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その出会い 6 ひ弱と脳筋



(──あ)


 エミリアは、ふと身体の異変に気がついた。

 怒って腹に力をこめているつもりなのに、なんだかどんどん力が抜けていくようなのである。

 額のあたりがいやにスカスカして、身体の均衡が保てない。まるで、力めば力むだけ、そこから自分の中身が流れ出て、どんどん減っていくような感覚。

 でもそれは、今に始まったことではない。


(あ……まただわ……どうしよう……)


 エミリアはめまいを感じて途方に暮れた。

 この強い虚脱感は、彼女が倒れる前兆。

 急に全身の力が抜け、目は見えているのに視界が揺れて、そのまま倒れていく自分にも抵抗できず暗転。次に目覚めると、たいていそこは医務室や自室の寝台の上だった。

 こうしたことは、これまでもたびたびあってエミリアの悩みの種だった。


(でも……今は……)


 エミリアは、力が消えていく腕の中のパールのことを考えた。

 今は絶対にだめだと思った。

 もし今自分が倒れてしまったら、誰がこんな人気のない山中で、パールを強盗から守ってくれるのだろう。

 彼を守れるのは自分しかいないのだと思うと気持ちは焦るが、無情なもので……それでも彼女の力はどんどん抜けていく。

 いつもそうだった。

 何かを頑張ろうとして力をこめても、そのたびどうしてなのか、破れた風船から空気が抜けていくように力が抜ける。

 でも、と、エミリアは気力を振り絞って己を奮い立たせる。


(倒れない! 強盗の前で倒れる、な、ど…………)


 けれども倒れまいと力めば力むだけ状況は悪化。エミリアは闇がもうすぐ傍まで迫っていることを悟る。力を失いながら、しかし彼女は懸命に考えた。


(こんなとき……お父様だったら……もし、継母様、だったら……どう、なさる……?)


 と、エミリアの脳裏にふっと思い出されたものがあった。

 ハッとした。これしかないと思った。

 武器もない、体力もない。助けも来ない。ならば、これしかとすがる思いで歯を食いしばる。


 それは、グンナールがゲレオンを鬼のひと睨みで怯ませた、次の瞬間のことだった。

 逆巻く風の中でうずくまった娘のほうへ、彼が視線を戻した、その瞬間。


「エミ──」

「っ負けてなるものか‼」


 雄鶏を抱きしめたままのエミリアが、唐突に、横に跳んだ。


「!?」


 キレ気味の跳躍。気合一発という横っ飛びは、どう見てもそばにある木に自分の頭をぶつけようとしていた。

 これにはグンナールは仰天。どう見ても弱り始めていたエミリアが、そんな活きのいい動きを見せるとは──まったくもって予想外。


 それは、彼女のパールに向ける愛情がゆえであり、彼女の脳筋さが発揮された結果でもあった。

 こんな大事な場面で倒れるなんて許されない。そんなことをしたらパールを奪われる、と、思いつめたあげく。こんなとき継母ならどうやって自我を保つだろうかと考えたエミリアは、とっさにあの光景を思い出した。


 ──天井高く舞い上がったダイニングテーブルが、グネルの頭にぶち当たって燃え尽きた、あの光景。

 あの直後、グネルはすぐに我に返っていた。

 

 いや……しかし……。

 もしここにニコラがいたら……。そのあまりの脳筋さに『正気ですか⁉』とすぐさま憤怒しただろう。

 そりゃあ、人は時々、正気を保つため、冷静になるために自分の頬を打ったりもする、が……。

 ただでさえひ弱なエミリア。頑丈なグネルと同じ手法でいいわけがない。


 けれども今のエミリアは極限状態だった。

 パールは絶対に渡さない。気絶なんてしている場合じゃない。それを防ぐためなら頭の一つや二つかち割ってやる! ──と。

 エミリアは……思い切りだけはいいのである……。


 そうして残った力を振り絞り。自我を保ち、ニワトリ強盗と対決する覚悟のエミリアは、木に向かって突進し、痛みを覚悟して歯を食いしばった。──が。

 

「っっっ! ……、……、……あら……?」


 ゴインッと思い切り来るはずの痛みが、なぜかこなかった。だって渾身の力で跳んだはず。

 エミリアは固く目を閉じていたまぶたをなんとか薄く割る。もう、最後の力を使い果たして、それすらも重くて重くて……。


「ぁ……ら……? ど……なた……?」


 霞んだ視界に、誰かがいた。

 ぼやけた世界からこちらを見下ろしている、黒い輪郭と、赤い瞳。もしかして、とエミリア。


「……、……、……グンナール、様……?」

「……エミリア……力技は……やめなさい………………」


 グンナールは、自分に気がついてかすれた声を出すエミリアを見て、安堵するあまりがっくり脱力。

 まったく……なんて無茶をする娘だろうか。

 固そうな樹木に向かって景気よく跳んだ彼女を見た時は、彼は本当に肝を冷やした。

 エミリアは、弱り目とはとても思えぬ跳躍力を発揮していた。普通の人間ならまだしも、ひ弱な彼女があの勢いで木に激突していたら、彼女は間違いなくとどめを刺されていただろう。

 その寸前で、彼が彼女の腕をつかめたのは、まさに竜人族の瞬発力があってこそ。

 擦り切れるようなため息を吐き、グンナールはエミリアの身体をホッと抱きしめる。

 何はともあれ、さらわれたと聞いた彼女がこうしてそばに戻り、心から安堵した。





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