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その出会い 9 厚かましい雄鶏


 そんな叔父の問いに、グンナールはさも当然というように言った。


「エミリアの大切な愛鳥です。彼女が目覚めるまでは面倒を見ていませんと」


 グンナールがその名を出すと、甥の大切そうな口ぶりを聞いたゲレオンは、そうだった、その件もあったのだった……という絶望的な顔をする。顔面を手で覆い、いかにも面倒ごとに出会ってしまったというふうの叔父に、グンナールは憮然。


「なんですか。何か文句でも?」 

「あるに決まっておる! ……まさか……あの娘がお前の義理の妹とは……」


 ゲレオンは疲れた調子で絶句し、深々とため息。彼としても、状況がちっとも分からず困惑していた。

 黄金の瞳が、甥をじろりと睨む。


「お前は……いったいどういうつもりであの者にウロコを与えた? あれがどういう意味を持つか分かっているであろう!? 貴様までグネルを真似て一族の血を軽んじると!? まさか……あやつが許したのか!? こちらに報告もよこさず……ずいぶん勝手ではないか⁉」


 ゲレオンは矢継ぎ早に問い詰めようとするが、グンナールは叔父の反応をだいたい予測していたらしい。彼は表情を変えず、「軽んじているつもりはありませんが……」と答える。

 ただ、グンナールとしても、エミリアとの一件にはまだまだ大いに戸惑いがあった。

 心から彼女のそばにいたいと願うが、どうやらエミリアのほうでも何やら事情がありそうな様子。

 継子同士という関係も複雑で、もちろん彼女が彼を拒絶する可能性も十分あった。


(……今は義理の兄として慕ってくれているようだが……こちらにそのような気持ちがあると知れば、当然戸惑われるだろう……)


 そうなったとき、彼女に嫌われる可能性だってある。そのことを考え始めると、グンナールの表情は暗くなる。

 今自分に向けられているあの微笑みが消えてしまったらと思うと……想像だけでもひどく胸が締め付けられた。ましてや嫌悪でもされようものなら……。


(……計り知れないダメージを受けてしまいそうだ……)


 こんな怯えが彼の胸に芽生えたことは、これまで一度としてなかった。

 その感情をひと言で説明せよというほうが無理で。とにかく今は、恋にも落ちたばかりで何もかもが不確定。彼としても叔父にすぐ納得してもらえる言葉を返せる気がせず、淡々と問われたことにだけ答えることにした。


「もちろんウロコは愛情ゆえに渡しました。別に母の真似をしているつもりはありません。一族の血を軽んじているつもりもありません。そして、母はきっとこの件には反対しているでしょう。でもそれは、エミリアが人族であるからでも、身分がどうこうという問題でもなく、単に継子が可愛すぎ、夫を大切におもうがため。報告は……必要ですか? わたしはいちいちしたくありませんが。己が誰に好意を寄せているかなど」


 最後の言葉はいささかふてくされ気味であった。つんっと視線をそらせた甥にゲレオンは難色を示したが……まあ、でも若者としてはそれが本音であろう。

 結婚するという報告ならまだしも、自分の恋愛事情など、いちいち事細かに叔父に報告などするだろうか。

 ただ、やはりゲレオンはその言葉に厳しい表情。

 鋭い瞳は、自分たちを他と同じに考えるなと言っていた。

 その意味はグンナールにも分かった。彼ら一族は、竜人族のなかでも特別に血族の問題には厳しい。

 このしがらみは彼だけではなく、母グネルも悩まされ続けていることで、とてもとても根深い。

 グンナールは、ため息。


「今は……そっとしておいてくださいませんか。ウロコは義理の妹への親愛の証とでも思ってくだされば……。経緯や事情は追々致しますので……」

「追々!? 追々とはいつのことだ!?」

「それは──」


 と、ゲレオンがグンナールに詰め寄った瞬間のことだった。

 ゲレオンの身がグンナールにぐっと近づいた瞬間、彼の腕のなかからキラキラした目でゲレオンを見ていたパールがけたたましい一声。


「コケェエエエーッ‼」

「!? な、なんだ!?」


 ギョッとしたゲレオンに向かって、グンナールの腕を蹴り、パール、跳躍。

 ばさばさと白い翼を羽ばたかせながら、興奮した様子の雄鶏は、とっさに飛びのいたゲレオンの前にスチャッ……と雄々しく降り立つ。と、次の瞬間彼は、ゲレオンに向かって一直線。

