その出会い 7 難儀
「ゆっくり息を吐いてごらん」
「…………グ……」
「無理にしゃべらなくていい。心配ない、ただの魔力切れだ。落ち着いて深呼吸してみなさい。もう大丈夫なはずだ」
「…………」
エミリアは言われるがまま、グンナールによりかかって息を吐き、吸ってを繰り返した。そうすると、義兄の手はその調子だと励ますように彼女の肩を優しくなでる。
額に乗せられた手と心臓の上があたたかい。
そのぬくもりは冷えた身に染み入るようで、すっかりスカスカになってしまっていたエミリアの身体のなかを再び満たしてくれるようだった。
けれども、ここまで何かの急な増減に翻弄されたエミリアは、強い疲労感を感じた。
(魔力……? これが、魔力なの……?)
自分を悩ませているものがそうなのか、と、少し思いもしたが、うまく思考が働かない。
義兄の顔を見て安心したせいもあってか、疲れに眠気が誘われて、まぶたが重くてたまらなかった。
と、額に乗せられていた大きな手が、ふいにエミリアのまぶたの上を軽く覆う。
「起き上がらなくていい。わたしが邸まで運ぶ。すぐに回復するはずだからそのまま少し眠りなさい」
「でも……パール……」
「大丈夫。彼もきちんとわたしが守ると約束する」
「………………」
その言葉を聞いた瞬間エミリアは、途方もない安心感に包まれた。
「…………寝たのか?」
「ええ」
ローブの男の問いかけに応じながら、グンナールは腕の中のエミリアを抱き直した。
穏やかに閉じられた瞳と寝息に、ほっと息を吐く。
それでも腕の中の愛鳥を離さないところを見ると、よほど大切らしいなと、こわばっていた表情が少しほころんだ。
そのパールはエミリアに大人しく抱かれ、丸い両目はじっとゲレオンをうかがっている。しかし彼も目立って怪我のようなものは見当たらない。よかったと思いつつエミリアを労わるような目で見つめ、グンナールは、そばで怪訝そうにしている男に説明してやる。
「どうやら、うまく魔力を留めておけない体質のようなのです」
魔力というものは人それぞれ。質も量も様々。
一生のうちにわずかな量しか生めない者もいるし、膨大な量の魔力を生み続ける者もいる。
人族は前者の傾向が強く、竜人族は後者の傾向にある。
エミリアの場合、生むものは多いがうまく保持できず、つねに垂れ流し状態。その流出が、身体まで害している典型的な例だった。
「出会った時から魔力がとめどなく流れ落ち、顔色も悪かった。ウロコを渡したので、加護の力で補えるかと思いましたが……しっかり覆いきれていなかったのでしょう」
大まかに言うと、エミリアから生まれた魔力の流出をグンナールのウロコが魔力で包み込み、循環を手助けしていた。しかし、
「怒りでタガが外れたか。難儀な体質だな……」
心配そうなグンナールに、ローブの男も黄金の瞳を気の毒そうに細める。
「わたしの不備です。受領の儀が行われていないことを忘れていました」
「ん? 受領の儀を行っていない?」
そのつぶやきにゲレオンが反応する。
「ではお前、婚約は……」
「……、……しておりません」
その返答に、ゲレオンははぁ!? という表情。
受領の儀とは、ウロコを与えられた者が行う、つまりは婚約の儀である。
しかし現状それを義妹であるエミリアには行わせるわけにはいかず、血紋ウロコの加護は完全になっていない。それでもどうにかエミリアの力になるよう調整が必要だなとグンナールは思案顔。
「では……単純にウロコを与えただけか!? ん? ……いやしかし……娘はウロコを婚約者にもらったと言っていたぞ……!?」
思い切り眉間にしわを寄せたゲレオンがどういうことだとグンナールに迫るが、彼の反応はそっけない。
「……ゲレオン様、お静かに願います。エミリアが起きてしまいます。それよりも……」
不満そうな男を振り返って、グンナールは「で?」と笑顔。ただし、目は一つも笑っていない。
「う……!?」
「貴方様は、なぜエミリアをさらったのでしょう? そもそもなぜこちらに? 母の式には『絶対に参列してやらぬ!』と仰せでいらしたように記憶しておりますが……?」
「…………」
その指摘に、ゲレオンは渋い顔。
「いや……貴様が悪いのだぞ! 何ごとかと思うだろう! その娘からお前のウロコの気配が──」
と、言いかけてゲレオンは口をぐっとつぐむ。……グンナールが彼を猛烈に睨んでいた。どうやら、エミリアに聞こえてしまうからもう黙れという意味らしい。
腕の中に抱えた娘を大切そうに抱え直す様子に、ゲレオンは面食らってしまう。自分に向けられる視線の冷たさと比べて、そのまなざしの優しさときたら。
(……意味が分からん……婚約しているのかと思えばしておらず、捨てられたのだと言っていたのに、こうも情がある……本当に……いったい…………)
男のそんな困惑に気がついたのか、グンナールは彼に釘を刺す。
「ゲレオン様、その件については口出し無用です。後程説明を……」
「そのようなわけにいくか! お前、自分の立場がわかっているのか!? お前はそうほいほいと勝手に他種族の側女を得ていい身分では──」
と、叱責しかけ。ゲレオンは再びウッという顔で怯む。
目の前の青年の瞳が、爛々と怒りを放っていた。
「……誰が、側女ですと……?」
その明らかなる殺気に、ゲレオンは絶句。グンナールは静かに言う。
「いくら叔父でも、言っていいことと悪いことがある。わたしの中にある気持ちはその侮辱に耐えかねます」
彼の発言をきっぱり拒絶した甥に、ゲレオンは返す言葉に窮したようだった。
「お前、しかし……」
しばしの沈黙ののち、男はがっくりと項垂れる。
「………………お前たち母子はまったく……。このわたしにこうまで立てつく者は貴様らだけだぞ……!」
「.…………」
男が嘆きながら癇癪を起すと、再び空に雷の一閃。
しかしグンナールは素知らぬ顔で、エミリアとパールを大事そうに抱えて歩き出した。




