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エミリアの嫉妬 8


 まあ……そのようなわけで。

 エミリアは、ミンディのような卑怯者は別として、年上女性には特に礼儀正しくせねばという意識が身に沁みついている。

 それが、現在彼女が気に入られたくてたまらない義兄の恋人(?)なら、是が非でも、尽くさねばならなかった。

 ……もちろん、本当は少しさみしい気持ちもあるのである。

 今やエミリアは、グンナールのことがとても好きである。

 屈強そうなところにも憧れるし、大きな義兄はとても頼もしく見えて、その風格がどこから、どうやって生まれてくるのか、それは自分にも身につけられるものなのかにとても興味があった。

 ぜひともパールがやっていたように、仲良くなって、たくさん話を聞かせてほしかった。が……。


 義兄に恋人がいるのなら、つまり、エミリアは遠慮をしなければならない立場ということだ。

 

(それはそうよ。だって、一番は恋人よね。……、……、……どっちのお義姉さまが一番か分からないけど……)


 仕方ないわ、と、エミリア。

 とはいえやっぱり胸にはぽっかり穴が開いたような落胆。

 父には継母が。義兄には恋人たち。愛鳥パールは、なんだか義兄に懐いているし、ドミニクにはミンディが。

 どこに行っても、自分は誰の一番にもなれないのかという寂しさが──……燃料になった。

 

(……別にいいわよ!)


 エミリアは、なんだかやけっぱちな気持ちになってきて、心の中でフンッと鼻を鳴らす。

 だったら、せいぜい騎士の精神を極めて、気持ちのうえだけでもまずは騎士らしくなってやろうと思った。ここは、貴婦人への愛を実行すべき場面であろう。

 メラ……と、闘志を浮かべたエミリアは、兄の両脇の娘たちに前のめり。

 三白眼をめいっぱい見開いて凝視された“お義姉様”らは、思わぬ令嬢の反応に戸惑いも露わ。


「お、お嬢様……?」

「え、ええと……?」


 困惑した目の娘たちに、エミリアは訳知り顔で「分かっております、分かっております」と繰り返す。

 ……いや、多分。ぜんぜん分かってはいない、が。


「お邪魔はいたしません。わたくしめはすぐに退散いたします。わたくしは、けして嫉妬深い妹ではございませんゆえ」

「は、はぁ……」


 生真面目な顔で“嫉妬深くない”を強調するエミリアではあったが、その表情にはどこか悔しそうな感情もにじむ。これには計算高い娘たちも(……どういうこと?)と、困惑の視線を互いに見交した。なんだか思いがけず、令嬢に目上として扱われ意味が分からないのである。


 ただ、そもそもエミリアは男爵令嬢としてはなりたての新米。

 長く身を置く学園の寄宿舎生活でも、病弱ゆえニコラの付き添いが許されているが、基本は身の回りのことは自分でしなければならない。

 まだ、使用人との距離感も、よくつかめていないのである。


 戸惑う二人に、エミリアは精一杯“騎士らしく”礼儀正しくふるまいながら。ただ、と続けて、グンナールの膝を見た。……余談だが、ここでもやはりエミリアには、身長差のありすぎるグンナールの表情が一つも視界にはいっていなかった。


「あの……お義姉様がた、グンナール様の膝の上の愛鳥だけは回収させていただいてもよろしゅうございましょうか……。おそらくあの子は逢瀬の邪魔になります」

「コケ?」


 ふいに名指しされた雄鶏は、彼もまた何もわかっていない顔で主の声に反応。

 しかしグンナールに取り入ることに夢中で、そもそも他のことは眼中になかった二人は、ここでやっとパールに気がついたという表情。

 

「あ、あら、ええと……それは……」

「もちろん……かまいませんが……」


 そう返したものの……主家の娘に、異様に丁寧に接され続ける二人はさすがに居心地が悪い。

 と、ここでマチルダが、あることを思い出してハッと青ざめる。

 

 もし、こんな、令嬢を跪かせ、敬語を使わせているなんていう場面を、“あのひと”に見られたら。いったいどうなることだろう。

 あの──令嬢かわいさに歓喜して、大きなダイニングテーブルを天井まで弾き飛ばし、挙句に燃えカスと化させた──グネルに。


「……ぅ!?」


 とたんマチルダは、ゾッとして慌てて周囲を見渡した。

 幸いそこに男爵夫人の姿はなかったが……この裏庭に、いつ彼女がエミリアを探しに来るとも限らない。

 マチルダは慌ててイドナに小声で訴える。

 

(イドナ! わ、わたしたち、お嬢様をひざまずかせるなんて……奥方様に知られたら、お邸を放り出されるんじゃない……!?)

(はぁ!? ちょ、な、なんとかしてよマチルダ!)

(そ、そんなこと言われても……)


 と、急に怯えた表情になった二人を見て、エミリアは怪訝。


「? お義姉様たち?」

「「ひっ!」」

 

 不思議そうな三白眼に見つめられた瞬間、二人は令嬢の後ろにグネルの幻を見た。


 ……巨大な身体の火の竜が、怒気をはらむまなざしで自分たちを上から見据えているような気がして……。

 そばに建つ邸のたくさんの窓のどこからか、夫人が炎のまなざしでこちらを睨んでいるのではないかと怖くなって……。


 すっかり恐ろしくなった二人はすくみ上り、それぞれ助けを求めるように視線をさまよわせる。

 イドナはまず、令嬢のうしろに立っている小鳥顔の婦人へ助けを求める、が……。


 しかしそこでは、ニコラがかわいい黄色の顔面を両手で覆ってうなだれている。

 どうやら……グンナールにエミリアの気持ちを知らしめようとしたものの、あまりにも思惑の外れた展開に、呆れ果てているのか、嘆いているのか……。

 とりあえず、今のひよこ顔婦人は、イドナたちを助けられるような状態ではなさそうだった。


 そしてマチルダは、かたわらの竜人族の青年に目ですがる。──が。


「!?」


 グンナールを見あげたマチルダは、思わずつかんでいた彼の腕から手を離す。

 その異変に、イドナも気がついた。


「マチル──?」


 ダ、と言いかけて。同じく、ふとグンナールを見たイドナは、とたん目を丸くして身を引いた。


 彼女たちの間に座っていた青年は──……。

 あれほど自分たちが媚びても、冷静な顔のなかに困惑しか浮かばせなかった竜人態の青年が──今は、ひどく心かき乱された目でエミリアを凝視していた。

 そのもどかしげな表情には、明らかに“兄妹愛”を超えた何かが満ちている。







お読みいただきありがとうございます。

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