エミリアの嫉妬 7 嫉妬転じて
頭が真っ白になっているらしいエミリアに、ニコラがその空白部分を補おうとするように、質問を続ける。
「グンナール様に好かれたい。はい、で? お嬢様、それでそれで?」
「う?」
せっつかれたエミリアは、まだ困惑中らしいが……ニコラは、この際だと考えていた。
ここらでもう一度、令嬢の素直な熱望を、義兄グンナールに知っておいてもらおうではないか。
エミリアは、兄のそばにいる娘たちを見て戸惑っているらしいが、あのしたたかな娘たちに負けさせてなるものかと、ヒヨコ顔婦人は密かに勢い込んでいる。
彼女にとっては、新しく来た義兄の恋愛より、エミリア。
ニコラがずっと慈しんできた令嬢は、最近失恋と婚約破棄の痛手を経験したばかり。もうつらい思いなど、させたくない。
そこへきて、エミリアがせっかく『新しい義兄に好かれたい』と、明るさを取り戻しつつあるのだ。
その義兄が他の娘に心を奪われ、彼女をないがしろにするなどということは、ニコラとしては防がねばならぬことだった。
(坊ちゃま……それは許しませんよ……!)
エミリア第一のニコラは、つぶらな瞳をかっぴらいてグンナールを睨む。
だが、そんな彼女はまさか……その青年が今夢中になっている娘が、その実エミリアであるとは思いもしない。
ニコラは立ち尽くしているエミリアの後ろから、その背を押して、グンナールらのほうへ押し出した。
「え? ちょ……ニコラ?」
ずんずんと背中を押され、座っているグンナールらを見下ろすような場所まで進まされたエミリアは動揺。
そばまで来ても、やはり義兄のドラゴン顔は険しいように見えた。とにかく眉間の谷がすごいことになっていて、眼光も苦しげなほどに鋭い。
それなのに、その視線はエミリアには向きもしないのである。
義兄はなぜか大きな手を額に当てるようにして、斜め後ろ後方に視線を逃がしている。呆れているのか、怒っているのかは定かではなかったが、彼がエミリアのほうを見ないようにしているのは明らかであった。
これにはエミリアは、青い顔をしわくちゃにして、内心で(ひんッ)と嘆く。
なんて寂しいことだろうか。
エミリアとしては、うっとうしがられていても、叱ってくれるほうが断然いい。
(や、やっぱり、『好かれにきた』なんて……おこがましかった……?)
エミリアは、自分の発言を悔いる。
おまけに義兄のかたわらに座った二人の女中たちも、彼女のことをとても怪訝そうに見上げている。
嘆きつつも、エミリアは察した(……ような気になった)。
どうやら自分は、やはり彼らの逢瀬を邪魔をしてしまったらしい。
ここは素直に謝っておかねば、今後の家族関係にも大いに影響してしまうだろう。
慌てたエミリアは、泣きたい気分を我慢して。……二人の女中たちに負けるなという意味で彼女を押し出したニコラの意とは裏腹に、彼らの前にひざまずいた。
「お義姉様!」
「「「「!?」」」」
その若干泣きの入った叫びには、その場にいた、パール以外の者すべてがギョッとした。
「え……? お、お嬢様……!?」
「お、“おねえさま”って………………?」
その言葉を向けられて、唐突に頭を下げられたイドナとマチルダは唖然。
相手は男爵家の令嬢である。
やはりどこかで、『女中如きが、わたしのお義兄様に近寄らないで!』……なんて言葉を投げられるのかと思っていた、が。
戸惑う彼女たちの前で、エミリアはもはや庭にはいつくばっている。
「申し訳ありません! 不肖わたくしめ、まさかグンナール様がここで重要な会合(※逢瀬の意。一対一ではなかったので何故かそんな言い回しに……)を、開いておいでとは思いもせず……!」
「か、会合……?」
周囲の者たちは、グンナールとニコラを含めて皆エミリアの勢いにあっけにとられている。
どうにかイドナが困惑のまま繰り返すと、エミリアは、今度は地面に向けていた頭を上げ、キリリとした表情を彼女たちに向ける。こぼれかかっていた涙はもうそこにはない。
片膝だけを地に突き、背筋を伸ばして胸に揃えた手を添えた。
「しかしご安心ください……わたくしめ、騎士(の娘)として、淑女に対する献身を誓っておりますゆえ、これ以上のお邪魔はいたしません!」
エミリアは、必死で大切な義兄の恋人たち(?)に、敬意を示そうとした。
相手の身分がどうとかは考えもしなかった。
それが自分の大切な者の大切なひとならば、それはすべからく彼女にとっても大事な存在である。
そしてさらに言えば、彼女は前々から年上の女性たちには従順なところがある。
それは、もちろん騎士であった父の影響でもあり、早くに母を亡くしたがゆえの憧れのせいでもあった。
グネル然り、ドミニクの母然り。
特に母親世代の女性には、ちょろいほどにすぐ懐く。
エミリアのこの性質は、実は王都にいた頃から。
それもあって、彼女は父の伝手で謁見した王妃や、貴族の夫人たちには気に入られ、結果、ミンディ・ハウンの妬みを買うことになった。
しかし夫人たちにとっては、エミリアは格別に愉快な存在。
性格は素直で、生真面目。賢いが、小賢しくはなく、生真面目が行き過ぎて時々変なことをやっているところも夫人たちを笑わせた。
一生懸命“騎士を目指すもの”として、女性陣に献身を尽くそうとする姿は、そのひ弱さも相まっていじらしい。貴族社会では、淑やか一辺倒に育てられる令嬢たちが多い中、エミリアの存在は珍味のようなもの。
目新しいものを常に探している夫人たちには、どうにもこうにもかまいたくなる妙味があった。
さらに彼女は国王の信頼の厚い騎士を父に持っている。
身元も確かで、且つ、気を遣うような高位の存在でもなく、夫人たちが気楽に愛でるには最適な存在というわけである。
ゆえに、現在の王国の社交界では、エミリアはもはや婦人たちのペットと化している節すらあり……いや、もちろんエミリア自身は、夫人たちがそんな気持ちで自分にかまってくれているとは知らないが。




