかなく残念な気持ち。が……あくまでも礼も弁償はいらないという姿勢の青年に、エミリアはとても感銘を受けた。


(高潔なお方なのね……そしてとてもお優しいわ……)


 一貫した態度には好感が持てた。エミリアの中で、グネルやグンナールの出現でうなぎ上りだった竜人族たちへの親愛が更に高まる。こうなると、弁償云々ということを別としても、親切には親切で返したい。


(もしかして……形に残るものは、お受け取りになりたくないのかしら……?)


 その理由として考えられるのは、エミリアが未婚の娘であること。眼下の青年が既婚か未婚かは分からないが……もしかしたら、彼には恋人がいて他の異性から贈り物は欲しくないのかもしれないと考えた。


(……そうか……なるほど……)


 ならばとエミリアは鼻息が荒く青年を見つめ、提案。


「でしたら……何かわたしにできることをおっしゃってください!」


 手すりから身を乗り出しての急な申し出に、グンナールが戸惑いを見せる。


「で──きること……?」

「はい! 弁償品やお礼の品が不要でも、わたしはあなたに素晴らしいものをいただいたお礼がしたいのです。力の象徴は……くじけがちなわたしをとても励ましてくれました。わたしにできることならなんでもいたします! 何かお困りごとは!? 労働力の提供はいかがでしょう? わたし得意ですよ!?」

「……と、得意………………」


 いや……それ絶対嘘だろう……と。ここ数日ですっかりエミリアの虚弱さを知ったグンナールは困惑。

 ただ……エミリアの三白眼はあくまでも本気も本気。

 やる気も、石にかじりついてでもなしとげようとする根性もある。──ただ──事後に自分がダウンするだろうことだけは計算に入れられていないらしい。……いや、それとも計算にいれたうえで、それをもいとわないという心意気なのか……。

 バルコニーから自分を見つめる彼女の背後には、やる気の炎が燃えているように見えた……。

 この猛攻にグンナールはひるむ。

 彼女にここまで前のめりで申し出られると彼も弱い。なにせ、彼女が好きなのである。


「っなんでもおっしゃってください! ご負担にならないようなささやかな事でも構いません! いえ、わたしは重労働でも喜んでやらせていただきたい所存ですが……そうだわ……針仕事なんかどうでしょう!? わたくしめ、生来虚弱ですから、寝台の上で座ってやれることは結構たしなんでおりますよ!? あ、でも歌は下手なんです……息継ぎがうまくできず……声量もいまいちで……」

「ぅ……いや……あの、エミリア嬢、あ、あまり乗り出さないで!」


 もはや手すりに足をかけそうなほどに前のめりの娘に、グンナールは焦る。


 片やエミリアも必死。やっと再会の叶った恩人であり彼女の被害者である彼。

 弁償も礼も不要とは言われても、彼の為に少しくらい何かさせてもらわねば気がすまない。

 だってこの機会を逃しては、再び名も知らぬ彼と出会えるとは思えなかった。

 体調不良で多少期日が伸びたとはいえ、彼女はもう明後日には学園に戻らなければならない。

 学園に帰れば、そこからはまたドミニクとミンディからの当てこすりの日々だろう。

 エミリアがふっきれていても、あちらは絶対に絡んでくる。──もやもやを領地に残して、困難の地へ旅立ちたくなかった。


 エミリアは、今にも『礼は不要』と言った彼が、このまま立ち去ってしまうのではと、だんだん気持ちが急いてきて。前のめり具合にも拍車がかかる。


「お、お願いですから何かお手伝いを……恋人様へのお土産選びでもいたしますっ! わ、わたくしめ、クロクストゥルムの銘菓をたくさん知っておりますゆえっ‼」

「っわ、分かりました! 分かりましたからもう少し後ろに下がってくだ──ん……? こい、び……と……?」


 エミリアの泣きの懇願に。その言葉の中身にふとグンナールが困惑を見せた。と、その時のことだった。

 エミリアの背後で、コンコンという軽い音。


「お嬢様、お夜食でもいか──……」


 ノック音の後すぐに部屋の扉が開いて、そこから現れたのは黄色くまるい顔のニコラ。

 令嬢は騒動後ずっと眠り続けていた。ゆえに、きっとエミリアはまだ眠れていないだろうと予想してやってきた付き人婦人、だった、のだが……。

 部屋に入ったニコラは、バルコニーへの戸が開いていて、その外にエミリアがいるのを見るや否やギョッとする。


「!? お嬢様! こんな時間になぜ外になんか!?」

「う? ぁ……」


 驚いたニコラの、風邪をひいてしまいます! という怒声を聞いた瞬間。とっさに振り返ったエミリアの手が、バルコニーの手すりの上でつるりと滑る。


「っお嬢様!?」


 その瞬間、ニコラが真っ青な顔で悲鳴を上げた。

 地上からその様子を見ていたグンナールも愕然とする。

 エミリアが大きな声に驚いてバルコニーの中を見たと思ったら……次の瞬間、その身が大きくぐらりと揺れた。

 夜闇の中に純白の髪と柔布の寝間着が躍った瞬間、彼女が肩にかけていたベージュのケープが風に奪われるように落ちてきて、一瞬グンナールの視界をさえぎった。と、同時にエミリアの身体はバランスを崩してゆっくり手すりの向こうへ。

 ほんの一瞬その姿を見失っていたグンナールが再びエミリアを捉えた時、彼女の背はすでに手すりを超えていた。

 石造りの手すりはエミリアの腰より少し高いくらい。驚いて足でも絡ませてしまったのか。うしろ向きにバルコニーの外に倒れていく姿には、目撃者二人は度肝を抜かれ震え上がった。


「! エミ──ッ!」

「ぎゃぁあああああお嬢様‼」


 ニコラの金切り声が夜闇に響き渡る。

 突然のことに、一瞬何ごとが起こったのか理解できなかったエミリアは、ポカンとした顔でその叫びを聞いていた。




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