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グンナールとニワトリ 5

 


 自分のまわりをちょろちょろするニワトリを相手に、独白とも、相談とも聞こえるつぶやきを続けるグンナール。

 パールはと言えば、そんな彼にかまわれて嬉しいのか、そわそわと彼の周りを行き来する。

 まあ……現時点では、グンナールのその想いは、誰にも打ち明けられないもの。

 母になどは絶対に相談したくないし、エミリアの父アルフォンスにも話しづらい。

 もちろん当人に打ち明けるわけにもいかない。

 ここがもし彼の祖国であれば、話を聞いてくれる友や同僚、配下も大勢いるが、この男爵領には知り合いもいない。

 ゆえに、なんにも分かっていないらしい雄鶏は、悩みを吐き出すにはいい聞き役だったのかもしれない、が。


「いや……分かっている……母は絶対に許すまい……」

「コケケェ!?」

「……婚約者がいるといっていたな……」

「コケ」

「……いったいどんな……おい、君、その者がどんな男か知っているか?」

「コケ?」(※知らん。まず、婚約者の意味を。)


 残念ながら、微妙に通じ合っていないふたりである。


「…………はあ」


 グンナールは、パールの前で大きくため息。

 彼女を抱きかかえたとき、彼は自分でも信じられないくらい動揺してしまった。

 そう初心なたちでも、異性に免疫がないわけでもないはずが……どうにもエミリアを前にすると、自分がまるで成人もする前の若造に戻ってしまったかのような錯覚に囚われる。

 胸がソワソワと騒ぎ、彼女のことばかりを考えてしまう。そんな自分を、なだめることもままならない。

 自分の腕の中にすっぽりとおさまった姿を見たときは、心を貫かれたような気すらした。

 力自慢の竜人族の彼にとって、彼女は非常に軽く感じられたが、しかしその軽さが不安でもあり、愛おしくもあり、且つ、この世の何よりも重いような不思議な心地にとまどった。

 ずっと抱きしめていたいような離れがたさと、そんなことをしてしまっては、自分が引き返せない場所に行ってしまうような焦燥を同時に感じ、どうしても心が乱される。

 なにより……彼女を兄として受け入れねばならない自分が……『義理の妹として好きになってくれ』と、彼女に純粋な目で請われた自分が。こうして不意の接触に思い切り動揺し、婚約する者すらある彼女を異性として意識していること自体が、とても不埒なことのような気がして居たたまれなかった。

 グンナールは、いかめしい顔を歪めて唸る。


「…………どうしたらいいんだ……」


 辛うじて残る冷静さが訴えてくる最良の解決策は、今すぐここを離れて国に帰り、己の頭が冷えるのを待つこと。

 これは一時の気の迷いとし、素早くエミリアから離れさえすれば、時がすべてを解決してくれるはず。

 彼は国元では忙しい日々を過ごしてきた。

 彼女から距離を取り、職務に邁進さえしていれば、いずれ失恋の痛みもやわらいでいくことだろう。

 求愛のウロコは、義理の妹に対する親愛の印ということにでもして、エミリアとは必要以上の交流を持たなければ、母の再婚を邪魔することもなく、彼女は愛する者と婚姻を結び、すべてはまるく収まるはずだ。……とは……思うのだが……。


 しかし、グンナールは何故かそれを思いきれない。

 彼女に婚約した者があることを思い出すと、胸が大岩でつぶされたかのような苦しさ。

 どんな男なのだろうと考え始めると、言いようもなくイライラした。

 そんな自分が情けなく、一刻も早く解決したいが……それでも、どうしてもここを離れたくない自分がいる。それを自覚せざるを得なかった。

 これには彼も、困り果てる。


「……まさか……母の再婚で、こんな事態に陥ろうとは……」


 けれどもいくら後悔しようとも、好きになってしまったものは、もうそう簡単に覆せない。そんなに簡単に、気持ちが変わるような性質ではないことは、自分が一番心得ているのである。

 かといって、自分の母を『お母様』と嬉しそうに呼んでいたエミリアを思い出すと……今新しくできたばかりの家族の輪に水を差すような真似もしたくない。

 これは、本当に、まったく二進も三進もいかない状況。

 己の気持ちを持て余し、グンナールはすっかりうなだれてしまった。

 こんなことでは、あまりにも先行きが不安である。


 



  *  *  *




 さて。

 ところ変わってエミリアの私室。


「……根性見せるわ……」


 涙目で鼻をすすり、三白眼を据わらせてエミリアが言う。


「だって、グンナール様に好かれたいんだもの。ドミニクなんか! あんなやつ! もう知ったこっちゃないわ、ふん!」


 力一杯宣言し、やっと立ち直ってくれたらしいエミリアに。傍らで幾枚目かのハンカチを彼女に差し出していたニコラのクチバシが、大きく大きく安堵の息を吐く。


「あああ……よかったお嬢様!」


 現在令嬢は、勝気に仁王立ちして元婚約者への敵意を吐き捨てているが……ここまでの一時間、彼女はずっと令嬢団子の状態のまま、彼や元親友との思い出を懐古しメソメソしていたのである。

 ニコラのそばには、令嬢の涙を拭いてしわくちゃになったハンカチの山が。

 エミリアのやさぐれ顔の回復に、ヒヨコ顔の婦人はとにかくとてもほっとした。

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