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その出会い 4 両者の勘違い、加速中

 

 エミリアは三白眼の下で困った。


(……どうしましょう……なんだか.……とっても変なお方だわ……)


 謎の男はいまだ一生懸命深呼吸に勤しんでいる。

 意味が分からないことこの上ないが……とはいえだ。

 彼は空を飛ぶような力を持っていた。それも、人ひとりとニワトリ一羽を抱えてだ。

 それが魔力なのか、種族的な力なのかはよく分からない。先ほど彼と空を飛んだ時は、びっくりしてそんなことを確認している余裕はとてもなかった。

 ここから逃げたいエミリアは、不安げに迷う。


(パールを連れて、逃げる……できるかしら……)


 まわりは林。木々がうっそうと生い茂っていて、その中に逃げこむことができれば、チャンスはありそうだ。

 ただ、エミリアは体力に自信がない。

 しかも相手はあんな飛行能力を持つ相手。逃げ出しても、自分のことだからすぐに捕まるだろうと思うと……なかなか駆けだすことができなかった。


(でも、なんとかしなくては……)


 エミリアは、彼にパールを渡すつもりはない。

 それに、男爵邸ではもうすぐ父と継母の祝宴が始まってしまう。自分の不在は、父らをとても心配させるはず。そう思うと気がせき、エミリアの緊張は次第に高まってしまう、が。

 エミリアは自分をなだめるように深呼吸。


(……いえ……焦ってはだめ。ここはこの子優先だわ。慌てて行動して、万が一でもパールを盗られるわけにはいかない……!)


 父とグネルには申し訳ないが、最愛の人々の祝宴でも愛鳥には代えられない。パールは我が子も同然である。

 ここは慎重に動かねばとエミリアがローブの男を見ると、彼はまだ呼吸を整えている。

 この隙になら逃げられないだろうか……と一瞬腰を浮かせるが……。

 そんな彼女を、黄金の瞳が刺す。


「逃げるつもりなら無駄だぞ」

「う」


 やはり気取られた。落胆しつつ、エミリアは不満げに問う。


「あの……いつまでそうなさっていらっしゃるの?」

「ん?」

「わたしたち、とても忙しいんです。深呼吸がなさりたいなら、おひとりでやってくださいません?」


 エミリアが呆れた目で迷惑だと訴えると、男は気難しそうな顔で応じる。


「やれやれ……お前のような幼子には分からぬだろうが、これは大切なことなのだぞ」

「はぁ……わたし、幼子でしたか……」


 その声は、いかにも彼女を無知だと言っているかのような響きだった。これにはエミリアも大いに不満だが、なんだかもう面倒過ぎて反論する気にもならなかった。

 今はとにかく、パールを盗られなければそれでいい。エミリアは愛鳥をしっかりと抱きしめ男を睨む。

 と、ここでやっと深呼吸がひと段落着いたらしい男が彼女に向きなおり、訊ねてくる。


「それで……人族の幼い娘。お前はそれをお前に与えた者と、いったいいつ婚約を?」

「……は、ぁ?」


 続けられた質問に、エミリアの顔のガラの悪さと不信感がいっきに高まった。

 こっちはいきなりさらわれて迷惑しているのに、そんな不愉快な質問をされる意味が分からない。


「もう何年も前ですけど何か……!?」

「(……なぜ急にキレる……)何年も……前だと!?」

「!? (なんで……怒ってるのこの方……?)」


 ……まったく残念なことながら。

 この二人の会話はちっともかみ合っていなかった。


 ゲレオンが追及したいのは、エミリアのペンダントの中身を与えた者について。

 しかし、エミリアは男の言う“それ”を、パールのことだと思っている。もちろんその人物は、元婚約者ドミニクということに。

 かみ合わない話で角を突き合わせた二人は互いに苛立ちをのぞかせる。

 エミリアはパールを抱きしめてさらに男を威嚇。

 彼女は非力だが、騎士として名をはせた父の影響もあってか、こういう時に引きはしない。


「この子をくれたろくでなしが、いったいなんだというんです……!?」

「ろ……ろくでなし!? 貴様、そ、そやつと婚約しているのではないのか!?」

「しておりましたが、もうとっくに捨ててやりましたわ!」


 バーンと言い切ったエミリアの言葉に、


「す……捨てた!? 捨てただと!?」


 ローブの男はなぜか愕然と慄いている。

 その顔は見る見る青ざめていって、一瞬何かに怯えるような顔をのぞかせた。


「き、貴様、あやつを……あやつを捨てたと申すか!? なんという豪胆な……恐れ知らずが過ぎるぞ!? あ、あやつの母は何も申さなかったのか!? 絶対に猛烈に文句を言ってきただろう!?」

「“はは”?」


 その言われように、エミリアはなんとなくムッとする。だって先にエミリアを捨てたのはドミニクなのだ。なんでドミニクの母に責められなければならないのだ。いや、彼女だってドミニクやミンディにいろいろ吹き込まれているだろうから、きっとエミリアに悪感情を持っていることだろうが……。

 それでもあの婚約破棄劇を企てたのはドミニクら。文句を言われる筋合いなどない。

 そう思ったエミリアは、毅然と言い放つ。……ちなみに。ここでやっと我に返ったらしいパールも彼女の腕の中で謎にキリッとした表情。


「おかしなことをおっしゃらないでください! そうされてもしかたないことを彼はいたしました。二股は、よくありません!」

「ふ……二股!?」


 エミリアの発言に、男はまた驚愕のまなざし。


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