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父の再婚式と償い

 


 いかにも疲れはてたというゲッソリ顔で笑っている姿を、ニコラが気味悪そうに見ていた。


「幸せ……グンナール様効果で、今日は三十一回も素振りができたわ……! わかる!? 記録更新よニコラ!」

「………………」


 この一回が大切なのよ! と、弱々しい声で断言する娘に、もはやニコラはため息すらも擦り切れている。ひよこ顔の婦人はエミリアの寝室の天井を恨みがましそうな目で睨む。


「……天の女神はいったいどういう神経でお嬢様を地上にお授けになったんでしょうねぇ……ひ弱で脳筋って。最悪なんですけど」


 せめて、病弱な自分を守らんとする精神を授けていてくれなければ……と。なかなか辛辣な婦人に、エミリアは眉間にしわ。


「まあ、ニコラ……女神様に向かってなんて口を……」

「だってお世話するわたしの身にもなってくださいよ!」


 たしなめてはみたものの。毎度毎度、薬の調達が大変だとか、体温管理もしているのだぞと言われては。常日頃、彼女に世話になりっぱなしの身としては、あまり文句も言えない。エミリアは口をつぐみ、肩身の狭そうな表情。


「……でもそうね。たしかに倒れてばかりは駄目よね。やっぱりもっと鍛えないと……」

「……(なんでいつもそこで鍛える方向にいくの……?)」

 

 もういっそ、深窓の令嬢してくれ! いや、せめて療養を! と、いうニコラの願いは、残念ながらこれまで一度もエミリアに届いたためしがない。

 本日も、青い顔のくせに気合十分の娘は高らかに言う。


「わたし、俄然やる気が出てきたの。こうなったら絶対騎士よ。絶対に騎士になって見せる!」


 ニコラの心配をよそに、エミリアは実に晴れ晴れとした気分だった。

 なんだか憑物が落ちたように足が軽いし、やる気がどんどん湧いてくる。

 きっと義兄が応援してくれると思うとうきうきして、胸が嬉しさでいっぱいで、いてもたってもいられない。

 しかしやはりニコラは渋い顔。


「……まずはお薬なんですよ、お嬢様」


 この娘には、もはやつける薬なし、という顔をしながらも。ヒヨコ顔の婦人はいつものように薬を差し出してくれた。

 



 アルフォンスとグネルの結婚式は、町の教会でしめやかに執り行われた。

 式は二人の希望通り小規模ではあったが、それでもエミリアや領民たちから贈られた沢山の花々に彩られて、素朴でとてもあたたかなものとなった。

 エミリアは、参列者に見守られながら、教会の祭壇前で愛を誓い合った二人の幸せそうな顔がとても嬉しい。美しい花嫁に見とれながら、思わず母の絵姿の入ったロケットをぎゅっと握りしめた。

 一緒に祝福してねという気持ちと、大丈夫、それでもお父様はお母様を忘れたりなさらないわと慰めるような気持ちも少し。


 そうして式も無事終わり、楽しそうな参列者たちの移動を後ろから見つめながら──エミリアは。

 何故か三白眼に力をこめ、皆の姿を凝視。

 せっかく可憐なドレスで着飾っているというのに……その眼光の鋭さは少々異様。しかも、その腕には『だって家族だもの』で、出席を頼み込んだ愛鳥パール。

 ……うん、異様。


「………………うーん」

「コケ?」


 エミリアは、パールを抱えたまま唸る。

 もちろん本人にはそんなつもりはないが、まるで睨むようにして参列者たちを目で追って。しかしそこには目当ての者を見つけられず、エミリアは小さく落胆。

 幸い参列者たちは、そんな彼女の視線には気がつかず、そのまま教会を出ていく。

 エミリアの親類に、アルフォンスの友。領地の管理人に、あとは領内の有力者がいくらかと、グネルの関係者が数人。

 その継母の関係者、つまりは竜人族の人々を、エミリアは三白眼でじっと追っていたのである。


 彼らのドラゴン顔を一人一人確認したエミリアは肩を落とす。

 あの中には、先日彼女が助けてもらった黒いツノの青年はいないようだった。

 竜人族の参列者たちは、皆人族に近い身体にドラゴンの顔の竜人態で式に参列。(※グネルに『バルドハートは人族嫌いだから絶対人態で来るな!』と脅された……)

 もちろんエミリアには、あの人態で出会った青年の、竜人態の顔は分からない。

 しかしエミリアはそれを見分けたのである。

 彼女は普段から、自分のひ弱さと比べた他人の屈強さに羨望しがち。ゆえに相手の体格をよく見ている。

 参列者の身長や体格は、高すぎたり低すぎたり。細すぎたり大きすぎたりだった。

 エミリアはとてもがっかりした。

 普段は他種族の往来が少ないクロクストゥルム。てっきりあの人物は、グネルの式のために駆けつけた誰かなのかと思っていたが、どうやら見当違いだったらしい。


(確かあの方の体格は……グンナール様くらいだったのよね……)


