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“恩人様”の捜索 2

 


 エミリアは夢を見てうなされていた。


 あの恩人様が立っている。

 立派な黒いツノとしっかりした体格に麗しい顔。エミリアは、やっと見つけたと嬉しくなって。しかしその喜びは一瞬にして驚きに転じる。


 恩人様が泣いていた。


 ──困った困った……。

 ──見知らぬ人族の娘を助けたばっかりに、わたしのいっちょうらが○○まみれ。

 ──どうしよう、もう着る服がない……。

 ──どうしたら……、……、…………。


 そのしくしくと涙する青年に、エミリアは、慄いた。


「っもうっ、申し訳ありません‼ お、お洋服はもう用意しておるのです! 今すぐお届けに参ります!」

「!?」


 ……エミリアは、そう力いっぱい叫びながら目を覚ました。

 継子のいきなりの覚醒に、寝台脇にいたグネルがビクッと身を震わせる。と、同時にエミリアは寝ぼけ眼のまま寝台を転がり落ちる。

 まず、べちっと床に落ち、よろよろと立ち上がったはいいものの、そこにあったテーブルに腰をしたたかぶつけてしまい、一回転。目を回しながらも扉を目指そうとする娘、に、グネルは相当ビックリした。


「バルドハートきゅん!?」


 息子にまた『やめろ』と言われそうな呼び方で継子を呼び、慌ててフラフラしているエミリアを支えに走る。

 と、まだ半覚醒もしていなさそうなミントグリーンの瞳が彼女を見る、が……。


「あ……に、に、ニコら……このあいだ買った──恩人様の、恩人様のお洋服は……!?」


 どうやらエミリアは、駆け寄ったグネルをヒヨコ顔の婦人と間違えているらしい。眠そうな目で問われたグネルは困惑。と、エミリアは、今度はフラフラしたまま部屋の中を捜索開始。その表情は、寝ぼけていつつもかなり慌てているようで。オロオロと探し物をする継子をグネルが止める。


「バ、バルドハート、落ち着いて……」

「お、恩人様が……お洋服がなくてこまっておいでなの……お着替えがないとはだかんぼうに……に、にこら……、あれはどこにしまったんだった? タンス……?」

「バルドハート!? そこは寝台の下よ!? そこには多分ないと思うわ!?」

「え……? あ……ら?」


 止められて、ぼんやり振り返ったエミリアは、ここではじめて隣から顔をのぞきこんでくるドラゴン顔に気がつき、数秒沈黙。

 そのウロコに覆われた顔は、ニコラのぽっちゃりフワモコの黄色い顔とは似ても似つかない。


「え……ぐ、ねる、お、かあ、さま……?」


 グネルに気がついたエミリアは、しばし口を開けて彼女を見つめていた。徐々に再起動しつつあるらしい継子の顔にグネルはホッとした様子。が……。

 しかしグネルを見てやっと夢の世界から抜け出したエミリアは、あらんかぎりに目を見開く。正常に再起動した結果、思い出した。


「っ祝宴っっっ!?」

「あ、あら……」

「グネルお母様! しゅ、祝宴は……祝宴は!? いいい今は何時ですか⁉」


 本日は父と新しい継母との再婚式。彼女は父とグネルの祝宴に向かう途中だった。そこで客らをもてなすはずだったエミリアは、すでに部屋の中の灯が灯されているのを見て愕然とする。

 どうやら外はもう暗い。

 事態を察したエミリアの顔色が、みるみる悪くなっていった。

 血の気の引いた顔にグネルは慌てたが、その瞬間エミリアの身体が床に沈む。同時に床からはゴッと痛そうな音。

 エミリアが、床板に膝をしたたか打ち付けていた。


「!? バルドハート!?」

「……わ……わたしは……なんということを………………」


 青くなった顔は傾き、視線は呆然と空を見ている。そこに浮かぶ絶望感に、グネルは大慌てである。





「いいの、いいのよバルドハート、宴なんかいつでも開けるし、あんなものよりあなたのほうがよっぽど大切なんだから!」


 失意のエミリアに、グネルは力一杯そう言ってくれた。

 しかし、グネルが優しければ優しいだけ、気に病むのがエミリアという娘だった。


(グネルお母様……優しい……申し訳、ない…………)