 戸惑う竜人族のまわりを、キラキラした目でウロウロしはじめた。その目は、何やらとっても物欲しそうである。


「な、なんだこいつは……! おいグンナール!」

「……ゲレオン様。彼を傷つけたら許しませんからね」

「!?」


 助けを求めるゲレオンに、甥は冷たい。彼は雄鶏の奇行を見守るつもりのよう。その素っ気なさにゲレオンは唖然。

 と、そこへニコラがやって来た。


「若旦那様、お茶を……」


 盆の上に茶の器を乗せてやって来たひよこ顔の婦人は、部屋の中で騒ぐ雄鶏を見つけ、嫌そうな顔で立ち止まる。


「パール! お嬢様が寝ているのよ、騒がないで!」

「コケェエエエエ‼」

「はぁ!? なんですって!? おばか!」


 どうやらパールの鳴き声を解したらしいニコラは、雄鶏をしょうもないものを見る目でひと睨み。それから彼女は、パールの面倒を見てくれている青年に、心から申し訳なさそうな顔をした。


「申し訳ございません若旦那様……あのアホは放っておいて大丈夫なんですよ? どうせその辺でミミズでもつついてますから。わたし、捕まえて外に放り出しに……」

「いや……ニコラさん、よければ彼がなんといっているのか教えてください。……ああ、叔父は大丈夫です。彼に手出しはさせません」

「!? なんだと!? お、おいグンナール! こやつをなんとかせよ!」


 スンッとした顔で自分を放っておいていいと言い切る甥にゲレオンはぎょっとしているが、グンナールは取り合わなかった。ちなみに、控えているゲレオンの連れもグンナールに視線で押しとどめられ、困惑の表情で動けずにいる。

 そんな現場にニコラは困惑をのぞかせる。

 グンナールに丁寧に訊ねられ、一瞬(本当に言ってもいいのだろうか)という顔。できれば言いたくない……という表情だが。しかしグンナールには、今回エミリアを無事に探し出してもらった恩がある。ニコラはしぶしぶという顔で、ちらりとゲレオンのそばで騒いでいる雄鶏に目をやった。

 ……通訳が面倒なのではない。パールがあまりにも図々しいことを騒いでいるので訳すのが身内として恥ずかしいのである。


「……ええと……どうやら“俺様にも力の象徴くれ!”と、申しております……すみません……」

「? 力の……象徴……?」


 肩身の狭そうなヒヨコ顔の婦人の言葉に、グンナールのドラゴン顔がキョトン。いったいなんのことか分からなかった。と、ニコラが申し訳なさそうに補足。


「その……ウロコ、です」

「……ウロコ…………」


 ほう、と、目を瞠ったグンナールの向こうで、ゲレオンがあらん限りに瞳を見開いた。


「ウロコ!? わたしのウロコということか!?」


 ニコラが、はぁ……と、頷くと、ゲレオンはいっそう目を丸くする。こぼれそうな目は信じられないものを見る目である。

 

「な、なにをバカな……おいグンナール! この身の程知らずのニワトリをなんとかせよ! なんという無礼な……」


 ゲレオンは、それを誰かに与えたことはあっても、よこせと言われたことはない。

 そもそも竜人族である高貴な自分が、一介のニワトリに大切なウロコを要求される意味が分からない。

 しかし、追い払おうとしても、それを、甥が厳しい視線で止めるのである。 


「……ゲレオン様、エミリアの愛鳥です。手荒な真似はおやめください。何かあれば、わたしも(多分母も)黙ってはいませんよ……」

「お、おま……」

「コケェコケェコォケェエエエエッ‼」

「!? や、やめろ、まとわりつくな鳥!」

「……『欲しい欲しい欲しいぃぃいいっ‼』……だ、そうです……」※ニコラ

「………………だ、そうですよゲレオン様」


 甥に平然と言われ、ゲレオンは目を剥いて叫ぶ。


「っっっ!? っやるわけがない‼」

「コケッェエエエエ‼」

「!? !? や、やめろばか者めっっっ‼」


 ……ゲレオンは、この後しばしパールのストーカーに悩まされた。



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