 ……とは思うものの。まさかという思いが、エミリアのなかでその二人を結び付けさせない。

 参列者の竜人族たちは、体格は違えど全員がグンナールの血縁。

 過半数が黒いツノとウロコを持っていたことも、エミリアに『竜人族の方って、黒いツノとウロコの方がほとんどのね……』と誤解をさせる。


(……いえ、でもまだ分からないわよ……参加者の付き人とか、そういった方だったのかも……)


 と、難しい顔をして考えこんでいると。

 そこへ、参列者を送り出していたグンナールがやってきた。

 本日は竜人態に正装を身に着けたグンナールは、エミリアの厳めしい顔を見て、心配そうな顔。


「……どうしたエミリア。何か気になることでも?」

「あ……グンナール様。皆様へのご挨拶をお任せしてすみません。ええと……わたくしめは人を探しているのでございます」

「人?」


 それを聞いたグンナールは、先ほどから彼女がじっと穴が開きそうなほどに見つめていた先へ視線をやる。

 そこには、彼の祖国から来た親族が数人。式後の宴の会場へ移動しようと教会を出ていく背中を見て首をひねった。


「……相手は竜人族なのか?」

「はい。……ぁ……」


 兄の問いかけに素直に頷いてから、彼女は一瞬しまったという顔で兄を見る。


「ど、どうした?」

「ええと……」


 少し緊張した面持ちは、こんなことを義兄に聞かせては呆れられるだろうか、叱られるだろうかと不安そう。その表情に、グンナールは心配そうな顔をするが、結局素直なエミリアは義兄に言いづらそうな口を開く。


「……その、実は先日、ある竜人族の方に多大なるご迷惑をおかけしてしまい……」


 迷惑というか……かけたのはもっと別のものだけど……と。エミリアは心の中でさめざめと嘆く。


「迷惑?」

「はい、あの、それで、その方にお洋服の弁償と迷惑料をお支払いいたしたく、お探ししておるというしだいです……」


 思い出した“粗相”があまりにも申し訳なく。情けなさのあまり、ちょっぴり涙声になりつつ、諸事情により、その方にお名前すらいただくのを忘れていた、と、しょぼしょぼつぶやくエミリアに。

 一瞬、同じように難しい顔で聞いていたグンナールは……ある予感にハッとした。


「(……ん? もしやそれは……)……、……、……相手は……どんな竜人族だった?」

「ええと、男性で、黒いツノの、見事な体躯のお方でした。瞳の色は、赤だったか……茶色だったか……」


 あらどちらだったかしら? と、エミリア。

 彼はとても印象的な恩人様であったが、ここのところ彼女はすっかり継母と義兄に夢中。二人のことばかり考えていたせいか、恩人様の記憶が少々あいまいになっていた。

 そのことに気がついて、エミリアは少し不思議な感覚にとまどう。

 一度会っただけの恩人様のことはまだしも、敬愛する父のことも、すこし気持ちの上で後回しになっているような気がした。

 なんだろうか。ここにきて、やっと自分にも父離れの時が来たのか。


(あ、そうじゃないわ。そうじゃなくて、恩人様よ……)


 出会った竜人族の目の色が、赤だったか茶だったか。それとも黒だったかしらと。傍らでうろ覚えの記憶を一生懸命掘り起こそうとしているエミリアを見て、グンナールは沈黙。

 平静を装っているが、その心中はハラハラ。額には竜人態のときにはかかぬはずの冷たい汗の感覚を思い出す。


 ……おそらくそれは──……彼自身のことであろう。


 そうだった……と、グンナール密かに焦る。

 確かに、あのときエミリアはそんなことを申し出ていてくれた。

 しかしその一件は、彼にとってはエミリアに一目惚れし、うっかり求愛してしまった大事件。

 そんな自分の問題行動を前にして、多少エミリアに粗相をされたくらいのことは、少しも気にしていなかったし、迷惑だとも感じていなかった。ゆえに、弁償などと言われても戸惑うばかり。


「…………弁償などは必要ないのでは?」


 ついそう言ってしまうが、エミリアはいい顔をしない。


「そんなわけにもまいりません。グンナール様にだけは白状いたしますが……わたくしめ、その方に……と、と、と……吐しゃ物をおかけしてしまいました!」


 エミリアは真っ青な顔で三白眼を見開き、決死の告白。


「っ人として、謝罪と償いなくしては、もはや心が折れる失態です!」

「…………」


 力一杯苦し気に断言されたグンナールは、無言で苦悩。

 エミリアに『心が折れる』などと言われては……どうにかしてやらねばならぬ事態であった……。




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