 自分が倒れたせいで両親が宴を楽しめなかったのは明らかだった。

 それなのに、自分はのうのうと夜まで眠っていたとは……。それを考えると、血の気が引くほど情けない。

 その祝宴を、誰よりも楽しみにしていたこともあって。エミリアは、もはや自分を罵るにふさわしい言葉すら思い浮かばぬほど己にがっかりした。

 ただし、祝宴をつぶされたのは父とグネル。戦犯(?)である自分が、自分を責めることもなく心配してくれる彼らに、失意の顔を見せるわけにはいかなかった。

 ここで自分がメソメソしていては、両親たちが気に病むのは目に見えている。

 ゆえにエミリアは、案じてくれる両親たちに『大丈夫です』と笑みをつくった。涙は流さず、頬を持ち上げて、できるだけ身体の回復をアピールし、穏やかに両親たちの気遣いに感謝を伝える。

 貧弱歴の長いエミリアは、健康体を偽装することには慣れていた。

 多少化粧を施し、頑張って胸を張る。力が入らなければ、背中にものさしでも入れて布で固定する。が……今回は幸い問題は精神面。身体のほうはある程度回復していて力は入った。

 ただ、それでもやはり悔やむ気持ちが強くて難儀。

 大きなたらいに水を一杯に入れてよたよたと運んでいるみたいな気分だった。

 もし何かでつまずきでもしたら、一気に水が溢れて泣き出してしまう。そんな危うい気分。


(しっかりしなきゃ……)


 エミリアは、テーブルの上に置いたカゴのなかでスヤスヤ眠っているパールの羽毛を撫でながら窓の外を眺めた。

 もう外はすっかり暗い。

 しかし、例のニワトリ強盗と出会ったあとからずっと眠っていたエミリアは、ちっとも眠れない。心配してくれていた父やグネル、ニコラが部屋から引き揚げていくと、もう元気な振りをするのにも疲れてしまって。エミリアは、イスに座り、魂が抜けたような顔で、ずっと外を眺めていた。


「……情けない。あまりに情けない……」


 立派な娘として認められたいのに、いったいいつまでこの貧弱さで周りに迷惑をかけ続けるのだろうか。

 いや、騎士になろうと決意したとて、そんなにすぐに強く丈夫になれることなどないと分かっている。ただ……それでもやはり、今回の失態には落胆が強い。

 せっかくの、両親たちの晴れの舞台だった。

 愛し合う二人を祝う、最初の宴。ドレス姿のグネルもとても美しかったし、正装した父もとてもステキだった。義兄グンナールもその宴のためにとても尽力していたというのに。

 エミリアは、思わずため息。


「……先は長いなぁ……」


 立派な娘になりたい。

 でも、自分が挑もうとしているものが、とてつもなく遠いもののように感じられた。

 果てしない道の先が少しも見えない気がして、気持ちが落ち込む。

 自分が継兄のように誰かを守れ、父の誇りとなれるようになるのはいったいいつのことになるか……。


「あ……だめだわ。いっそう落ち込んできた……そんな場合じゃないのに……」


 学園に戻るのは一日延期になってしまったが、なんとしても明日中に恩人の青年を見つけなければならない。むろん、今回迷惑をかけてしまった両親にも償いの孝行も必要。

 ともかく大切なことに集中せねばと、エミリアは自分への失意を振り払うように強く首を振り、続けて両頬も気合一発、平手打ち。暗い部屋には何度も痛そうな音がべちべちと響き──。と、そのときだった。

 どこからかコツ、コツ……と小さな音が。


「気合だ! 弱気を滅せよ! 気合──! ……あら?」


 しゃにむに自分の頬を叩いていたエミリアは、はたと手を止めて怪訝な顔。小さく響く音に気がつき、耳を澄ませる。

 するとその音は、どうやら窓の外から聞こえるようで。エミリアは不思議そうな顔で窓のそばへ歩いて行った。……と……。


「……あら!?」


 窓の外を覗いた瞬間、エミリアが驚きの声を上げた。

 二階にあるエミリアの部屋の下に、誰かが灯りを手に立っている。

 小さな光に照らされているのは、こちらを見上げる白い顔。その頭には、闇夜に紛れてしまいそうな黒く立派なツノが確かにあった。

 驚いて息を呑んだ瞬間、闇の中の赤い瞳と目が合った。

 その顔は、さきほど彼女が見ていた夢の中の青年で間違いがない。




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